スノーホワイト
「黒壇、白雪、血を一滴、と」
とある夜のこと。不思議に満ちた王国の城の中で、王妃様がまじないごとをしていました。
窓を開け放ち、魔力に満ちた月光を呼び込みます。
「あぁ、楽しみね!どれほど美しくなるのかしら?」
王妃様は無邪気な子どものような笑みを浮かべています。その視線の先には、先ほどの言葉通りの物が魔法陣の上に置かれていました。
……
それから数年のこと。
「お母様!」
王妃様はそれはそれは可愛らしい王女様をお産みになられておりました。
王女様は、黒壇のような美しい髪、血のような赤い唇、そして、雪のように白い肌をしてとても美しかったので、皆から『白雪姫』と呼ばれておりました。
白雪姫は、スクスクと元気いっぱい成長します。天真爛漫で、誰にでも優しいその性格で、国中の人気者になるのも時間の問題でした。
……
「鏡よ鏡よ、鏡さん?『この世で一番美しいのはだぁれ?』」
ある晩のこと。王妃様はこっそりと、真実の月鏡に問い掛けます。
『それは白雪姫です』
鏡の答えに、王妃様はにっこりと微笑みました。
……
「今日は、天気が良いわね」
「はい、お母様!」
「そうだわ、狩りに行きましょう」
「はい、お母様!」
その翌日のこと。王妃様と白雪姫は、王妃様の提案で狩り遊びに興じることとなりました。
皆で森に入った後、王妃様が提案します。
「では、白雪姫。どちらが多く獲物を取れるか勝負をしましょう」
「はい、お母様!」
というわけで、王妃様と白雪姫は別行動です。
……
さてさて、白雪姫のお守り役は大変です。姫は、ズンズンズンズン進んでいきます。
「姫様、そのような急ぎ足では、森の動物は皆逃げてしまいますよ」
「そうなの?」
お守り役の言葉に、ようやく白雪姫が立ち止まります。そして、不思議そうに首を傾げました。
「そうなのです。動物たちは、私たち人間よりも感覚に優れていますので、足音を立てないよう、臭いを流さないよう、注意しないとあっさり気づかれてしまいます」
「あなたは、物知りね。でも、私、お母様に勝ちたいわ!」
「では、私に着いて来てください。穴場にご案内致します」
「わかったわ!」
白雪姫は、素直にお守り役の言葉に従いました。
しかし、どうしたことでしょう?お守り役の足は止まらずに、ドンドンドンドン森の奥へと入って行きます。さて、白雪姫は疲れを見せ始めた頃、ようやく立ち止まりました。
「では、姫様。こちらで待っていてください。私が、動物たちをこちらに追い立てて来ます」
「わかったわ……」
そして、森の奥で白雪姫は独りぼっちとなりました。いつまで経っても、迎えは来ません。
……
その頃、お城では、王妃様が狩りで獲れた内臓料理を食しておりました。
その内臓を獲ってきたのは、白雪姫のお守り役でした。
「ふふふ、これで私はもっと美しくなれるわ」
こっそりと王妃様は呟きました。
……
「鏡よ鏡よ、鏡さん?『この世で一番美しいのはだぁれ?』」
その晩のこと。王妃様はこっそりと鏡に問い掛けました。
『それは白雪姫です』
王妃様の表情が、無くなりました。
……
さてさて、白雪姫はどうなったのかと言いますと、帰り道を探して歩き疲れ、眠っておりました。
そして、姫に近づく小さな影七つ。
「人間だ」「女だ」「子どもだ」「「女の子だ」」「どうする?」「どうしよう?」
影たちは口々に言いました。
「役に立つ」「料理は美味い」「掃除も得意」「「僕らは苦手」」「連れ帰ろう」「そうしよう」
そして、白雪姫は七つの影に連れ去られましたとさ。
「えっさ」「ほいさ」「えっさ」「「ほいさ」」「えっさ」「ほいさ」
……
「絹の紐に、ニワトコの櫛、そして、血塗れのお人形」
王妃様がコソコソとまじないごとをしています。
黒壇の髪、血のような唇に、雪のように白い肌をしたお人形を、ニワトコの櫛で整えて、絹の紐で首を吊ります。
そして、事前に塗り込んだ血が一滴、ポトリとその下に落ちました。そこには、真っ赤な林檎がありました。
……
ある日のこと。7人小人の元での暮らしにすっかり慣れた白雪姫のところに、老婆が現れました。
「あら、お婆さん、こんにちは」
「こんにちは、お嬢さん。おや、可愛らしいお嬢さんだ、どれこの林檎を上げようじゃないか」
「まぁ、ありがとう」
老婆の差し出した真っ赤な林檎を、世間知らずな白雪姫は何の疑いも遠慮も無く受けとりました。
そして、老婆は去って行きました。
「美味しそうだわ。おやつに早速、食べましょう」
そして、おやつの時間。
白雪姫は、林檎を食べました。
……
「「「「「「「ただいま、白雪!」」」」」」」
7人小人のお帰りです。しかし、白雪姫の返答はありません。
「どうした?」「返事は?」「お料理は?」「林檎の匂いだ」「「腹ペコだ」」「大変だ」「白雪何処だ?」
小さな家です。すぐに白雪姫は見つかりました。ベッドの上でぐっすりと眠っておりました。
「寝てる」「お疲れ?」「サボり?」「違うぞ」「「大変だ」」「呪いだ」「死んじゃう」
7人小人は、大慌て。白雪姫は、呪われておりました。
急ぎ急いで、特急仕事。7人小人は、呪いを封じる硝子の棺を拵えました。そして、棺に白雪姫を寝かせ、聖域に運び込みました。
そこへ妖精王がやってきて、白雪姫に一目惚れします。
「僕が呪いを解いて上げる。でも、その後、この子は僕のモノだ」
……
「鏡よ鏡よ、鏡さん?『この世で一番美しいのはだぁれ?』」
王妃様が問い掛けます。
『それは白雪姫です』
鏡の答えは変わりませんでした。
……
森の奥ひっそりと佇む妖精の城。
妖精王と白雪姫の結婚式が始まりました。
「私の娘を返せぇぇええ!!」
そこに飛び込む金切り声。般若の形相をした王妃様でした。
「やれやれ、人間というのは本当に浅ましい。これは僕のモノだよ」
「五月蝿い!お前たち常若の妖精に私の気持ちはわかるまい!!」
「な〜んだ!美しさが欲しかったのか。だったら、僕が上げるよ、お義母さん!」
そう言って妖精王は、王妃様に靴を上げました。
王妃様はいそいそとその靴を履きました。
するとどうでしょうか。王妃様の容貌は以前にも増して光り輝くものとなったのです。
「すごいわ!すごいわ!」
クルクルクルクル喜びの余り、王妃様は一人ダンスを踊ります。
クルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクル……
「えっ?えっ?あれ?あら?どうしてかしら?止まれないわ?止まらないわ?」
クルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクル……
「痛い、痛いわ!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイィィィィいいい!!!!!」
「あははは、ホント人間って浅ましい。妖精のモノがマトモなわけがないじゃないか?全く君もそう思わないかい?」
「はい、旦那様!」
妖精王の問い掛けに、白雪姫が笑顔で答えましたとさ、おしまい。