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銀翼の燕 ~その織姫は星の河を渡る~  作者: まめしばコボルト
3/9

1-2 エンリード



――これで終わり…か。


今までを振り返りたいのに、いい思い出はそんなに思い出せない。


「嫌なことばっか…」


見上げても空はない。ただ空虚が広がっている。


見渡しても壁もない。ただ空虚だけが広がっている。


あるのは、自分だけが取り残された玉座と瓦礫の山だけ。


…分かってるよ。


「これで、よかったんだよね…」


座ったまま足をぶらぶらさせても、何かに当たることも、何かが応えてくれることもない。


全部終わりだと分かっていても、やっぱりもう涙は出なかった。


最後を見たくなくて、ぶらつかせた足を引き上げ膝を抱えて目を瞑った。


「…誰か、応えてよ…。」


―――――――――――――――――――――――――――

―――――――――――――――――――――――――――


エンリードと呼ばれていた世界があった。


人間と魔族が争い続け、勇者と魔王が種族の命運を賭けて闘っている世界。




一人の魔族の少女がいた。名前は、アミラ・グリム。


アミラの父は魔族の王――魔王と呼ばれ、魔族の繁栄のために尽力し続け、国民からも愛される自慢の父親だった。


母も、父親である魔王の仕事を献身的に補佐しつつ、母親としてアミラのことも心から愛してくれる自慢の母親だった。


そんな父から受け継いだ立派な金色の角も、母からもらったルビー色の髪も、両親に愛されている証拠だと思って、アミラは大好きだった。


そうしてアミラは両親と共に、国民にも愛される王女として成長していった。


だから、国境では人間との戦争が続いているのは知っていたが、アミラの見えている世界は幸せに溢れていた。




けれどアミラは、幸せは突然に崩れ去ることを初めて知ることになる。


ある日、母親を殺された。アミラはまだ10歳だった。


そのときの代の勇者が、一人で魔王城に忍び込み、魔王を暗殺しようとしたのだ。


勇者というのは、この世に一人しか存在しないが、居なくなれば人間の中から代わりの誰かが勇者としての力が覚醒する。


年寄りでも赤ん坊でも、男でも女でも、関係なく。


その代の勇者は、影の人間だったようで隠密に長けていて、誰にも気付かれることなく魔王城に忍び込んだのだった。


夜更けまで自室で執務をこなしていた父に、勇者は毒の仕込んだ短剣を突き立てようとした。


しかし、あわやと言うところで、母はその身を挺して父を助けた。


父の代わりに短剣を深々と受けてしまった母は、そのまま息絶えた。


父は息のしない母を抱き寄せ、悲しみに震えながらも勇者を撃退した。


アミラは温もりのなくなった母に触れ、ただ声をあげて泣くことしか出来なかった。


それからの父は、まるで別人のようになってしまった。


憎しみに飲み込まれ、ただ勇者を、人間を滅ぼすことに全てを捧げていく。


それと同時に、アミラは父によって城の一番最奥の部屋で幽閉され、一切の自由を許されることはなくなった。


―――――――――――


「――分かっては、いるよ。」


アミラはかけていた眼鏡を外し、大きく伸びをする。


父様はあたしのことを大切に思って、母様のように突然奪われないように幽閉した。


「だから、あたしは受け入れたし、自由はないけどやれることはしてる。」


運動するだけの広さはある。はめ殺しが付いているけど光が入ってくる天窓もある。


けど、外に出ることは叶わない、外の情報も入ってこない部屋。


そんな所で、何もしないで日々を過ごせば、生きてるのか死んでるのか分からないと思って、知識を増やすために本を増やしてもらって勉強をし、魔力を鍛えるためにトレーニングを欠かさずこなした。


「でも……やっぱり飽きるよねー…」


毎日毎日、ただこなす日々。しかも、これをかれこれ5年間。


言っても仕方ないと分かっていても、つい口からそんな言葉が洩れてしまう。


食事やティータイム、湯浴みのときに侍従と話はできるし、次からお喋りの時間を増やしてもらおうかな。


「まあ、のんびりと過ごす日常って考えれば、これはこれで幸せなのかもしれないけど――」


――ドクン。


突然、体から力が湧き溢れる感覚に襲われる。


「――ええ?!」


魔力がいきなり増えた?!


