悪魔憑き
村長宅に招かれた俺は、予想以上に歓待されていた。
「いやぁまさかこんな村の近くでグランドグリズリーが出るなんて思いませんでした。娘を助けていただき本当にありがとうございます!今日はお礼もかねて御馳走をご用意いたしましたので、よろしければ楽しんでください!」
目の前には兎の肉を使ったシチューや、このあたりで取れた山菜。他にもミートパイなどが並んでいた。
「ナオトさんね!本当に凄かったんだよ!?私が襲われそうになったときに急に目の前に現れて、グランドグリズリーを一瞬で倒しちゃったんだ♪まるで勇者様みたいだった!!本当にそれくらい凄いの!!!」
君、俺のこと山賊と間違えたよね!?まぁシリルの名誉のためにも黙っておいておこう。
「あの子ったらあんなにはしゃいじゃって。それとお料理お口に合いましたか?こんなものしか用意できなくてごめんなさいね?」
「いえ、お料理凄く美味しいですよ。ありがとうございます」
彼女はダリルさんの奥さんでメリルさん。この人もかなり若い。正直、シリルのお姉さんと言われた方が納得出来る。
そして鑑定した結果彼女も悪魔憑きであることが分かった。ということはシリルの両親はいつの間にか亡くなって、蘇生魔術の失敗で悪魔憑きとなったか、爵位持ちの悪魔がこの近くにいるかだな。しかし村の中を案内されたときに一通り鑑定してみたが、ダリルさんよりレベルの高い悪魔付きは居なかった。ということはこの村の中で悪魔を増やしている人物はダリルさんで間違いないだろう。ただ、問題はいつ彼が悪魔憑きになってしまったかだ。
そんな風に考え事をしていて、料理に手を付けていなかったせいかシリルが心配そうに話しかけてきた。
「ナオトさんどうしたの?もうお腹いっぱいになっちゃった?」
おっと。流石に不審に思われるようなことは極力避けるべきだな。
「いや、ちょっと考え事をね。そういえばさっきから勇者様みたいって言ってたけど、この国には勇者がいるのかい?」
「ううん居ないよ。そういうお話があるんだよ。勇者の話はいろいろあってね!?一番古いものだと強面の勇者が一番古い話かな」
「強面の勇者?」
「そう。なんでも、かなり昔に南の宗教国家の偉い人が神様に神託を受けて、その神託の内容を吟遊詩人が物語にしたのが強面の勇者だよ!」
「神託・・・その神託の内容ってわかる?」
なんか一気に嫌な予感がしてきたぞ。クロノス様、もしかしてやらかしてませんよね!?
「その神託は当時、大陸の人全員にいきわたるように広めるように言われたらしいからほとんどの人が知ってるはずだけどナオトさんは知らないの?」
「俺はそういうのにちょっと疎くてさぁあはははは」
これは自分で言うのもなんだけどかなり苦しい!誤魔化しきれるか!?
「ふ~ん。まぁそういう人も居るよね」
セーフ!!!!
「流石に当時の神託の内容を一字一句覚えてることはないけど、大まかな内容だったら皆知ってるよ。簡単に言うと邪神が復活するとき、神様が1人の勇者を派遣してその邪神を討ち取るらしいんだ。なんでもその勇者は目に特殊な能力を宿していて、その能力を使うとき目が赤くなったり青くなったりするらしいよ。そしてその容姿は漢前な強面の青年だってことだよ」
神様アウトーーーーー!!!!
「へ、へぇ~。凄い具体的な神託だったんんだねぇ」
俺、声震えてないかな?大丈夫だよね?
(変に挙動不審になると怪しまれるよマスター。堂々としてなよ堂々と!ぷっ!)
(お前今笑ったな!?笑ったよな!?宣戦布告ってことでいいな!?)
(もう~そんなにカリカリしないでよ。それよりシリルちゃんの相手しないでいいの?)
(クソ!後で覚えてろよ!?)
