Dランク冒険者
それから俺たちは冒険者ギルドの地下に広がる訓練場へと足を運んだ。
すげぇ。こんな広い空間よく作れたなぁ。観客席みたいなとこもあるし、ここって本当に訓練場なのかな?
「立会人はギルドマスターの私自ら勤めさせてもらう!各々、自分の筋肉に恥じない戦いをするように!」
自分の筋肉に恥じないってなんだ!?
「はははは!運がなかったな新米!?本来、実力テストというのはある程度の実力さえあれば教官役が合格を言い渡してくれるが、俺は教官じゃない!お前が例え泣こうが喚こうが俺は手を緩めるつもりはないからな!」
こいつ、性根は心底腐りきってるな。
「ギルドマスター。彼はこう言ってますが?」
「ふむ。そうだね。確かに泣こうが喚こうが今は私が立会人をしている。私がこの試合の終了を宣言しなければ、泣こうが喚こうが無駄だよ」
どうやらギルドマスターはこちらの意図を理解してくれたようだ。なら彼には悪いが心をへし折ろう。あっさり負かたしたりすると逆恨みされたりして、予期せぬ事態に発展するまでがセットだからな。
「ナオトさん!頑張ってーー!」
「ナオト!遠慮は要らないからボコボコにしてやりなさい!」
「クリスはこう言ってるが程々になナオト!」
「ナオトやっちゃえ!」
紅の剣とシリルが応援してくれるが、それはどうやらあのカーバにはお気にめさなかったようだ。
「お前!女にちょっとモテるからっていい気になってんじゃねぇぞ!?今からお前をボコボコにしてあの女どもの声援を悲鳴に変えてやるよ!?」
なんという三下ムーブ。いくらなんでもテンプレにハマりすぎだろ。これ、神様が用意したわけじゃないよね?
(ふふふ。何やら楽し気なことになっていますね。勿論私は関与してませんよ)
前回はライラ師匠だったが、今回はなんと神様が乱入だと!?
(いえ、何やら面白そうなことになっているようなので、他にもゼルクやライラ達などと一緒に観戦させてもらっていますよ)
(ワシの弟子なら負けることは許さんぞ!負けたら分かっているだろうな!?)
(お前はこんな雑魚に弟子が負けるとでも思っておるのか?全く心配性じゃのうゼルクは)
何やら談笑している声までこちらに届いている。みんな相変わらず元気そうで何よりだ。
(私は神様やライラ様方と一緒でかなり肩身が狭いよマスターぁぁぁ・・・)
(南無。諦めろアカリ)
「それでは双方準備はいいね?始め!!!」
その声が響いた瞬間、カーバが一気に距離を詰めてくる。肥満体系の割に思ったよりも速い。そして俺に一気に詰め寄ったカーバは訓練用の木剣を振り下ろしてくる。そして俺はそれを当然避ける。しかし俺の避けた先に向かって木剣を切り返してくるがそれも避ける。正直このくらいのスピードならいくら攻撃されようが当たる方が難しい。
その後もカーバは攻撃を繰り返す。
「はぁはぁはぁ。どうやら避けるだけで精一杯のようだなぁ」
動ける肥満体系は総じてスタミナはない。だからこその肥満体系なんだろうが。
「ほらほら!図星を付かれて反論も出来ないか!?はぁはぁ」
俺は一旦距離をおいたカーバに向かって一瞬で肉薄すると彼の脛に木剣を横なぎに一閃する。
「ぎゃーーーーーーーーーー!いでぇ!いでぇよぉ!」
俺は彼が倒れこむ前にそれをさせまいと足で顎を蹴り上げて少し中に浮かせてから、彼が木剣を持っている右手を狙って攻撃。
「あぁぁぁぁ!!!いでぇ!!!」
彼はたまらずその木剣を取り落としたが、俺はかまわず顔以外の場所を狙って木剣を振り下ろす。何度攻撃しただろうか、俺が攻撃をやめたとき彼はあまりの痛さで顔をぐしゃぐしゃにして泣きわめいていた。
「俺が悪かった!降参だ!だからもうやめてくれ!」
「泣こうが喚こうがギルドマスターである立会人がまだ試合終了を宣言してはいない」
「そ、そんな!?」
「その通りだ!君の筋肉はまだやれるはずだ!」
「もうやめてくれ!本当に俺が悪かったからお願いだからどうか!」
「そもそも泣こうが喚こうが手を緩めるつもりはないと先に言ったのはあなたです。俺に慈悲を求めても無駄ですよ」
「そ、そんな・・・・」
そして彼は顔を恐怖に染め上げた。
「さて、今まで割と手加減してたんですよ。今から思いっきりこの木剣をあなたの顔面に振り下ろします。これに刃はついてないですが、そんなことになったらあなたの頭がどうなるか。分かりますね?」