しかも、なんだか視界も急にハッキリ見えるし!


「眼鏡いらないじゃん!」


意味の分からない状況に、思わず思考が口から出る。


なになになに?!訳が分からない!!


い、いやいや!…ぉお落ち着けー!落ち着けぇーー。何が起こったのか考えろぉー。


そこで、ふと思う。


「……あれ…もし、かして…」


嫌な予感が頭を過り、アミラは慌てて部屋の扉へと向かう。


もちろん扉はいつも厳重に魔法で鍵が掛けられていた。アミラには開くことはできないはず、だった。


なのに、増大した魔力で難なく解除できてしまった。


数年ぶりのの部屋の外の景色。焦りとは裏腹に少し心踊る。


だが、それも一瞬のことで、アミラは目に飛び込んできた光景に唖然とした。


「え……。城が、崩れてる…?」


扉を開いて廊下に出たはずなのに、壁はすべて崩れ落ちていた。


そして無くなった壁の向こうに広がっていたのは、幼い頃から見てきた立派な我が家の其処ら中が壊れ、あちらこちらから煙を立ち上らせている姿だった。


「てことは…やっぱり、父様が…」


途端に血の気が引く。指先が凍るように冷たくなり、事実はまだ何も分からないはずなのに、小さく震える。


ただ嫌な予感が確信に変わろうとしている。それを振り切りたくて、アミラは急いで玉座の間に足を走らせる。


頭の中で蘇る記憶。


幼い頃とても大きかった父の背中。いつも抱き締めてくれる暖かな腕。


臣下と仕事の話をする真面目な顔。アミラと母に向ける優しい笑顔。


「父様っ!…父様っ!」


ああ、やっぱり…。やっぱり、幸せは突然崩れ去るんだ。


――――――――――


かつて魔王城の中心であった場所には瓦礫の山があった。


その瓦礫の上に、見慣れた玉座。そして、その玉座に座る父を見つけた。


「父……様…?」


アミラの記憶に残る、あの頃と同じように父は玉座に座っていた。


何年も会えていなかった。何年も言葉も交わせていなかった。それでもアミラの自慢だった父は、全身傷だらけで痩せ細り、体の真ん中に大きな穴が空いた姿で。


そして、悲しそうな切ない表情を浮かべ、事切れていた。




――ジジッ


瓦礫の中で父の死を目の当たりにした直後、アミラの視界に文字が浮かび上がった。


『魔王の移行を確認』


『ルール:相手の種族を全滅させて下さい。最後に生き残った種族の望みを叶えます。』


『魔族1/人間3』


次々に出てきた文字こそが、この世界の全てだと直感で理解した。魔王になったからこそだろうか、嫌だろうが、理解してしまった。


「…ふざけんな。」


理解は出来たが、たったそれだけのために戦争が続いて、両親が殺されたと言うのか。


「あたし達は…玩具ってこと?」


怒りが沸き上がってくる。


恐らくは神と呼ばれる者が、ただお遊びのためにこんな世界を造って、血で血を洗うような争いを続けていたのか。


「だから、父様は……」


母が生きていたとき、父は戦争を終わらせるために人間と交渉をしようとしていた。


父は、神が造ったこの馬鹿げた遊びを、終わらせたかったのだ。


魔族も人間も共に手を取り合い発展することで、この世界に生きる命は玩具なんかじゃないと、そう示したかったのだ。


その為に寝る時間も惜しんで仕事に打ち込んでいた。


母を失ったあの時も。


「だから、父様は……っ!」


母が勇者に殺されてから、人が変わったように人間を滅ぼそうとした。


人間に歩み寄ろうとしていたのに、人間に裏切られたから。


そんな人間なんて全て滅ぼして、愛する妻を生き返らせたかったから。


神の馬鹿げた遊びに付き合ってでも、幸せだった日々を取り戻したかったから。


「だから……っ」


父は最後まで闘った。


他の魔族が全員殺されて、たった一人になっても、父は全身全霊で闘った。


最後に残された、アミラを守るために。


母を生き返らせたとき、アミラがいないと意味がないから。


「もう一度…」


自慢の父の腕で抱きしめてほしかった。


温もりのなくなった父にすがりながら、アミラの涙が止まらなかった。


――――――――――――


父様は、母様のお墓の隣に埋葬した。


それが終わる頃には、止まらなかった涙も渇れ果てた。


「…あたしが、全部終わらせるから。」


大きく深呼吸をして、脳に酸素を送る。


魔族は残りあたし一人。


