【ミッドナイトノベルズ掲載済み冒頭本編】第一話の前半部分を公開します。続きは本編へ。
親の持っていたエロ漫画に興味を持った早熟な幼い子供が、親の所持しているそのエロ漫画を見る場合が案外多いと誰かが言っていた。
そして、それに触発されて性に目覚める事が少なくないことも。
佐渡修人の場合、きっかけは修人が父親の書斎に入り、机の上に置かれていた漫画を手にしたことが始まりだった。
その本のタイトルを修人は覚えていないが、漫画の内容は鮮明に覚えている。裸の男が裸の女を縛り、叩き、吊す、等の加虐的な行為をするSM作品だったことを鮮明に覚えている。絵柄も、登場人物のあられもない姿も。修人はその漫画の一頁ずつそれぞれに感動したのだ。修人の性への目覚めだった。特に、加虐されたことで恍惚な表情を浮かべる被虐された女の表情に幼心なのに興奮を覚えた。それから修人は父親が留守にする日は必ず書斎へ足を運んでSM作品を見た。そしてある日類似の内容が書かれた漫画が沢山積んである段ボール箱を見つけてその中の漫画に全て目を通した。
そしてそれが修人の性癖の覚醒だった。
佐渡修人はいわゆる『サディスト』へと目覚めたのだ。完全なる漫画に感化されたことによる影響である。修人本人がそう自覚したのは小学生に上がる前のことだ。性格は温厚、勉学も運動もそこそこであり、人当たりも良いので男女隔てなく友人もいる。そして一般生活で加虐的な態度を取ることはない為、通常の生活で修人は優男に見えている。だが修人の異性の好みのタイプも、性的な行為の趣向傾向も完全に『マゾヒスト』を求めていた。
修人は幼心にも漫画の内容の世界に憧れていた。「なんて羨ましい。俺もやってみたい」と。修人のその憧れは、修人が人間として成長するとやがて欲望となり、そして高校一年生になった現在それは欲求へと昇華していった。
だが、SM漫画で行われているようなことを実現することの難しさを一五年過ごした人生で修人は悟っていた。そういう相手を見つけることが一番難しいということを。普通の高校一年生では、エロ漫画で行われているようなことが滅多にないことだと理解していた。思春期真っただ中の修人は同級生の女子でプレイを夢想することはあった。だが、付き合ってそこに至るまでの過程に自分の性癖をカミングアウトして気持ち悪がられるかもしれないという怖さが行動を億劫にさせていた為、結局のところ修人は妄想するだけに留まっていた。容姿端麗であり眉目秀麗ならいざ知らず。平凡で在り来りな人相と平均的な体躯の修人では相手を選ぶことなんて夢のまた夢だった。
「はあ……」
しんしんと沫雪が降り注ぐ曇天の空を見上げた修人が深いため息を吐いた。冷え切った冬の日の夕方。高等学校からの帰路についている修人はズボンのポケットに入っていたスマホを取り出してSMのパートナーを見つける為の交流サイトを見た。本来なら未成年の閲覧は利用規約上ご法度なのだが、修人は構わず見ていた。まあ実際書き込むでも、利用するでもないから本人は違法行為をしていないと思っているのだが。
内容は過激な発言が多い。「奴隷にしてほしい」「ご主人募集」「女王様募集」等があり、プレイの内容まで記された書き込み、そして実際にプレイした生々しい感想の書き込みもある。修人は中学生の頃からサディストとしてマゾヒストに行いたいと思っていることを研究していた日々があり、性の知識に富んでおりプレイ内容を見ても顔色一つ変えずに閲覧できているが、同年代の男女が見たら用語が不明すぎて頭を傾げる者が殆どだろう。
修人はそんな書き込みを見て想いを馳せることが最近の娯楽だった。
「大人は好みの相手を見つけることができてずるい。羨ましい。早く大人になってペットがほしい……」
独白した修人のそれが本音であり本心だった。
そして偶々書き込みの内容が排泄に関する書き込みだったこともあり、黙読していてふいに尿意を催した修人は帰路の途中で通りかかる公衆トイレへ寄ることに決めた。連れしょんみたいな感覚だな、と修人は微笑し、横を通り過ぎた年配のおばさんに不気味がられたのだが、修人はそれに気がついていない。
冷たくなった手をスマホと一緒にポケットにしまい、しばらく歩いた修人は遠目に公衆トイレを視認するまでの距離にいた。そして信号待ちをしていた修人だが、なんとなくトイレの方向を見ていると逆方向から自分と同じ学校の制服を着た女子が速足で公衆トイレの男子トイレへと入っていく様子が目に入った。
「ん?」
修人は思わずそう唸った。
女子高生が公衆トイレの男子トイレへ? なんで?