「まぁそういうわけでそれを題材にして吟遊詩人が物語にしたんだけどね。最近はいろいろな勇者のお話があって、今の流行りはイケメンな勇者がお姫様を救う話なんだよ!女の子なら憧れるよねぇ♪自分がお姫様になってるっていうのも、勇者様に助けてもらうっていうのも」
「そうか。よっぽど勇者の話が好きなんだな」
「勿論!!私はお姫様じゃないけど、物語のなかには勇者さまと聖女さまが恋仲になる話があってね?もうすぐ私も成人の儀があってそこで何かしらのスキルを授かるかもしれないの!もしそこで聖魔法が使えるようになれば聖女さまに選ばれるかもしれなくて、私の夢が叶うかもしれないの!」
そうシリルは希望に満ちた表情で力説する。
「シリルの夢ってどんなのなんだ?」
「聖女になって勇者様と恋仲になる!なんてことはちょっとしか考えてないけど、勇者様のお供として困ってる人を助けたい!私がこうやってナオトさんに助けられたみたいに!」
「そっか。その夢、叶うといいな」
夢、か。こんなキラキラして夢を語れるなんて純粋に凄いなって思った。俺は夢なんて今まであったかな。
「ありがとうナオトさん!ちなみにナオトさんは叶えたい夢はないの?」
「俺は恥ずかしながらないかなぁ。目標ならあるけどね。幸せになるっていう目標。大事な人たちとの約束だからね」
「そっかぁ。ナオトさんもその目標叶うといいね!」
「ああ。ありがとう」
その後夕食は特に問題なく進み、今日の寝床へと案内された。
「今日はこちらのベッドをお使いください。それとこちらはお湯とタオルです。体を拭くときはこちらをお使いください」
知ってたけどやっぱ風呂ってないんだなぁ。たったこれだけで何故か異世界に来たことを凄く実感する。
「ありがとうございます。使わせていだだきます」
「それでは僕はこれで。何かあったらお呼びください」
そう言ってダリルさんは部屋から出て行った。
(アカリ。マップでダリルさんを見張っていてくれ。何か怪しい動きをしていたら報告頼む)
(えー。こんな時間帯まで働かされるなんてー。時間外労働手当を要求するよ!!)
(お前!その言い回しは危険だぞ!?消されたらどうするんだ!?)
(え・・・何言ってるのマスター・・・私は普通のことを言っただけだよ?そんなことよりマスター、ダリルさんが外に出て行ったよ。普通この世界の人間ならこの時間帯はすぐに寝るはずだけど、向かった先に人が居る。誰かと待ち合わせたみたい)
(わかった。まずは短距離転移で外に出よう)
俺は音もなく外に出た。周りは完全に寝静まっててこのまま歩いて近づいて行くと足音でバレそうだな。そう思った俺はフライの魔術を行使した。
(フライ)
フワッと浮き上がる体。これを最初使えたときは興奮したなぁ。ドラゴン〇ールごっことか言って調子に乗ってたら魔力が切れてそのまま落下して死にそうになったのはいい思い出だ。死なんけど。
それから俺はダリルさんを追跡するために行動した。辺りは真っ暗とはいえ月明かりはある。影にならないように気を付けつつ後をつけて行くとそこに居たのは見張りをしていた中年の男性だった。
(この距離じゃ会話を始めても聞こえないな。よし光魔術のインビジブルを使おう。)
光魔術インビジブル。光の屈折を利用してそこに居るはずなのに目には見えないようにする魔術だ。所謂、透明人間ってやつだな。
(それを使って女の子のあんなことやこんなことを覗いたりするのだけはやめてねマスター)
(やんねぇよ!?もしそんなことやったら師匠たちに速攻殺されるわ!?)