人間は残り三人。


「――魔力探知。」


魔王に覚醒したことで、自分の力が増していることが分かる。


探知魔法なんて使ったことなかったけど、なんとなくこれで探せることが分かった。


「んー。…あっちだ。」


飛行魔法で探知した魔力の方向へ飛ぶ。


――これ、すごい。


魔力が格段に増えてて、無詠唱で魔法が発動できるようになっている。


父様でも無詠唱では魔法は使えなかったはずだけど、これって勉強漬けの日々の成果なのかな。


「まさか、あのただこなすだけの日々が役に立つなんて。」


飛行魔法の速度も今までとは段違いだ。


基本の魔力量をトレーニングで増やしていたから、魔王に覚醒したときに増える量が倍増したってことなのかも。


「…見つけた。」


街も村も全てが壊され、何もかもが荒廃した世界。


そんな中、丘の上に小さな修道院が一つだけ、なんとか形を保って建っていた。


「魔力反応が三つ。」


空に浮かんだまま、魔力探知から動態探知に切り替える。


修道院の中で、三人で身を寄せあってる人間を見つけた。


様子を伺うために、じっと見て、思わず声が溢れた。


「え…?」


一人の小さな男の子が、更に小さな男の子と女の子を抱き抱えて隠れている。


アミラが倒すべき人間は、小さな子供たちだった。


「そんな…」


そうだ、そうだった。今更ながらに気が付いた。


父様が殺されたあの場所にも、瓦礫に埋もれるようにあたしより幼い一人の少女が倒れていた。


あの少女は、勇者だったんだ。


もう世界には、力も何もない。そんな子供しか残されていなかったから。


あんな小さな子が勇者にさせられて、魔王の元まで来て、自分の命と引き換えに魔法を使って…。


「もしかして、父様はあたしの子供の頃を思い出して…?」


…いや、真実が分からないことは考えても仕方ない。


それでも、父様の最後の表情が頭を過る。


心が軋む。


「あたしは…あんな子供を殺すの…?」


これ以上、ふざけた神に玩具にさせられることがないように、あたしがこんな世界はぶっ壊すって決めた。


そのために、あたしが最後の人間を殺すって覚悟もした。


なのに…どこまでこの世界の神は人の心を弄べば気が済むんだろう。


また、心が軋む。


それでも…今やらないと、あたしは…。


「――ごめん…。ごめんね…。」


アミラは目を瞑った。


掌に魔力を溜めて、修道院に手を向ける。


魔力の塊である魔力弾が手から離れ、次の瞬間には修道院は跡形もなく消滅した。




――ジジッ


『魔族1/人間0』


『ゲーム終了』


『勝利した魔王の望みを叶えます』


ポンッと音がして、目の前にボタンが現れた。


『ボタンを押して、望みを願ってください』


アミラはすぐさまボタンを押す。


頭の中には色々な考えがある気がする。


だけど、これしか思い付かない。


「ッんな世界――、全部なくなれぇッ!」


―――――――――――――――――――――――――――――


それから、静かに世界は崩壊を始めた。


世界の端から徐々に空虚に呑み込まれていき、今はもう魔王城の玉座と周りの瓦礫しか残されていない。


父が亡くなった場所で最後を迎えられるのは、もしかしてこれも幸せと言えるのかも、とアミラは思った。


最後の最後まで、今度は世界と一緒に、幸せは崩れ落ちてるものなんだと思うと、少しだけ笑えた。


――これで終わり…か。


最後を見たくなくて、アミラは膝を抱えて目を瞑った。


「…誰か、応えてよ…。」


そう言葉が漏れ出たとき、突然魔力の流れを感じてパッと顔を上げた。


見たこともない魔方陣が瓦礫の上に広がっていく。


「なにが…」


魔方陣が光り輝き、その真ん中に三人の人間が現れる。


銀髪と黒髪、そしてメイド。


終わりかけの世界に似つかわしくない、とても綺麗な女性が三人。


「お?お、おおおー!!やった!成功ー!!」


黒髪の女性が大きく両手を上げて喜んでいる。


「今回は問題ないようですね。」


メイド服の女性は落ち着いた様子で、すっと一歩下がった。


「って、なにここ?!」


銀髪の女性が慌ただしく周囲を見回している。


――――――――――――


なんだ?なにが起こっている?


「なんで人間が…」


もう、人間は生き残っていないはずじゃ…?