「やめてくれ・・・やめてくれ・・・」
そして俺は宣言通り木剣を振り下ろした。しかし彼の顔面には当てていない。当たる寸前で寸止めした。しかしカーバはあまりの恐怖からか失神し、彼の足の間からは水がしたたっていた。
「試合終了!!勝者ナオト!!」
その宣言と同時に紅の剣とシリルたちは嬉しそうにハイタッチしていた。シリルいつの間にそんな仲良くなったんだ。
「おいあいつやばくねぇか?」「万年Dランクのカーバとはいえ、あいつの実力は本物だったからな」「それなのに赤子のように一蹴したぞ」「少なくとも俺よりは強いな」「だから俺はやめろと忠告したんだ」
他にも俺とカーバの試合を観戦していた冒険者たちは各々感想を語っていた。まぁこれで少しは侮られるようなことはないかな。
「ナオト!君の筋肉は最高だな!良かったら今度私と筋肉について熱く語らおうじゃないか!」
「いえそれは遠慮させていただきます!」
俺は勿論速攻で拒否した。
「それは残念だ!それと君は私の権限でDランク冒険者として登録させてもらう!本来ならFランクからとなるんだが、Dランク冒険者であるカーバを倒した実力、そして弱いものを守ろうと行動する君の性格は十分Dランク冒険者としてやっていけるだろう!何より今は少しでも優しくて強い冒険者は大歓迎だからな!」
(ふふふ。やはり直人さんの相手にはなりえませんでしたね)
(まぁ流石ワシの弟子だとでも言っておこう!)
(よく言うわ!あんなにハラハラして見ておったくせに!)
あ、神様たちが見てることすっかり忘れてた。
(それでは私たちは仕事に戻りますね?)
(精進するのだぞ弟子よ)
(次は魔術戦が見たいのう)
神様たちはそう言って帰っていったようだ。
(し、心労が・・・胃に穴空きそう・・・)
(アカリ、ドンマイ)
それから俺は受付へと戻り受付嬢のレーニャさんからDランク冒険者としての冒険者証をもらった。それと同時に冒険者の利用規約を見せられた。これは登録前に見せるものでは?レーニャさんにそう言ったら申し訳なさそうに真っ赤な顔をして忘れていましたとのこと。まぁミスは人がやっている以上は付きものだろう。
利用規約には特に難しいことは書いてはいなかった。ギルドに不利益になるような行動をしないとか、クエストは個人でも受けられるが、その際ギルドは何1つ後ろ盾はしないなどと言ったことが書いてあった。
「それからランクについてですが、ナオト様はすでにDランクとなっていますのでEとFランクのことについては省かせていただきます。Dランク以上となりますと買取手数料が元々の10%から3%となります。それとギルドで販売しているポーション類には割引が適用されますが、これに関しては個人商店などの方が安いので、もし時間があるのならそちらに言って買っていただくことをオススメします。それとCランク以上となりますと、もし街に何かしらの災害が発生した場合、その災害をなんとかするために強制的に招集することとなります。ナオト様ならすぐにCランクにもなりそうですし、ギルドマスターからも一目置かれているようですのでお先にお話ししておきました。他に何かございますか?」
ランクが上がるにつれて買取手数料が下がるのか。これ、逆の方が良かったんじゃないか?低ランクの冒険者なんかどれくらい稼げるのかは分からないが、この手数料の差はお金の必要な低ランク冒険者ほど優遇すべきだと思うんだがな。まぁ俺がそう思ってもしょうがないか。とりあえず聞きたいことを聞いておこう。
「冒険者ランクは最大でどこまであるのですか?」
「冒険者ランクは実質Aランクまでとなっております。例外的にSランクというランクも存在しますが、これは街や国を1人でなんとかするような英雄に与えられる称号のようなものなので、特に気にする必要はございません」
(これが物語ならマスターがSランクになる完璧なフラグだね!)
(俺は目立ちたくはないからそのフラグはバッキバキにへし折ろう)
(えー!そんな面白くないこと言わないでよマスター!?)
(お前な!?Sランクなんて厄介ごとしか舞い込んでこないような称号要るかよ!?仮にアカリがその当事者になったとしたらどうするんだ?)