視力の良い修人だが遠目に見てようやく公衆トイレの入り口が見えるくらいであり、二つ並んだ入口をした作りの為「見間違えたのだろう」と修人は思うことにした。
気を取り直して、ただ少し興味を惹かれた修人は事実確認の為に急ぎ足で公衆トイレへと向かった。ちらつく沫雪が修人の顔にしとしとと降り注いで視界を遮ってくる。それを払いのけつつ、少し興奮気味の修人はようやくトイレの入り口へと至り、雪で滑って転ばないように足元に気を払いながらそのままトイレへと駆けこんだ。
そして、修人は誰かが置いた香りの強い芳香剤の匂いが満ちている男子トイレの中で先ほどの女子高生がいる姿を視認した。修人が見て「うわ、可愛い」と不意に思ったくらい大きな瞳が印象的な愛らしい美貌の女子高生は、肩くらいまである細く黒い髪の彼女は大便用の天井と入口の隙間が大きく開いた個室に入ろうと手をかけており、駆け込んできた修人の顔を、冷や汗を流しながらまじまじと見ている。
「なにしているんですか? ここは男子トイレですよ」
中にいるかもしれないと予測をしていた修人だが、敢えて知らなかったフリをしつつ白々しく、しかし何かの誤解や、やむを得ない事情があってここにいるのかもしれないから常識的な範囲で声をかけて反応を窺った。
「あの……、はい……。わかってます」
それなりの背丈はあるが修人よりも身長の低い女子高生は動揺した様子で紅潮した頬をわなわなと振るわせると焦燥した様子で口籠るようにそう答えた。相変わらず個室のドアノブには手をかけたままだ。
「何かあったんですか?」
「ええと……、はい、あの……、女子トイレがいっぱいだったのでここを使おうと思って……」
目をきょろきょろと左右に泳がしながら修人と視線を合わせようとしない女子高生。そしてその発言が嘘だと知っている修人は、恥じらいながら自分の詰問に動揺している女子の様子に今まで抑圧されていたサディスティックな欲求が爆発しかけていた。虚偽申告をしてまで女子高生が異性のトイレで隠したい事とはなんなのだろうか。修人は言葉を紡いだ。
「嘘ですよね。信号待ちしている時に偶々君がトイレに入っていく様子を見ていたから知っているんだけれど、女子トイレに行かずに直ぐに男子トイレに入ったよね?」
ぎくり、という擬音がこれ程までに適切な表現が無いほどの反応を女子高生がした。図星をつかれた人間は目を大きく見開き、鼻腔が大きく開く特徴が現れると言うが彼女も例外ではなかった。
「うぅ……。だって……、女装しているから男子トイレに入ってもおかしくないでしょう」
苦しい言い訳をする女子高生だがその返答はあからさまな嘘の上塗りであると直ぐにわかる。それを修人が指摘した。
「女装している人なら止めはしないけれど、そのたわわな胸じゃあどう見ても女装に見えないよ。それに名前は知らないけれど君を学校で見かけたことあるから女子だということは知っているからね。そして残念だけど、君のその反応を見るに明らかに性別は女の子でしょう」
修人に指摘された女子高生は遊んでいた片方の腕で咄嗟に胸に手を当てて胸囲を隠した。
修人はそんな羞じらう女子高生の様子を見て、決壊しかけの理性のダムに致命的な亀裂が入ったことを自覚した。いじらしく、図星を指摘されて反論することが出来ず悶え苦しむ目の前の女子高生の様子が、修人の心の中で何かが溢れ出すきっかけになってしまった。
サディストの血が湧き上がったのだ。