「お?あそこに人がいるね。話聞けるかな。」


黒髪がこちらを向いている。


「あれって…魔族?!」


「姫様!お下がり下さい!」


銀髪とメイドが警戒体制を取っている。


ああ、やっぱり、人間なのか。


「まだ…苦しめるの…」


まだ…神はあたしを弄ぶのか。


まだ…神は玩具で遊び足りないと言うのか。


頭に血が上ってくる。


心からギシギシと音が響いてくる。


心が――壊れそう。


「…――があぁあああ!」


怒りで何も考えれなくなった。


バッと右手を突きだし、魔力弾を撃ち出し、人間がいた場所で爆発する。


「人間が!人間がッ!生きてたら終わらないんだッ!!」


人間に向かって何度も魔力弾を撃ち込む。


「玩具が壊れることがそんなに楽しいのッ!?」


左手も前に出し、両手から魔力弾を撃ち続ける。


「なんで…なんで!もう終わらせてくれないのッ!!」


煙で何も見えない。それでも何度も何度もアミラは魔力弾を撃ち続けた。


―――――――――――――――――


「くぅッ」


レティシアは魔障壁を瞬時に作り、魔族の攻撃に耐えていた。


一撃一撃がかなり重い。かなりの手練れのようで、それを絶え間なく降り注ぐ。


「…ヤっバイなぁ。こんなん完全に格上じゃん。」


「姫様!大丈夫ですか?!」


イリーナが珍しく慌てている。それくらいに状況がよくないことがよく分かる。


「なんとかね…。けど、ヒロトと三人で倒した魔王よりヤバイ相手みたいよ。」


なんとか笑って見せるが、かなりの強度の魔障壁を展開し続けているため、魔力がどんどん奪われていく。


「とは言っても、この攻撃を防げる聖魔術の障壁は私しか使えないしね。まあ、ちょっとしんどいけど、まだいけるわよ。」


「いえ!姫様。私が討って出ます。」


いつになく真剣な表情で、イリーナがマジックバッグから短刀を取り出す。


「待ちなさい。勝機がないのに行かせるわけないじゃない。」


レティシアはイリーナの目を真っ直ぐに見る。


「しかし!――」


「まあ、落ち着いて。」


ずっと魔族のほうを黙って見ていたスズネが、イリーナの肩をポンと叩く。


「ここは私に任せてよ。」


スズネがニコッと笑う。


「何か考えがあるんですね?」


「んー、たぶん?」


イリーナの質問に、スズネは笑いながら頬を掻く。


「ス、スズネ~」


「あはは、たぶん大丈夫だからレティはもう少しだけ耐えてー。」


レティシアの肩に手を乗せて、スズネはまた魔族のほうをじっと見る。


「あの子…ずっと泣いてるみたいに見えるんだよね。」


―――――――――――――――


「はぁ…はぁ…」


アミラは魔法を止めた。


どれほど撃ち込んでいたんだろう。肩で息をしてしまうほど、何も考えられずに撃ち込んでいた。


辺り一面煙が立ち込め、人間がいた場所ももうまったく見えない。


もう、いいだろう。これで全部全部終わらせて…。


「…っ?!」


煙が立ち込める場所にまだ魔力の反応がある。


「なんで…」


「――落ち着こうよ!」


突然、煙の中から声が聞こえて、黒髪がアミラの目の前に現れた。


