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三章 虚ろなる神と少女の半生 その5

 朝日が昇っても俺は一睡もできていなかった。

 未だに治療室のランプは灯ったままだ。

 医者の説明によると、身体の方はドーピングまがいの能力のおかげでそこまでの大怪我にはならなかったようだ。

 しかし問題は長期間酷使され続けた神力管とかいうものらしい。詳しい説明は分からないが、手術の成功率は一割にも満たないということだけは理解できた。

 俺が以前に運ばれた原因も神力管が酷使されたのが原因らしい。

 そしてここが聖剣という組織が運営している病院だと聞いた。

 窓の外を見ると、入院していた時のように殺風景な景色が目に入る。


「……暁也、寝ないとダメだよ」

 声のした方を見ると、病衣を着た神楽耶姉が立っていた。

「神楽耶姉こそ、寝てないとダメだろ」

「私は全然平気だからさ」

 サムズアップしようとすると、体ががくっと傾いた。慌てて支えてやったからよかったものの、一人でいたら間違いなく受け身も取れずに倒れていただろう。


「ほら、言わんこっちゃない」

「えへへ、ゴメン」

 悪びれた様子も無く彼女は俺の横に腰を下ろした。

「目が覚めたらさ。見たことも無い白い天井が見えてビックリしちゃった」

 神楽耶姉は今日の午前二時頃に目が覚めたらしい。覚めたらしい、というのはその時俺が傍にいなかったからだ。病院に着いてからずっと、俺はここで望愛の手術が終わるのを待っていた。

 一応、医者に神楽耶姉は命の心配は無いと言われていたが、それにしたって酷い話だ。


「悪いな、独りぼっちにしちまって」

 神楽耶姉はぷっと吹き出して俺の肩をバンバン叩いた。

「気にすることないって! 兄弟と恋人の二択だったら、私だって恋人を選ぶもん!」

「望愛は恋人じゃねえよ……」

「またまたぁ、強がっちゃって!」

 いつも通りの神楽耶姉のテンション。自然と背負っていたものが軽くなり、張り詰めていた空気が少しだけ柔らかくなった気がする。


「……なあ、神楽耶姉」

「ん、どうした?」

「家族って、いいな」

 神楽耶姉は茶化さず、照れもせず、ただ笑った。

「なに当たり前のこと言ってんの。今更すぎ」

「そうかもな」

 こっちは気恥ずかしくなって、顔を逸らした。

「……望愛ちゃんのことだけどさ」

 改まった声で神楽耶姉は話し出す。

「気さくな自衛隊の人に聞いたんだ」

 異常事態ということもあって、不自然に島に残っていた神楽耶姉は軽い取り調べを受けていたらしい。本人は気さくなと言っているが、どうせ狡猾な話術で何か訊き出したに違いない。

 ちなみに俺は水晶の計らいのおかげで取り調べをまぬがれたと彼女の口から聞いた。


「イギリスに引っ越してすぐ、ご両親を強盗に殺されたんだって。その後、望愛ちゃん自身はずっと消息不明だったみたい」

「……悪魔に命を売ったって、あいつは言ってた」

 陽光が窓から差し込む。その光は神秘的なほど眩しかったが、影は一層濃くなった。

たちの悪い宗教団体に入団させられたらしいんだ。世界を救済するとか言うお題目で、犯罪まがいなことばかりしてる団体。ご両親が亡くなったばかりだったから冷静な判断ができなかったのね」

「……天涯孤独の身だっていうのは本当なのか?」

「ええ。親戚も何年も会っていないあの子を引き取ろうっていう気はないみたいね」

 仕方ないだろう。不況の今、家族が急に一人増えた時の負担はバカにならない。

 いくら血縁者であっても、無責任に引き取るなんて言えないだろう。


「今まであの子は、ずっと一人で戦ってきたのね……」

 俺は昨日それを追体験した。

 望愛は地獄のような時間を孤独に生きてきた。何度心を殺されたか、何度人を殺したか、どれだけの寿命を犠牲にしたか……。

「神楽耶姉、うちって家計に余裕あったよな」

 小さく溜息を吐かれる。

「あのね、暁也も大人なんだから人を一人預かる大変さは分かってるでしょ?」

「それはそうだけど、でも……」

「暁也」

 ごねる俺の肩に手を置かれる。

 いつの間にか黒いマントを羽織った水晶が隣に座っていた。


「望愛はうちで預かる」

「え、水晶の家でか?」

 彼女は首を横に振った。

「うちの組織。望愛は今後の人生、宗教団体ファフニールに命を狙われることになる」

「まあ、あの宗教団体は実質テロ組織って言われるらしいしね」

「……望愛は決死の覚悟で俺を助けてくれたんだな」

 だけど望愛はそんなことは一言も言わなかった。

 いかにもあいつらしくて、少し腹が立つ。


「そうだな。水晶の組織で預かってくれるのがいいかもしれない……」

 ぷっと吹き出す神楽耶姉。

「な~に、しょぼくれてんの」

「しょ、しょぼくれてるって何だよ?」

「あからさまに落ち込んでた」

 水晶まで僅かに口の端を持ち上げていた。

「お、お前等な……」

「大丈夫、ちゃんと愛古島で生活できるようにしておく」

 そう聞いて、思わず胸を撫で下ろしてしまう。そのせいで、また二人に生温かい目で見られた時。

 集中治療室のランプが消え、小鳥が鳴いた。

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