修人は女子高生の方へと歩み寄る。間合いはほぼ無いに等しい。いきなり距離を詰められた女子高生は怯えた様子で身を竦めた。そして尿意なんて何処かに消え去った修人が女子高生の肩を制服越しにがっしり掴んだ。加虐したい気持ちを抑えつつ修人は口を開く。
「学生証見せてよ。持っているよね?」
女子高生はそう言われ困惑した様子だったが、「持っていないの?」と修人にせっつかれて肩にかけていた鞄の中をがさごそと探って学生証を修人に提示した。
「間園愛衣っていうんだね。へえ、同じ一年生なんだね。何組かは知らないけれど。俺は二組の佐渡修人だよ。それじゃあ間園さん、聞くけれど、女子が男子トイレに入ることって常識的に考えて良くない事だよね? 誰にも見つからずに済んだのならよかったかもしれないけれど、俺に見つかった以上、俺が警察に通報すれば君はきっと補導されるし、親御さんの顔に泥を塗ることになる。そして学校を退学になるかもしれないよね。今間園さんがどういう状況にあるのかわかっている?」
修人は学生証を確認した後、愛衣に返しながらそう詰問した。
「はい……。わかってます……」
学生証を受け取る愛衣の手は震えていた。
「ふぅん。わかっていたのに、敢えて危険を冒してまで男子トイレに入ってまでやりたかったことってなに?」
「それは……、言えない……です……」
下半身をもじもじさせる愛衣に愛らしさを感じた修人は言葉で追撃する。
「言わないと通報しちゃうよ」
「でも……」
「別に嫌なら言わなくてもいいよ。俺は警察に連絡するとしようかな……」
修人はそう言い、ポケットからスマホをゆっくりと取り出した。それには狙いがあった。修人は敢えてゆっくり行動に起こすことで愛衣に真実を打ち明けるか否かを悩ませる猶予を与え、苦悩する様子を楽しんでいた。修人のサディストスイッチは完全に起動していた。
「待ってくださいっ! あの……。言います。言うので、通報はしないでください」
敢えてスマホの画面を女子高生にも見えるようにしつつ、電話番号を素早く入力して後は呼出ボタンを押す手前で愛衣は口を開いてそう言った。
「言いたくないんじゃなかったの?」
修人はまだ呼出ボタンを押していないが、いつでも押せる位置に指を置いている。
「言いたくはないです……」
「じゃあ、電話掛けちゃうね」
「あっ、待って! 言いたいです! 言わせてください……」
修人顔を見ないで俯く愛衣は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「それじゃあ、わざわざ危険を犯してまで男子トイレに入ってきた目的を教えてよ」
修人は平常心を持ってそう伝えた。サディストとは常に平然を保って相手を惑わさなければならないと先人達の知恵を知っていたからだ。興奮に飲み込まれて、自分の欲を優先し、欲に飲み込まれてはサディストとは言えない。修人はサディストとして自分と目の前の愛衣を試していることを自覚していた。
愛衣は口を噤んでいる。だがそれはほんの少しの時間であり、体感にして一分にも満たない。スマホの画面をチラつかせながら脅迫してくる修人の視線を気にする愛衣は、目を一瞬だけ修人と合わせた後、再び顔を俯けると小さな震えた声音でこう言った。
「男子トイレでおしっこがしたかったんです」
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