そして――


「…え?」


訳が分からないまま、アミラは黒髪の女性に抱き締められていた。


意味のわからないその行動。相手が人間だと分かっているのに、なのに久し振りに感じた温もりが、アミラの思考を止めてしまう。


「私も何がなんだか分かってないけど、これだけは言えるよ。」


諭すような柔らかで静かな響きの声。それが温もりと共にアミラの体に染み込んでいく。


「私たちはあなたを傷つけたりなんかしないよ。」


――――――――――――――


これは…いったい何なんだろ。


人間の、人間の黒髪の女性に抱き締められて、あたしはなんでこのままいるんだろ。


「…ちょっとは落ち着いた?」


黒髪があたしを覗き込む。それに一瞬なんて返していいのか分からない。


ただ、この全身に感じる温もりが父様と母様と同じに思えて、アミラは何も言えないでいた。


「大丈夫?」


その言葉でようやくアミラの思考は動き出す。


綺麗なその顔が目の前にあり、抱き締められていた恥ずかしさが急に湧き出してきた。


「だ、大丈夫…。」


「そか。よかった。」


黒髪はふっと優しい笑顔をした。


さっきまでは冷静さを欠いていて気付けなかったけど、この人間たちは何か違う、そんな気がする。


「…崩壊が、止まってない。」


そうだ。神からの情報もないじゃないか。


この三人が神が寄越したモノなんだとしたら『魔族1/人間3』とか言い出すはずだ。


「崩壊?」


「あ、あなた達はなんなんですか?」


「あはは、私はスズネ。後ろにいる銀髪の子がレティシア。メイドの子がイリーナだよー。」


そう紹介されて後ろに目をやると、ぐったりと座り込んでいるレティシアと心配そうに看病しようとしているイリーナが見えた。


「スズネ…さん。」


「うん。私はこことは違う世界から来たんだー。」


暢気な声でスズネが言う。


「違う、世界??」


「あはは。まあ、急に言われても困るよねー。で、あなたのお名前は?」


スズネの言葉に困惑していると、スズネがアミラの手を握ってくる。その手の暖かさに、素直に口が開いた。


「…アミラ。…アミラ・グリム。」


「アミラちゃんかー。…ねぇ、アミラちゃん。」


スズネはアミラの手を握ったまま、また顔を近づけてくる。


「私はさっき、アミラちゃんが泣いてるように見えたんだ。」


「…え?」


涙は父が亡くなったときに渇れ果てたはずだ。だから、涙なんて流れるわけがない。


実際、アミラが頬を触っても涙は流れていなかった。


なのにスズネは、そんなアミラを置き去りに言葉を繋ぐ。


「だから、私はアミラちゃんの力になりたい。」


スズネの手が優しくアミラの頬に触れる。


「何があったか、教えてくれないかな。」


その穏やかな声に、優しい笑みに、手の温もりに、アミラの心が少しずつ溶けていく気がした。


――――――――――――――――――


「――初めは、父様と母様とまた一緒にいたい、魔族を生き返らせたいって、そう考えた。…でも、人間も同じように神に弄ばれてただけなのが分かったから。」


