お前を助けてやる1
「———ヴィウス…まだだめ…」
誰だ…?
瞼を上げるとそこにはもうすぐ死ぬ俺を抱きしめながら涙を流す女がいた。
見たことも無い女…
銀色の髪…神官か…?
最後の力を振り絞って彼女の頬に触れると、そっと長い睫毛の下に隠れていた赤い瞳を見せた。
銀髪に赤い眼なんて見たことも聞いたこともなかった。
高位魔力の証である赤い瞳、強い神聖力を持つ証の銀色の髪…。
「ルヴィウス…あなたはまだ死んではだめ…生きて…生きて幸せにならなければだめなの…」
「……お前…は…」
誰なのか聞こうとしたが力がもう入らなかった。
閉じそうになる瞼の間から最後に見えたのは何かを詠唱する彼女から黄金に輝く光が放ち、白い翼が広がる姿だった。
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「ルヴィウス様!起きてください!」
俺の安眠を妨げようとしてるふざけた奴は誰だ…。
目を開けるとそこには至近距離で呆れた顔で俺を見下ろすシンがいた。
「うるせぇクソガキ」
俺がシンの腹を足で蹴ると奴は思いっきり吹っ飛び部屋の角にあった本棚に激突した。
「った!!!!!何するんですか!!」
「俺に触んな」
「触ってないじゃないですか!!」
「顔も近づけんな」
「ルヴィウス様が朝になったら起こせって言ったのに起きないか耳元で大声出そうとしただけじゃないですか!!酷い!!」
「俺の鼓膜が切れたらてめぇの命の綱も切れると思え」
ガシガシと頭を掻きながら、懐にある懐中時計を出して時間を確認する。
9時か…。
「どこか行くんですか?」
「まあな」
それだけ言うと俺はステンドグラスで出来ているであろう窓を蹴って割り、身を乗り出した。
後ろでシンの悲鳴が聞こえた気がするが、どうでもよかったので無視した。
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「お嬢様、こちらにいらしたのですね」
読んでいた本から顔を上げるとそこにはお茶のセットを持ったメイが立っていた。
「あ、メイおはよう」
「お部屋にいらっしゃらなかったので探しました」
「ごめんね。何だか早く目が覚めちゃって…」
「何の本を読んでいらっしゃるのですか?」
私の読んでいる本を覗いてきたメイに本の表紙を見せてあげた。
「神話全集…ですか?」
「うん、何だかあの絵が気になっちゃって…」
「大聖女神殿にあったものですか…?」
「うん…」
どうしてこんなに気になるのか分からないけど、沢山の宗教画の中であれだけが特別記憶に残った。
「収穫はありましたか?」
「ううん…全然…」
「少し休みましょう。お茶を淹れます」
「ありがとう」
メイの淹れてくれたお茶を飲みながら女神のことを考えた。
「ねぇ、メイ」
「何ですか?」
「女神様は何の罪を犯したのかな…」
いったい何をして女神は神をやめなければいけなかったのか…。
「分かりません…。ただきっと女神様もきっとそれはやってはいけないことだと分かっていたはずです」
「そうなのかな…?分からなかったからやっちゃったのかもよ?」
「彼女はとても聡明な子ですから」
まるで見たことがあるかのようなその口振りに私は首を傾げた。
何でこんな詳しいのかな…?
もしかして…!!
「メイって実は信徒?」
信徒とは神殿を深く崇拝している信者のこと。
信徒なら神様に詳しいのも納得だし、神官様と顔見知りなのも納得いく。
「そんなわけ無いじゃないですか」
「え、違うの?」
「違いますよ」
「じゃあ何でそんなに神様の事とか神話に詳しいの?」
「それは…たまたま知ってただけです…」
「そうなんだ」
「はい、この事は秘密にして下さいね」
「分かった」
メイは私に隠し事が多い。(今回は私にだけ話してあとは秘密にしたいみたいだけど)
まあ、個人の問題だから別に話す義務も無いし本人が言いたくないなら無理に聞きたいとも思わない。
それ以上言及しても仕方ないと思ったため、私はまた神話全集を開いた。
「この罰を与えられた女神って何の神様なの?」
「時を司る神、リディアですよ」
「リディア…そうなんだ」
「とても美しく聡明で優しい女神です。全ての神から深く愛されていました。私もその存在に沢山救われました」
メイは愛おしさのこもった瞳で私を見ながら説明してくれた。
「そうなんだ。メイにとって大切な神様なんだね」
私がそう言うと「はい」と優しく微笑んでくれた。
お茶のお代わりを持ってくると言って書庫から出て行くメイを見送り他の神話の本を読もうと本棚に再び向かった。
「意外と神話の本は少ないのね…王宮図書館の方がいいかな?」
「神殿に行って信仰心でも芽生えたのか?」
「そうじゃないけど」
…………待って?私今誰と会話した?
恐る恐る後ろを見るとそこには私がまた会いたいと願ったあの青年がいた。
「っっっ!!!!」
「驚きすぎだろ」
「と、突然後ろに立たれたら驚くに決まってるでしょ!」
「つーか、あのクソガキのとこに行った割に全く魂が綺麗になってねーなお前」
「そ、それは…って何で行ったって分かったの?」
「本人に聞いたから」
「大聖女様に?」
「そう」
彼は魔術師なのに神殿に出入り出来るんだ。
何故なのかは詳しくは知らないけど神殿は魔術師を嫌っていると聞いたことがあったから少し驚いた。
「お前に聞きたいことがある」
「あ、ちょっと待って。ここだと私のメイドが来ちゃうかもしれないから別の場所へ移動しよ」
そう言って私は彼の腕を掴んで私は書庫の奥にある扉から中庭に出た。
「ここで話そ」
私がそう言うと彼は驚いたように私が掴んでいる自身の腕を見ていた。
「あ、ごめんなさい。痛かった?」
「いや…別に」
彼は不思議そうに私を見てきた。
どうしたのだろう…。
「それで私に聞きたいことって?」
「お前神殿で絵を見ただろ」
「絵ってどれのこと?沢山あったけど」
「女神の断罪の絵だよ」
この人もあの宗教画のことを知ってるんだ。
「見たけれど、それがどうしたの?」
「何で見てたんだ?何か知ってるのか?」
「たまたま気になって足を止めただけで、別に特別何かを知ってるわけでは無いわ」
「はあ…そうか…」
凄くガッカリさせてしまったみたい。
その場にしゃがんで項垂れる彼と同じように私もしゃがんで彼の顔を覗き込んだ。
「なんだよ」
「ふふっ私あなたにまた会いたいってずっと思ってたの」
「そうかよ」
「会えて嬉しい…会いに来てくれてありがとう」
「別に俺はお前に会いに来たんじゃなくて話を聞きに来ただけだし」
「そうだけど、嬉しいの」
「気持ち悪い奴だな」
「いいよ今は気分いいから何言われたって許せちゃう」
「調子狂う」と言って彼は溜息を吐くと呪文唱えて私の折れている方の腕に触れた。
緑色の光を放った後にはあの日と同じように私の腕は治っていた。
「ありがとう」
「別についでだし」
ぶっきらぼうだけど優しい人。
「あなたの名前が知りたい」
「……」
「私はアリア•アーデンベルク」
「知ってる。前も聞いた」
「あなたは?」
「俺は、、、ルヴィウス…だけど」
そうだ彼の名前はルヴィウス———
まるで何処かに失くしてしまっていた大切なものを見つけたようなそんな感覚がした。