7.女剣士との出会い
「んーっ!」
ベッドから体を起こして、思い切り伸びをする。
久しぶりにあの日の夢を見た。
タージンおじいちゃんに出会ったあの日のことを。
馬車を返して戻ってきたおじいちゃんは、自分のベッドでぐっすり眠っているわたしを見つけて心底呆れて、図太くて厚かましい娘だと最初は思っていたらしい。
そのことを、お酒でほろ酔いになると目を細めながらすぐ語りだすタージンが大好きだった。
もとは建築に使われる木材用の太い木を切り倒して麓まで運ぶ仕事をしていたタージンは、高齢によりその仕事を後進の若者に譲り、引退後は獣の皮から作った膠や木彫り細工をカシム村の雑貨店に卸して細々とつつましやかに余生を過ごしていた。
そこへ突然、15歳の都会育ちの子が転がり込んできて、彼の人生の最期の4年間は気苦労が絶えなかったにちがいない。
シャルロッテは今になってそれがよくわかる。
食料や衣類などの生活必需品の調達にはお金がかかる。それをタージンは迷惑がるそぶりを見せずにずっとシャルロッテを居候させてくれた。
しかも、自分の孫ということにして。
シャルロッテのことをタージンの孫だと最初に勘違いしたのは、雑貨店の女主人・エレナだった。
人さらいのメローズ夫婦から逃げ出した後にタージンの山小屋で隠れて生活していたシャルロッテは、その年の冬が過ぎ、春がやって来るまでカシム村には一度も行かず、ずっと山にこもり続けていた。
その日シャルロッテはフードを目深にかぶり、馬車から降りるとすぐに雑貨店の中へと入った。あとからタージンを入って来たところでようやくフードを取る。
「おやまあ、タージン爺さんにはこんな可愛らしい孫娘がいたのかい?」
エレナのその言葉に対し、タージンは否定も肯定もせずただ微笑んだだけだった。
エレナはそれを肯定の意味だと受け取ったらしく、シャルロッテに「いつこっちへ来たのか」「名前は何というのか」「年齢は」と質問を浴びせかけてきた。
こうしてすっかり「タージンの孫」認定されたシャルロッテは、これ以降タージンの名字を借りて「シャルロッテ・アシス」と名乗り続けている。
あの日、タージンとともに雑貨店を訪れたのは、冬ごもり中にシャルロッテが作った木製の雑貨やつるで編んだカゴを商品として置いてもらえないかという相談をするためだった。
交渉するにあたり、やはり製作者本人が説明したほうがいいだろうとタージンに勧められたためだが、タージンにとっては、万が一自分に何かあったときにシャルロッテがこの女主人を頼れるように顔見知りになっておいてもらいたいということのほうが主たる目的だった。
本来の家族のもとに帰ろうとしないシャルロッテに対して、タージンは一度だけ「家族が心配しているんじゃないのか」と尋ねたが、シャルロッテは寂しそうに首を振り「家族はいません」と答えた。
「だから、ここに置いてください。食料なら山菜とかキノコとか、自分で採ってきます。水汲みもわたしがします。わたし、帰る場所がないんです」
泣きそうな顔をしながら必死に頭を下げるシャルロッテが不憫になり、タージンはそれ以上何も聞かずにシャルロッテの気が済むまで山小屋で一緒に暮らすことを決めた。
こうして、エレナのありがたい勘違いでカシム村の住民からあっさりと「タージンの孫娘」として受け入れられたシャルロッテは、この日を境にタージンのことを「タージンさん」ではなく「おじいちゃん」と呼び、本当の祖父のように慕いはじめたのだった。
毒キノコと食べられるキノコを見分けられるようになるには、随分時間がかかったなあ…そんなことをしみじみと思いながら、今日もまた村の雑貨店に手作りリースを納入しにやって来た。
前回の納入から3日で15個作ってきた。
冬に向けて、稼げるときに稼いでおきたい。
雑貨店に入ると、お客さんがシャルロッテの作ったリースを手に取って見ているところだった。
そのスラっと背の高い金髪の女性の後姿を見ながら、自分の作ったものに興味を持ってくれている様子が嬉しくもあり、くすぐったくもあり、思わずニヤニヤしてしまいそうになるのをこらえているところへエレナが奥から出てきた。