話し始めると、自分でも驚くほどアミラの口から言葉が溢れる。


「だから…こんなふざけた世界、全部なくなれって願った。」


「そう…。だから、こんなに崩れていってるんだね。」


スズネが納得したように大きく溜め息をついた。


世界の崩壊は話している間も止まらず、先程よりかなり進行している。空虚がもうすぐそこまで迫っていた。


「うぅうッ!アミラ!分かる!分かるよ!」


途中から涙を流して聞いてたレティシアが息巻く。


「私もクソッタレな神に大好きな人を奪われたから!どこ行っても神ってのは最悪なのしかいないのかしら!」


「姫様、涙を拭いてください。」


イリーナがハンカチを取り出してレティシアに渡す。


「…ごめんなさい。あなた達を見たとき、神が新しく人間を追加して、世界を終わらせないようにしてきたのかと思ったんだ。」


アミラは頭を下げるが、スズネとイリーナは苦笑しか出来なかった。


「ああー。まあ確かに、そんな神のことを聞いたあとだと、同じ立場なら私もそー思うかも…。」


「人を虚仮にするのが神のお得意ですからね…。」


「…私もアミラに謝らせて?私もさ、さっきアミラを見たとき、魔族ってだけで敵だと思っちゃったの。」


今度はレティシアが頭を下げた。


「私の世界では、魔族は倒すべき存在だったから…。でも、世界が変われば――ううん、見る角度を変えれば、そうじゃないかもしれないことなんて、いくらでもあるのに…。だから、初めに警戒してしまってごめんね。」


「レティシアさん…。」


「まあ、言い出したらキリがないからねー。お互いにごめんって言えたんなら、これでこの話はおしまい。…ね?」


スズネがアミラとレティシアの頭に手を置き、ニコッと笑った。


「ふふ、そうね。」


「…はい。」


レティシアがふわりと笑い、それにつられるようにアミラも少し笑えた。


――――――――――――――――


…なんだかおかしな人たちだ。


あたし、もう笑うことなんて出来ないと思ってたのに――。


「さて…、何となく大団円な雰囲気してるけどさー。そろそろこの世界ヤバイよ?」


…あ。


そうだ!なんとなく居心地がよくて自然と話してたけど、そうだった!


「…おそらく、あと数分で全てなくなりそうですね。」


イリーナさんが周りを見て、淡々と答えてる。


事実、崩壊はどんどん進んでいて、もう手を伸ばすと空虚に呑まれてしまいそうなほどに終わりに近づいていた。


いやいや!もっと慌てましょうよ!


「み、皆さんは違う世界から来たんですよね?!」


あたしは考えが追い付かなくて、矢継ぎ早に言う。


「巻き込んでしまってすみませんでした!あたしならもう大丈夫なので、早く戻ってください!……って、戻れるんですよね?!あれ?!戻れない場合どうしたら?!ぇえ!だ、大丈夫なんですかっ?!」


ぐるぐると一人慌てふためくあたしを見て、三人は苦笑している。


「…だってさー。」


「まあ、そう言うかと思いました。」


「てか、アミラはどうするの?」


レティシアさんの問いかけに、あたしは止まる。


…どうする??どうするって、なにを?