(マスター馬鹿にしてる?全力で拒否するに決まってるじゃない!)
こいつ!?
(こういうのは人が色々な事件に巻き込まれてそれに立ち向かっていくから楽しいんであって、当事者になるなんて私は絶対に嫌!)
(そこまで分かってるんだから俺が嫌だと思うのも分かるだろうが!?それに俺が当事者になれば、必然的にお前も俺のサポーターとして巻き込まれるんだからな!?)
(そうだった!?最近ただ眺めることが多くてその辺忘れてた!?)
1回こいつしばこうかな!?
「他に特に質問などはございませんか?・・・それでは、ナオト様のご活躍を心より応援しております」
そう言ってレーニャは丁寧にお辞儀をした。
俺は皆と合流するため冒険者証を確認しながら歩き始めた。するとあることに気づいた。
(あれ?レベル表記とか特にない?てっきり冒険者証に自動的に自分のレベルを読み取ったりする機能があると思ってた)
(マスター。そもそもこの世界にレベルなんて概念はないんだよ?そうだ!シリルちゃんたちに聞いてみるといいよ!)
あれ!?サポーターがサポート放棄しだした!?
(違う違う!現地の人の方がその辺分かりやすいと思うんだよね。まぁ騙されたと思って聞いてみなよ?)
(アカリがそういうなら・・・)
俺は彼女たちに合流するとレベルについて聞いてみた。
「れべる?それにれべるあっぷってなに?ナオトさん」
「えーと。ある一定の経験を踏んで自分の実力が上がることかな?そしてそれを数値として認識出来るようにしたのがレベルだ」
「そういうことなら分かるわ。私たちは壁を超えるって呼んでることのはずよ」
「壁を超える?」
「そう!ある時自分の中の殻のようなものを突き破るような感覚っていうのかしら?もしくは見えない壁をぶっ壊すような感覚でもいいわ!その壁を超えると今までの自分とは違って器用になってたり力持ちになってたり人によっていろいろよ!」
「冒険者なんかは魔物と戦うことが多いせいか俊敏性や力が上がったりすることが多いぜ!」
「逆に生産職はその生産に適した能力が上がるって聞く」
なるほど。この世界でのレベルっていうのはなにも魔物を倒して得るだけじゃなく、日々の生活の中で必要な能力の限界が来たときその殻を超えた瞬間に上がるようになってるのか。
あれ?じゃあ俺が前に鑑定した自分のレベル255っていうのは?
(あれはこの世界基準で何回殻を破ったかを算出した結果だよ。実際、ライラ様たちと修行していたとき似たような経験してたんじゃない?)
(したかもしれない。俺知らないうちにレベルアップしまくってたんだなぁ)
「けどなんで急にそんなことを?」
と、聞いてきたのはクリス。
「冒険者証をもらったときにその殻を破ること・・・レベルアップした数値を表すものが何1つなかったんでな。そういうのが分かるのがないのかなぁって思ったんだ」
俺の鑑定を知っているシリルは訝しむような顔をしていたが、他3人は俺のその説明で一応は納得したみたいだった。
「もしそういうのがあるのならアタイも知りたいぜ!アタイたち数値にすると今どのくらいなんだろうな?」
「そうね。もしそういう数値が割り出せるなら冒険者の1つの指標になりそうよね」
ふむ。鑑定出来るような魔道具を作れればなぁ。あ、そういえば。
「なぁここって魔道具ってあるのか?」
「ある。何か探してる?」
そう答えたのはウルル。
「いや、特に何かを探してるわけじゃない。魔道具があるならちょっと見てみたいと思ってな。それよりも先に防具を買わなきゃだけど」
「それはその通りね。あなたが来ているローブは良さそうだけど防具なしなんて何考えてるのよ」
そうやって俺を叱咤してくるのはクリス。
「しょうがないだろう?買えるようなところが全然なかったんだから」
「カーバとの戦闘を見た限りあなたが強いのは分かったけど、シリルちゃんも居るんだからしっかりしなさいよね?シリルちゃんに何かあったら私があんたを処すからね!?」
やだバイオレンス!?
