間章 帰路
神楽耶は張り詰めるぐらいに膨らんだスーパーの袋を手に帰路についていた。
かなりの重量があるはずだが、彼女の表情は涼し気で苦にしている様子は無い。鼻歌を歌う余裕まであるようだ。
ふと彼女は常夜灯の下に段ボール箱に入った猫を見つけた。
そこは周囲は空き家が多く、人気が全く無い場所だ。
「あらら……捨て猫かしら?」
彼女はかがんで猫に顔を近づける。
でっぷりとしていて毛が厚い、ヨーロッパ系のノルウェージャンフォレストキャットだ。
「首輪はきちんと付いているし……、お散歩中なだけかい?」
頭に手を伸ばしても抵抗することなく素直に撫でられた。
「随分人慣れしてるなあ。やっぱり飼い猫かな? ……わっ」
猫が箱から出てきて神楽耶の膝の上に乗る。
「まったく、仕方のない甘えん坊さんだなー。このこの」
鼻を軽く弾くとふにゃーと情けない声で鳴いた。
猫がどいたことにより彼女は箱の中を見ることができた。あられもない姿をした女性が表紙の冊子の山。俗にいうエロ本が大量に詰まっていた。
「やれやれ、不法投棄ってやつか。まったく、けしからんなあ」
興味本位で手に取り、適当に捲り始める。
「うわっ、すごいなあ。この人の胸Gカップぐらいありそう。っていうか皆、よくこんなに大胆な格好ができるなあ。少し尊敬しちゃうよ。あ、お前もね」
大股を広げて自分の足を舐めるデブ猫の頭をうりうりと少し雑に撫でる。猫はまるで気にせず同じ動作を続けた。
「暁也も持ってるのかな? でも今時紙媒体の本を持ってる人は稀だからなー。やっぱりあいつもそういう系はネット頼みだろうな」
考えている内に神楽耶の顔は曇っていく。
「暁也、大丈夫かな。ちゃんと進路を決めてくれるといいけど」
心配して考え込むあまり、彼女は気が付いていなかった。
不自然に音を極限まで殺した足音が、背後から近付いてきていることに……。
何かが弾けるような音がして、神楽夜はやっと慌てて振り返った。
その瞬間、首筋を凄まじい衝撃が襲った。
まるで火に炙られていた鉄を押し付けられたかのような熱感と、鈍器で殴られたかのごとき激痛。
たちまち脳の芯を刺激し、意識の灯りを消し去る。
最後に猫の鳴き声を聞いて、神楽夜は気を失った。
彼女が昏倒するのを確認して、襲撃した太っちょな男は無線機を繋いだ。もう片方の手には放電し続けているスタンガンが握られている。
「対象の沈黙を確認。これよりコアを輸送する」
簡潔に告げて、一方的に無線を切る。
彼は神楽耶の体を担いで近くに停めてあるワゴン車まで運び、後部座席に乗せた。
その際にドアの隙間から猫がするりと入り込んでしまった。
「おい、コラ。降りろよ!」
怒鳴り散らすも猫は知らんぷりして言うことを聞く様子は無い。それどころか呑気に毛づくろいを始めてしまった。その姿がますます太っちょの怒りを煽る。
「別にいいじゃないか。猫一匹ぐらいのオマケなら、どうってこともないだろう」
「だけどよ……」
「それより早く立ち去らないとマズイぞ。誰かに見つかるかもしれん」
運転席で待機していたのっぽになだめられて、太っちょは忌々しげに猫を睨みながら乱暴にドアを閉めた。
太っちょが助手席に座ったのを確認すると、のっぽは車を出した。
一部始終を目撃した者は夜空に浮かぶ月以外、誰もいなかった。