二章 新米教師の暗躍 その16
俺は閃光の剣の光を消し、その場にへたり込んだ。
「……勝ったのか?」
「おかしいと思った」
いつの間にか目を覚ましていたのか、水晶は白い目で俺を見ている。
「途中まで一切その武器の能力を使わずに戦っていた。それはこのため?」
「ああ。閃光の剣は光を放って、それを物質化させることができる。つまりリーチをどこまでも自在に変えられるってことだ。だけどそれを使ったとしても、望愛との実力差を埋めることはできない。その力を最大限に生かすならアイツの虚を衝ける瞬間に、一発に全てを込めて放つしかない。そうでもしなきゃ、俺に勝機はなかったからな」
「……出だしから最後まで、最低の戦い方」
なおも文句を言いたそうな水晶。
面倒くさかったが、癪に障るので一応の弁解をしておく。
「望愛も言ってただろう。戦場じゃ作法なんて無意味だってさ」
「それにしたって果し合いでは最低限のマナーが……」
「ま、まあまあ。いいじゃないですか、無事に勝てたんですから」
言い合いになりそうな所で千利が割って入った。
「それより、これからどうしますか? 望愛さんを置いては行けませんし」
「そうだな……。っておい、水晶。どこに行くんだよ?」
彼女は何も言わずに、どこかへ行こうとしていた。
「余興は終わったし、仕事に戻る」
「仕事って……。お前、一人であの空神とかいうヤツに挑むつもりか?」
水晶は予想に反して首を横に振った。
「別件。それじゃあ」
こちらが何か言う前に、彼女は文字通りどこかへ飛び去った。まったく、猿か忍者みたいなヤツだ。
「結局何がしたかったんだ、あいつは」
「水晶さんには水晶さんの立場があるんですよ。でもそれを曲げてでも、暁也君に会いにきてくれたんです」
「俺に会うのも任務の内に含まれてたりしてな」
少し意地悪なことを言うと彼女はわたわたと手を振り、たどたどしい口調で俺の疑念を払拭しようとする。
「いっ、いえいえ。く、水晶さんはそんな人……かもしれませんけど、でもでも、いつも暁也君のことを大事に思ってますよ、きっと」
「護衛対象としてか?」
「そ、そうではなくて……、えっと、そうかもしれませんけどその、たとえ任務だったとしても大事に思う気持ちは本物だと言いますか、いえでも命令は命令で……」
勝手にテンパって自爆する千利。
「なんだか今日一番安心した」
「うう……、暁也君は意地悪です」
半べそでいじけている。さすがに少しやりすぎたかもしれない。
「そんなに落ち込むなって。教師だろ?」
「きょ、教師でも泣く時は泣くんですよ!」
なんとか機嫌を直そうと思った時、誰かが彼女の頭に手を置いた。
「ほーら、元気出しなさいよ。そんなに泣いたら、可愛い顔が台無しよ」
いつ来たのだろう、千利の後ろには史さんがいた。
「て、店長? どうしたんですか、こんな所で」
「どうしたも何も、夜の散歩に決まってるじゃな~い」
勝手知ったるように話す二人。もしかしたら千利はあのカフェの常連なのかもしれない。
「あ、そうです。店長、もしよければカフェでこの子の介抱をしてくれませんか?」
「別にいいけど、一体何があったの? それに暁也ちゃん、ボロボロじゃない」
指摘されてようやく、自分が傷だらけであることを思い出した。
「ちょっと脱走したライオンと戦り合いまして」
さらっと出た嘘はあまりにもリアルだった。
「らっ、ライオンッ!? それって大変じゃない!」
「だから史さん、今すぐ店に戻って警察か自衛隊に電話してくれませんか。あ、コイツを安全な場所に避難させるのも忘れないでください」
「わ、わかったわ」
史さんは言われるままに望愛を背負って、店に戻っていく。
「い、いいんですか暁也君。あんなこと言って」
「どうせこんな状況じゃ警察なんて動きっこないだろ。ほっとけほっとけ」
「な、なんて無責任な……」
絶句する千利。呆れかえって言葉も出ないようだ。