「ははは!カーバとの戦闘見る限りその心配はねぇって!心配しすぎなんだよクリスは!」
「とりあえず買取所に寄って行っていいか?」
「何を買い取ってもらうの?」
ウルルは俺が何を買い取ってもらうのか興味があるようだ。といってもあのでっかい化物熊しかないけどな。
「熊だよ。シリルと初めて会ったときに襲おうとしていたから倒してアイテムボックスの中に入れていたんだ」
「ただの熊じゃ二束三文にもならないわよ?解体もしてないなら解体手数料とられて赤字になるわよ」
「ふふふ!大丈夫!ナオトさんが倒したのはただの熊じゃありませんから!」
「お?ていうとなんだ魔物か?レッサーグリズリーでも倒したか?」
この世界にはレッサーグリズリーなんてのもいるのか。というか熊の魔物にも種類があるんだな。
「レッサーなんて甘いものじゃありません!ナオトさんが倒したのはグランドグリズリーです!」
「「「グランドグリズリー!?」」」
え!?あの熊ってそんな驚くようなもの?
「ちょっと!?グランドグリズリーって言ったら討伐難易度Bランクの魔物よ!?なんでそんなのがシリルちゃんを襲ってたのよ!?」
クリスはそういうと俺の胸倉をつかんで揺らし始める。やめて!?ぐわんぐわんしないで!?
「知らねぇよ!?あの時は森の奥から魔物の気配が人に近づいているのが分かったから慌てて駆けつけて助けただけだ!!」
「とんでもねぇな・・・グランドグリズリーと言ったらアタイらでも死を覚悟する魔物だぞ!?」
あれってそんなヤバい奴なの!?
「売れば金貨10数枚。最近の需要なら下手したら20枚超え」
金貨20枚ってことは200万円!?あの熊そんなすんのかよ!?
「とりあえず買取所に行きましょう。あなたのアイテムボックスを買取受付で披露するわけにもいかないから事情を話して解体場まで持っていきましょう!ギルド社員は守秘義務があって破ったらかなりヤバい罰則があるらしいから安心していいわよ」
それから俺たちは5人揃って買取受付まで来て事情を話して解体場まで持ってきた。
「お前がアイテムボックスでグランドグリズリーを持ち運んでるってやつか?俺はキールってんだ!この解体場の主任をやってる!よろしくな!」
「よろしくお願いします。俺はナオトと言います!」
俺は体格のいい中年男性に挨拶を返した。
「よせよせ!敬語なんざ背中が痒くなっちまう!それよりも早速グランドグリズリーを出してくれるか?」
なんか気のいいおっさんだな。
「分かった。そこのスペースで良いんだろう?」
そして俺はグランドグリズリーを出した。うん。あの時と全く同じ状態の熊だ!時間停止はしっかり仕事している。
「こいつは・・・かなり状態がいいな!首への一撃で完全に絶命してる!あんたすげぇな!」
おお!褒められた!嬉しい!
「グランドグリズリーの毛皮は剣を通しにくいんだ!だからこそのBランクの魔物なんだがな・・・こいつは見た感じ抵抗らしい抵抗も出来ず死んだようだな!?爪も全然傷ついてねぇ!こんな綺麗な状態で素材を持って来られたのは始めてたぜ!ガハハハハ!!!」
何が楽しいのか分からないが、俺が倒したグランドグリズリーをいたくお気に召したようだ。
「嘘・・・信じられない・・・あんたホント一体何者よ・・・」
「だから言ったじゃないですか!?ナオトさんは強面の勇者様だって!!」
「シリル!?まだそんなこと言ってたのか!?」
「強面の勇者様か!!そりゃいい!!ガハハハ!!そんじゃその勇者様の為にもちゃっちゃと解体するぜ!!解体手数料はいくらかいただくが、この綺麗な状態なら金貨30枚は下らねぇだろう」
は!?金貨20枚いけばいいほうじゃなかったの!?
「なんでそんな高いんだって顔してるが、それだけこの魔物を綺麗に倒すのは厳しいんだ!倒されたとしても解体場に持ち込まれるのは毛皮もボロボロ、止めに刺した剣や槍が魔物の内臓を傷つけてたりすると、貴重な肝なんかが買い取れなくてな。薬の材料になるんだがこれがなかなか貴重でよ。最近出回ってなかったもんで高騰してんのさ。運が良かったな!」
まぁお金はあるに越したことはないか。どうせ装備に飛んでいくんだ。ポジティブに考えることにしよう。それにシリルが冒険者になったときの装備も必要だしな。なんなら今から用意しておくのもありか。
俺はそう思い、とりあえずクリスに胸倉を掴まれぐわんぐわんされている現実に逃避しつつこの後寄るであろう鍛冶屋へ思いを馳せるのだった。