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二章 新米教師の暗躍 その12

 水晶が廃港に付く頃にはすでに日が沈んでいた。

 そこは蛇の巣窟そうくつだった。昨日とは比べものにならない量のヨルムガンドが同じ方向に這っている。まるで紫色の川のようだ。

「……昨日の一件で目を付けられた」

 小さく溜息を吐き、タブレットを取り出す。

 廃港のマップを表示し、現在の様子を確認する。

 ターゲットは座標E―5。水晶の脚なら三分もかからずに辿り着ける場所だ。蛇さえいなければ。

 マントの中から所持している武器を全て出し、点検を手早く行いつつ作戦を考える。

「現在携帯している武器はナイフが十八本。P229が二丁、マガジンは五つ。アイマスクに耳栓、奥の手は……強力な方」

 点検を終えて、武器をマントの中に仕舞う。


「ミッション〝フラッシュ・ナイト〟……開始」

 彼女はアイマスクと耳栓を付けて、コンテナの影から飛び出す。

 蛇が反応する前に奥の手――スタングレネードを群れの真ん中に投げ込む。

 それが地面にぶつかった瞬間、辺りに凄まじい爆音がとどろき、目映い閃光が蛇共の目を貫いた。

 彼等は失明や眩暈を起こし、一時的に戦闘不能になる。

 その隙に水晶はアイマスクと耳栓を外し、分身して蛇共を切り刻んでいく。

 抹殺する必要は無い、目的地へ向かうのに邪魔なヤツだけを的確に無力化していく。

 だが洗練された動作は、意識せずとも華麗さを伴う。水晶のアクロバティックな身のこなしはまるでブレイクダンスそのもの。そしてあまりにもスピーディーなため返り血を浴びる暇も無い。全てはステージ上で行われているパフォーマンスのようだ。


 月夜の下、水晶とその分身の着る漆黒のマントはドレスのごとく閃き、彼女の通った後には蛇の血がウェーブのように拭き出していき、地を紅く染めていく。

 彼女とその分身が敷いたバージンロードを歩む者は無く、すぐに死を免れた蛇の群れに掻き消された。

 水晶のステップが水溜りを割り、ガラスの代わりに透明な雫が跳ねる。

 月光を浴びて宝石のごとく煌めくそれは泡沫の夢。花火と同様の一瞬の軌跡だ。

 彼女はそれを目の端で追いながら、次の蛇を斬った。




 水晶は五分足らずで目的の倉庫の前に辿り着いた。

 外壁は煤けており、上部に取り付けられた窓も割れている。すでに使われなくなったことを全身で如実に告げていた。

 だがその窓から光が漏れている。

 水晶は分身を解き、静かに腰を下ろした。

 彼女はタブレットを再度確認し、中の構造を頭に叩き込む。

 別動隊が飛ばしたドローン型の熱感知システムにより、中に潜んでいる存在も特定できている。

 数百匹のヨルムガンドに数十人の睡眠中の人間と、起立している者が一人。

 それと常軌を逸した巨大な熱反応が一つ中央にある。

 最初、発電機かと水晶は思ったがそれにしたってこの温度はありえない。石炭火力発電所の温度さえ軽く越えている。

 常識的に考えれば、この場にそれ以上の高温のものが存在するはずが無い。

 となれば話は実にシンプルなものになる。つまりこの超高温の存在の正体は常識外のものだということだ。


「……RPGぐらいは持ってくればよかった」

 水晶の頬を冷たい汗が流れる。

 震える手でマントを外し、制服を脱ぐ。

 その下から黒いスパンデックスが露わになる。防弾チョッキとプロテクトも黒色のためマントを纏っている時とあまり色合いに変化はない。


 制服とマントをきれいに畳み、その中から一丁の銃を取り出した。

 P229――正式名称をSIG Sauer P229 と呼ぶ。

 ザウエル&ゾーン社がP220の後継として開発したP226からさらにモデルチェンジを繰り返した自動拳銃。

 強力な弾丸を打てるにもかかわらずキレがいいためぶれることも無い。また難易度の高い片手打ちも比較的容易に行うことができる。値段が高いことがネックだが、実用的で扱いやすいモデルの一つと言える。