「おやシャルロッテじゃないか、今日もまたリースを持ってきてくれたのかい。精が出るね。助かるよ」
「こんにちは」
客の女性がこちらを振り返った。
「これは、あなたの作品?」
「はい、そうです。気に入っていただけましたか?」
初対面のはずなのに、なぜか以前にもこの客とどこかで会った気がする。村ですれ違ったことがあるのだろうか…。
「かわいらしくて素朴で温かみがあって、いいですね。ちなみにこれは、こうやって壁に飾るものなんですね?」
客は壁のディスプレイを指さしながらシャルロッテを見る。
「そうですね。壁に釘を打たなくてはいけませんが、この紐をひっかけて吊るします。釘が打てないようなら飾り棚にほかの小物と一緒に並べてもいいですし、お部屋のどこに飾ってもかわいいと思いますよ。あとは部屋のドアに飾っても素敵です。こちらのプレートに名前を書いて一緒に吊るすのもアリです」
思わず営業トークに熱が入る。
雑貨店に納入している木の実のリースは土台となる円の直径が大小2種類ある。
試作段階で直径をいろいろかえて、山小屋のあちこちに実際に飾ってみながらどの大きさが適当かを厳選したもので、小さいほうはドングリや小さなマツカサ、スターアニス、サオトメカズラなどをぎっしりと配置、大きいリースは大きいマツカサ、プラタナス、色のアクセントとしてカラスウリなどをバランスよく配置したものや、大きな飾りは下半分のみ、あるいは右斜め下のみと少し遊んでみたものもある。
「どれも使っている材料や配置の違う一点ものですので、気に入ったものをお買い求めください」
客はあれこれ手に取って、壁にそれを当ててみたりもして、さんざん迷いながら大小2点のリースとネームプレートを1枚購入してくれた。
大きなリースは鮮やかなオレンジ色のカラスウリを大胆にあしらったもので、彼女のイメージにぴったりだ。
「ありがとう。いい買い物ができたよ」
「こちらこそお買い上げありがとうございます」
「ついでにひとつお願いがあるんだけど、この村でオススメの食堂に連れて行ってもらえませんか。あ、お時間があればでいいんですが…できれば一緒に食事しながらもう少しリースの話を聞きたいなーと」
「………え?」
この客はどう見ても女性だ。
一瞬男性かと見紛う身長や声や口調のせいで中性的ではあるが、よく見ればしっかり胸があるし、真剣にリースを選んでいる表情は乙女そのものだった。
ということは、これは別にナンパではない。
では一体…?
「申し訳ない、初対面の大女にいきなりこんな誘いを受けたら警戒しますよね。この村に滞在するのは初めてだから、どうせなら村一番の美味しいものを楽しくおしゃべりしながら食べたかったのだけど…ちょっと不躾すぎたかな」
「いいじゃないかシャルロッテ、このお客さんが男なら叩き出すところだけど、気のいい姉御って雰囲気だから問題ないよ。村を案内しとくれ」
迷っているシャルロッテの背中を押したのはエレナだった。
「じゃ、じゃあ…おねがいします」
「そうと決まったら、ほら、さっさと行った行った」
エレナはシャルロッテの手にそっと売上金を握らせると、背中をポンっと叩いていつものように威勢よく送り出した。
「楽しんでくるんだよ。お客さん、またご贔屓に!」
「私はカタリナ。どうぞよろしく」
ふたりっきりになると何を話していいかわからずモジモジしていると、向こうから自己紹介してくれた。
「カタリナさん、わたしはシャルロッテです。普段は山に住んでいて雑貨づくりをしています」
「シャルロッテ、堅苦しい言葉遣いはやめよう。私のことはカタリナと呼んでくれたらいいよ。友人として」
カタリナの笑顔がまぶしくて、彼女を見上げたまましばし固まってしまうシャルロッテだった。
この人は自信に満ち溢れていて、こうやってお友達も簡単に作れる人なのね。
わたしとは正反対。かっこいいな。
「ありがとう、ではカタリナと呼ばせてもらうわね。この地元の料理が食べられるお店を紹介するわ」