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二章 新米教師の暗躍 その13

 突然の巨大な地震の直後に、夜空から目映い光線が降り注いだ。

 雷かと思ったが、すぐにその予想が外れていることを知る。

 少し弱まったものの輝きを失うことはなく、真昼のような明るさが空を覆っている。

 一際輝きの強い場所に、巨大な何かを見つけた。

 信じ難いがそれは人型をしていた。

 巨人だったとしても今更驚きはしない。


 しかしそうだったとしたら、この街は危ないんじゃないだろうか?

 空にいるにもかかわらず視力の悪い俺が輪郭を捉えられているのだ、あの巨体が着陸したらこの島は前代未聞の被害を受けることになるだろう。

 少しずつ危機感が募ってくる。

 どこか遠くに逃げた方がいいという考えはすぐに浮かんだ。

 しかしこの島にはまだ神楽耶姉や水晶、千利のヤツがいる。それに望愛もいるはずだ。自分だけが逃げていいのか?

 それに逃げるといっても手段がない。

 こんな異常事態が起こっているのだ、公共の交通網は全部ストップしているだろう。


 とにかく水晶と合流しようと駆け出そうとした瞬間、頭の中に声が響いた。

『……や、暁也』

 毎日耳にした声。それこそ幼い頃から昨日まで毎日耳にしていた馴染み深い声。

「神楽耶姉……? どこだ、神楽耶姉!?」

『逃げて、早く逃げて……!』

 次の瞬間再び巨大な地震が起きた。立っていられずに膝をつく。

 遠くからサイレンの音が聞こえる。街から煙が上がっていた。

 輝く空から何か紅い光玉が落下して街に落ちる。そして地震のごとき振動が起きてビルが何本か崩れ落ちる。


 嫌な予感が頭をよぎった。

 俺は天に向かって叫ぶ。

「もしかして神楽耶姉なのか、そこにいるのは神楽耶姉なのか!?」

『いいから逃げっ……』

「神楽耶姉ッ!!」

『……………………』

 もう神楽耶姉の声は聞こえなかった。

「チクショウ、何だってこんなことに!」

 目の前の壁に拳を打ち付ける。皮膚が破けて赤い血が流れだして、壁を伝い落ちる。一発だけじゃ足りなくて、デタラメに殴り続けた。

 視界が霞んでいく。鼻の奥がツンとして、ぽろぽろと涙が零れた。


 思えば自分はいつだって無力だった。

 学校の中ではぼっちで劣等生。

 命の恩人には守ってもらってばっかりで、あまつさえ彼女の正体を目にした時には恐怖して立ち尽くすことしかできなかった。

 水晶は言わずもがな。彼女の卓越した能力と自分を比べるなどおこがましいにも程があるだろう。

 凄まじい量の神力っていうのを秘めているらしいが、この十六年間で一度でも役に立ったことがあっただろうか?


「俺には……誰も守れない、救えない、何も成せない! チクショウ、チクショウ、チクショオオオオオオッ!!」

 何度も何度も塀を殴りつけて、それでもなお足りず感情が咆哮となって迸る。頭の中が熱暴走して理性のロックが完全に外れていた。

 激情に心を委ねて壁を殴り続ける。その度に赤い血が宙を舞う。

 それが頬に跳ねたが、どうでもよかった。

 とにかくこの破裂しそうな感情を発散したかった。

 次第にパンチの威力は落ちていき、体中から力が抜けていく。

 こんなことは無意味だ、ただ拳が傷付くだけだ。そんな思いが生まれたのは冷静になったからではなく、もう何もしたくないという虚無感からだ。


 充電切れだ。あるいはライホを失った時に、自分自身も死んでしまっていたのかもしれない。こうして体は無事だが、精神はあの時に一緒に落としてしまったのだ。

 あの日からだ、不幸が連鎖し始めたのは。同時に、非日常が俺の世界を侵食し始めた。

 ……そうだ、これは夢なんだ。悪夢なんだ。だからこんなに不幸が続いているんだ。


 尻餅をついて、そのまま後ろ向きに倒れ込む。

 雨で濡れたアスファルトが背中に湿り気をもたらしてきて気持ち悪かったが、それより倦怠感が勝った。

 このまま現実逃避をしたかった。だが眩暈めまいがするほどの輝きが目を逸らすことを許してくれない。

 どうせ無力なのだから、逃避するるぐらいの自由はくれてもいいはずなのに。そんな慈悲さえこの世界にはないようだ。


「もう疲れたんだよ……。誰の邪魔もしないから、ゆっくり寝させてくれよ」

 その返答は激しい振動と爆音だった。酷い嫌がらせだ。

「どうして休ませてくれないんだよ。俺には何もない、何もできないってのに……」


「そんなの、決まってる」

 じゃりっとアスファルトを踏みしめる足音がした。

「あなたには戦う力があるから」

「そうですね。残念ながら暁也君にはすべきことがあるんです」

 顔を上げるまでも無く、声の主が水晶と千利だと分かった。

「二人してどうした、避難勧告にでもしにきたのか?」

「そんなの教師の仕事じゃありませんよ」

「私達は暁也にお願いに来た」

 こちらも真面目に訊ねたつもりだったが、彼女達の顔はそれ以上に真剣だった。


「悪いけどこっちは色々あって打ちひしがれてるんだ、他を当たってくれ」

「そんな自虐的な断り方じゃ、引き下がれない」

「自虐的にもなるさ。だって俺は無力なんだからな」

 一言一言を発するのがしんどかった。まるで鉛を吐き出しているかのように、胸糞悪い。

「何で暁也はいじけてるの?」

「いじけてるんじゃない。諦めたんだよ」

「じゃあ、何を諦めたの?」

 うんざりだった。誰かと話すだけで苛々する。

「もう放っておいてくれ」

 俺は自宅に帰るために起き上がった。長時間道路に寝転がっていたせいで、背中がズキズキと痛む。

 家に神楽耶姉はもういない。だけど一人になることはできる。

 これ以上辛いことを背負い込むのはもうたくさんだ。

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