俺は茶々を入れてきたアカリにツッコミつつ2人に近づいて会話を聞く。
「待たせたかなユンゲル」
「いや、そこまで待っちゃいねぇ。それより急に呼び出して何の用だ?俺はまだお前が村長だってのは認めた訳じゃないんだ。明日も早いんだから用事があるならさっさとしてくれ」
「おいおい酷いなぁ。村長の件は村の多数決で決まったじゃないか。それに多数決で決めるように提案したのは君だろう?」
「あんなの納得出来るわけないだろうが!?反対派だった奴がいつの間にか賛成派になってていつの間にかお前に従順になってやがった!お前、一体なにしやがった!?そもそも前の村長が亡くなったのだって不審な点はあった!そして今日なんて素性も知れねぇ奴を娘の恩人だからって理由で村に入れやがって!」
「娘の恩人をそのまま放り出すなんてそれこそあり得ないじゃないか」
「どうだかな!?その恩人とか言うやつもお前が手をまわした何者かなんじゃないのか!?いったい今度は何を企んでやがる!?」
「被害妄想が激しいなユンゲルは。ちょっと疲れてるんじゃないのかい?もう休んだ方がいい」
そう言ってダリルさんの右手に魔力が覆われていく。
「ああ!?そもそもお前が呼び出したから今ここに居るんだろうが!?・・・・っ!?」
そうユンゲルさんが反論しようとしたとき、ダリルさんはその魔力で覆った右手を心臓に突き刺そうとしていた。しかしその右手はギリギリのところで止まる。
「何をしようとしたんですか?ダリルさん?」
そう。俺がそれの右手をギリギリのところで掴んで止めたからである。
「ヒッ!?ヒィィィィーーーー!?」
そしてそれを見て腰を抜かすユンゲルさん。
「おやおや。これは予想外の事態ですね」
そういったダリルさんは俺の手を振り払うと距離をとり、異形の化物へと変容し始めた。爪は鋭く伸び、皮膚は赤黒く、歯はギザギザと鋭く、頭にはこめかみのあたりから角が生えていた。
「悪魔・・・!」
俺がそういうと、ダリルさんだった悪魔は何が面白いのかニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら答えた。
「へぇ。僕たちを知っているんですね。この世界で悪魔は空想上の生き物としてしか認知されていないはずなのに。君は一体何者だい?」
「何者だろうがあんたには関係ないんじゃないのか?」
「確かにそうだね。何も知らずにさっさとこの村を去ればいいものを。変に首を突っ込むから君は今日ここで死ぬことになるのさ」
そう自信満々に悪魔は言う。そして緊張の糸が切れたのか、ユンゲルさんが叫びながら逃げ出した。
「ば、化物・・・!!大変だ!!!皆!!!化物が村に出たぞ!!!」
まずい!?この村にどれくらいの悪魔が居るのかわからない以上、下手に騒ぎを大きくしても状況は悪くなる可能性のほうが高い!かと言って今目の前の悪魔を放置するのはそれこそあり得ない!
そうこうしているとユンゲルさんの声に反応した人たちが家からどんどん出てくる。
「何あれ!?村長!?」「どういうことだ!?」「早く逃げよう!!」「逃げるってどこに逃げるんだよ!?」
村の人たちが悪魔を見てパニックに陥ろうとしている。
「やれやれ。せっかく半年かけてゆっくりと眷属の悪魔を召喚していたのに君のせいで僕の遊びがパァだよ」
「遊びだと!?人の命を弄ぶことが遊びだって言うのか!?」
「当然じゃないか。僕が本気を出せばこんな村、一夜あれば十分全員悪魔に変えることが出来るさ。ただそれをやってしまうと楽しめないだろ?僕は狩りをするなら楽しくやりたいのさ。まぁこうなってしまったら仕方ないよね。眷属たち!思いっきり暴れろ!!」
そう悪魔が言うと群衆に紛れた悪魔の眷属たちが異形の化物へと変わって村人たちを襲い始める。
「クソ!?転移!!」
(アカリ!俺が転移魔術を使って村人を助けていく!アカリはナビゲーションで助ける村人の優先順位をサポートしてくれ!!もちろん殺されそうな人優先で!)