 デコッキングレバーを戻して、いつでも撃てる状態にしておく。

 最後にスカートのポケットから十字架の付いたネックレスを取り出す。飾り気がなく、シスターが首から下げていそうなデザインだ。

 それを再度、制服のポケットに仕舞う。


 水晶は肩の力を抜いて脱力状態になる。

 そのまま扉に近付き、一気に押し開けて踏み入った。

 突入と同時に直感で倉庫内の一番危険な相手に銃口を向ける。

 すべては迅速で大胆で、相手に余計なアクションを起こす暇を与えない。それは思考を捨てた獣のみが行える野生のわざだった。


「いらっしゃいませ。随分、早かったですね」

 声の主はまるでカフェでお茶をしている時のようにゆったりとしていた。

「……やっぱりあなたが黒幕だった。……千利休」

 がくっとずっこける千利休――ではなく千利。

「わ、私はお茶の人じゃなくて一介の教師の、天生目千利です」


 水晶は千利の言葉には取り合わず、倉庫内をぐるりと見回した。

 蛇の入った檻が天井まで積まれ、それに囲まれるように人々がベッドに寝かされている。

 宙を二本の腕を生やしたロボットが飛んでいる。彼等は器用にアームをもちいてヨルムガンドに餌を与えていた。

 そして巨大な熱源が確認された中央には、深緑の液体が入った円筒器が設置されていた。中には人影らしきものが見えるが、液体の色が濃すぎるため相貌などはよく分からない。


「その容器は何?」

 水晶の問いに、千利は素直に答えた。

「オーディンです。北欧神話に登場する神で、戦と死を司ります。言うまでも無く危険指定等級はSランクです」

「でもまだ、完全には現界はしていない」

「そうですね。この世とユグドラシルの両世界に跨って存在している形です」


 千利に抵抗する意思がないことを見て取ると、水晶はマントからもう一丁を取り出してオーディンに向けた。

「撃つ。破滅のミスティルテインが使われたこの弾丸は、ヒットすれば万が一でも生き残る可能性はない。懇願か何かあれば聞く」

「随分とお優しいんですね。でも今も周囲を他の方々が包囲し始めてますよ。もうすでにあなたの一存でどうこうできる段階ではないのでは?」


 水晶はまたたきせずに千利に視線を向けたまま問う。

「……どうしてこんなことを?」

「水晶さんでしたか。あなたはきっと、優しい人に大切に育てられたんですね。私もそうです。……だからでしょうか、冷徹になりきれない」

 千利が軽く手を叩く。すると眠っていた人々は目を覚ました。


「……ヨルムガンドは偽物だった?」

「素体は本物ですよ。そこから私がアンドロイドとして改造しました。体の構造はほとんど同じですが、AIによる知性と麻痺効果を持った毒を与えました」

「生かす必要は無かった。オーディンを降臨させるなら、殺してもかまわなかったはず」


 遠くから足音がした。水晶の突入を確認した応援部隊が駆けつけているのだ。

「そうですね。ただ、やむを得ない事情がこちらにもあった。それだけです。お話しするための時間は無さそうですけどね」

 千利は重荷を下ろしたように、思いっきり伸びをして大きく息を吐いた。

「そろそろ撃たなくていいんですか? お仲間さんにどやされちゃいますよ」

「……分かった」

 水晶はもう一度狙いを定めて、引き金を引いた。二発の銃声音。シャンデリアの割れるような音と共に、容器が破壊される。

 容器の中にいた何者かは、突如現れた闇に飲まれて消えた。

「……これで当分は現界できないはず」


 水晶は銃口から上がる硝煙に息を吹きかけた。

「どうして……」

 震える声で問うのは、椅子からずり落ちた千利。

「あなたを殺すのは、ミッションに入っていない。言ってなかった?」

 水晶は首を傾げて銃を仕舞う。ベッドで寝ていた人々は、今の銃声で飛び起きた。

「……ちょっと激しいモーニングコールになった?」

「今は夜ですけどね」


 ちょうどその時、武装した人々が銃を手に駆け込んできた。

「武器を捨てて手を上げろ! 抵抗すれば撃つぞ!」

 リーダー格らしき男が常套句を千利に告げる。

 その威圧感に捕まっていた人達の方が震えあがって手を上げた。

「あ、いや、お前達では……」

 男が困ったように頭を掻いた。


 ふいに蛇の入った檻がカタカタと揺れ始める。

 最初はただ蛇が暴れているだけかと誰も気にも留めなかったが、地面が揺れだしてようやく水晶達は異変に気付いた。

「じ、地震……?」

「いいえ、違いますよ」

 千利は何かを悟っているような様子で言った。

「オーディンが消えたから、動き出したんですよ。新たな神話が……」

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