「嘘も方便って言うだろ」
ふいに天空の光が止んだ。
直後に体が跳ねあがる直下型の振動。近くの地面に亀裂が入った。
街を見るとさっきまで上空にあった空神の姿がそこにあった。
地上に降りてきたことにより、ヤツの鮮明な姿を拝むことができた。
「……あまり強そうには見えないな」
一言で表すなら青く透明な液体の固まりだった。
全体像は人間のなりそこないというか巨大なスライムだ。
猫背で呼吸するようなリズムで体が左右にぶよぶよ揺れている。動きは緩慢だ。
左胸に見える赤い球状のものは心臓だろうか。でも体に血液が通っているようには見えない。頭上をきょろきょろ動いている白い球体に黒い点があるのはおそらく目だろう。
千利は手持ちのバッグからノートパソコンを取り出し、キーボードを叩き始めた。
「空神、空っぽな神様ですからね。人々の様々な願いが無作為に掻き集められて生まれた神の成りそこないです。いわばフランケンシュタインですね。今回は神楽耶さんという強力な神力の持ち主をコアとしていますので、危険指定等級はAから格上げされてSのマイナス。神の域に達する存在です」
「もう一人の九万九千九百九十九ってのは、やっぱり神楽耶姉だったのか」
「はい。あの赤い球状――コアの中にいます」
どうやって調べたのか、彼女は憶測ではなく断定した。
目を細めて見るが、ここからではコアの中の様子は分からなかった。
ちょうどその時、空神の着陸で跳ね上がったビルが何本か落下した。
空神の体と比べたらあんなの玩具程度の大きさだ。それにヤツの着陸による地震を思えばビルの落下による衝撃など些末なものでしかない。
「なんというか、世界の終わりっていう感じですね……」
「で、どうするんだあれ。もちろん勝算があって俺の所に来たんだよな?」
「いえ、残念ながら……」
思わず溜息が出た。
「ちょ、ちょっと! こっちだって想像以上の状況でパニックになってたんですから、そのですね、仕方なかったというか仕様が無いといいますかですね」
「要するにノープランでお願いに来たんだろう。社会人としてどうなんだそれ……」
「えっと何というかその、……ごめんなさい」
しょげてしまう千利。さすがに言いすぎたかと、ちょっと反省する。
「冗談だ、真に受けるな。それで空神ってただデカイだけじゃないのか?」
「強力な神力を秘めていますが、通常形態なら暁也君と互角程度でしょう。しかし今回は神楽耶さんの体も飲み込んでしまっているので、おそらく二倍程度のエネルギーがあると予想されます」
「それだけ聞くとどうにかなりそうな気がするな」
「しかし問題はエネルギーでは無く出力されるパワーの方です。暁也さんの幻想解放は強力な部類ではありますが、空神のそれは軽く上回ります。つまり腕力では空神が圧倒的に勝っているのです」
「具体的に例えると?」
千利は黙って空神を指差した。
ヤツは手の内に何か赤く光るものを生み出して、適当なビルに放った。
激突した瞬間に派手に爆発し、粉々に砕け散る。
百聞は一見に如かずという教訓をこれほど痛切に感じたことはない。
「なんだあれ、特撮映画か?」
「大怪獣と同等の脅威と考えれば、そうですね」
「もういっそのこと撮影して動画サイトに投稿しようぜ。再生回数なんて放っておいても伸びるだろうし、クリエイター支援とやらで明日から億万長者になれるんじゃないか?」
割と真面目なつもりだったんだが、千利には苦笑してスルーされてしまった。
「暁也君が元気になってくれてよかったです」
「……そんなに余裕ぶってるってことは、対抗策は思いついたんだよな?」
「い、いえいえそんな! 無茶振りはやめてください!」
「わりかし本気で期待してたんだが……」
「え、あ、その、すみません……」
またも千利が落ち込んでしまった。
その無茶振りを誰かが引き受けなければ世界がマッハでピンチなのだが、まあそんな難題を彼女だけに押し付けるのは確かに可哀想だ。