(分かった!けど、数がかなり多いよ!?この村の総人口が約70人くらいだったけど、悪魔の数はざっと見ても半分かそれ以上ありそうだよ!)
(わかってる!けど、今は行動に移さないとただ村人たちが死んでいくだけだ!)
俺はアカリにサポートを頼み、短距離転移を使い、襲われそうになっている村人を助けようとするが手数が足りない!!
「へぇ。転移魔法かい?でもこの人数を救うのに転移魔法だけで一体どれだけ救えるんだろうね?ははははははははは!!!」
あの悪魔の言う通りだった。襲われている人が同時の場合、どうしても助けるのにラグが発生する。悪魔自体は大したことはないが、今は手数が足りない!魔術を使おうにも悪魔と村人が密集しすぎてて村人に当たる危険性がある。せめて村人たちだけで密集してもらえれば聖魔術のサンクチュアリ、所謂バリアのようなもので保護出来るのに!?
「ほらほらほら!速くしないと村人が死んじゃうよ?君も結構強いけど所詮その程度なのさ!」
これはもう迷ってる場合じゃない!!体への負担が大きいけど、なんとかするには目の能力を使うしかない!
そうして俺は集中する。世界がどんどんスローモーションのように遅くなる。そして周りの時が止まる。これが俺の未来視でも過去視でもない目の能力【タイムストップ】。今の俺に止められる時間は10秒!この10秒で村人を助ける!
1~3秒
転移魔術を使い、襲われそうになっている村人を優先に悪魔を切り殺していく。
4~6秒
残った悪魔を次々切り殺して、負傷した村人たちを治癒魔術で回復。
7~9秒
村人たちを一か所に集める。
10秒
サンクチュアリ発動!そして止まっていた時が動き始めた。
「ははははははは・・・は?なんだこれは!?」
悪魔が驚いているがこっちは余裕がなかった。タイムストップの反動が体への負担となって襲ってきていた。これは例え治癒魔術でも回復出来ない。というのもこの能力、実は魔力を消費して発動しているんだがその魔力消費量が尋常じゃなく、加えてタイムストップ中はその発動に集中しているため、体外魔力を吸収する余裕はない。
更に言うと急激な魔力消費は体への負担となって返って来る。5000の魔力を1度に消費するような魔術など存在せず、例え特級魔術だろうと1度に消費する魔力は多くても1000もいかないのだ。これが例えば総魔力1500の人が1000の魔術を使ったとしても実は若干の倦怠感がある程度なのだが、俺の場合は魔力量の多さが逆に急激に消費した魔力への負担として体にのしかかる。だから俺は常に一気に魔力を使うときは半分くらいまでに抑えていたので、師匠たちにもタイムストップは最大でも5秒までと言われていたんだが、今回はそんなこと言っていられなかった。
(マスターそんな無茶して大丈夫なの!?)
(無茶だろうがなんだろうが、やらなきゃ村人が死んでたんだからやるしかないだろう。とりあえず体外魔力を吸収して回復するしかないだろうな)
「お前!?いったい何をした!?・・・紫色の目!?お前は一体何者だ!?勇者だとでも言うのか!?しかし勇者は赤や青の目のはず!?いったいどういうことだ!?」
「お前なんかにいちいち説明してやる義理はないね!それに俺は自分のことを勇者だなんて思ってないからな!さぁ次はお前の番だな!?」
とは言っても今すぐには動けなさそうだ。魔力が回復するまで少しでも会話で時間を稼がないと。そう思っていたら予想していなかった声が聞こえてきた。
「お父さん・・・?」
そこに居たのはシリルだった!しかもメリルが後ろにいる!?
「シリル!今すぐ逃げろ!!!」
「ナオトさん?いったいどういう・・・」
ドスッ!!
「え・・・?なに・・これ・・おか・・さ・・・」
そこで俺が見たものはメリルがシリルの胸を後ろから腕で貫いた光景だった。