「…えっと?どうする、とは?」


「アミラはこれから、どうするの?ってこと。」


「いや、それは、だって…あたしが終わらせたんですから…最後まで…。」


レティシアさんは真っ直ぐ向き合ってくるので、思わず顔を反らした。


「終わらせたからって、この世界と心中したら、それこそ神の思うつぼじゃない?」


「いえ…あたしは…もう、いいんです。」


自然と、スカートを掴む手に力が入っている。


「あたしは…あたしの幸せは…この世界と一緒に崩れ去ったから…。だから…あたしはここで終わりなんです。」


さっきまで自然に笑えていたはずなのに今は、ぎこちない笑い方しか出来ない。


――――――――――――――


「…姫様、もう時間がありません。」


「レティ、いこう。」


「…うん。」


レティシアが水晶玉を手に持って、魔方陣を展開させ始めた。


アミラは俯いて、顔が見えない。


「皆さん…、最後にあたし、皆さんに会えてよかった。全部が嫌になって、全部なくなって、…あたしもなくなってた。」


アミラは顔をあげて、一度大きく息を吸い込んでから言葉を続けた。


「でも、皆さんのおかげで、あたしは最後まであたしでいられた。ありがとうございました。」


深々と頭を下げたアミラに、イリーナは手を差し出す。


「違いますよ、アミラ。あなたも行くんです。私たちと一緒に。」


「え?」


レティシアも手を差し出す。


「アミラ、あなたはまだ終わってないよ。だって、いまのアミラの顔、全部諦めたって顔じゃないもの。」


「…っ。」


覚悟を決めていたはずなのに、二人の言葉がアミラにはとても甘く響いた。


「アミラちゃん…。」


スズネは両手を差し出して言う。


「私は、もっともっとあなたの力になりたい。」


スズネが抱き締めてくれたことを思い出す。


アミラを救ってくれたあのスズネの温もりが、いまは触れあっていないのに伝わってくる。


「…いいの?」


アミラは三人の手を掴み、一歩踏み出した。


「「「いこう!」」」


―――――――――――――――――――――――――――


スズネの家。アミラの部屋。


エンリードの崩壊を危機一髪回避してスズネの空間にきて、アミラは初めての夜を迎えていた。


窓を少し開くと、穏やかな風が真新しいアミラの部屋を駆け回っていった。


暗くなった外を見ながら、アミラは物思いに更ける。


―――――――――


「…なんだか、驚いてばっかりだったなぁ。」


まず、今までいた崩壊した世界から急に穏やかな草原になって、景色が違いすぎてビックリした。


そのあと、久しぶりにゆっくりとご飯とお風呂を頂いたけど、イリーナさんのご飯は美味しすぎだし、そんなに大きなお家じゃないのにお風呂は広くてビックリした。


「あと、三人のこれまでの話が…。」


なんというか…、濃い人たちだと思った。


「世界を渡る旅って…。」


スズネさんが帰りたい世界に、レティシアさんの婚約者がいる…。


うん、壮大すぎてビックリだ。


「…でも…、やっぱり一番は…」


――――――――――


エンリードから脱出するときのこと。


あたしが三人の手を取って魔方陣に入ったとき、玉座から呼ばれた気がして振り返った。


「父、様…母様…」


そこには、昔何度も見た光景。玉座に座る父と、父の横に寄り添い立つ母がいた。


二人はあたしに微笑み、確かに言った。


「私たちの幸せは、アミラの幸せとは違うものなのよ。」


「だから、アミラはアミラ自身の幸せを見つけて、それを大事にしなさい。」


「私たちの幸せを大事にしてくれて、ありがとう。」


「私の成せなかったことを成してくれて、ありがとう。」


「「愛しているよ、アミラ。」」


あたしのしたことを認めてくれた。微笑んでくれた。愛してると言ってくれた。


渇れたはずの涙が溢れて、頬にこぼれ落ちて、これからあたしの幸せを見つけるために、本当の意味で一歩踏み出せた気がした。




「…すごい嬉しくて、やっぱり一番のビックリ、だったなぁ…。」


しかし、あたしが両親に会えたことは、三人には見えてなかったらしい。


むしろレティシアさんには、あたしが魔方陣に入ったと同時に術式を展開したよ、とまで言われた。


夢だった?…いや――


「――あたしが願ったこと。」


世界の崩壊と別に、心の奥で両親にもう一度会いたいと願ってた?


…じゃあ、まさか。


――――――――――――


「最後まで…、人の心を弄んだってこと?」


暗い窓の外は何も見えず、アミラの小さな呟きは風と一緒に流されていった。


アミラはクスッと笑うと窓を閉め、ベッドに向かって踏み出した。




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