4.未来視の巫女探し
ラフニール王国・王都
「まだ巫女は見つからないのか」
燃えるような赤い髪の青年は、茶褐色の目に浮かぶ苛立ちを隠そうとせずに従者に不満をぶつけた。
従者は「申し訳ございません」と深々と頭を下げた後、ここまでの経過を報告し始めた。
「城へ直接やって来た『自称巫女』の中に今のところ本物はおりません。有力情報の中に一人だけ引っかかる娘がいるのですが、行方知れずのままです」
「それは5年前にロゼッタの火事を未来視したのではとされる娘のことか?」
「はい、その通りでございます。殿下からの情報をもとに調べてみたところ、当時の名前がシャルロッテ・リンド、リンド商会の養子でした」
「殿下」と呼ばれた赤髪の青年は、頬杖をついて従者を睨みつけた。
「そうだ。だからその娘を連れてこいと言ってるだろう。何を手間取っている」
「はい…ロゼッタの詰め所にある当時の日誌を確認しましたところ、火事の日にシャルロッテ・リンドに放火の疑いがかかり詰め所へ連行して尋問したものの、それが勘違いであることがわかり、嫌疑は晴れたという旨の手紙を娘に持たせて見習いの警備兵にリンド家まで送らせたという記録が残っておりました。しかし……リンド商会長の話によれば、あの日シャルロッテ・リンドは帰宅せず、それきり行方知れずであるとのことです。尋問のあと娘を送ったとされる若い見習い警備兵の特定を進めているところで、」
従者がそこまで話したところで、赤髪の殿下は手のひらを挙げて従者の話を遮った。
「いや、見習い警備兵に関してはこちらで特定できている。あのとき、リンド家の門をくぐり確かに中に入っていく姿を確認したとのことだが?」
「ということは、リンド商会長か、その見習い警備兵のどちらかが嘘を言っているか、あるいは、その娘がそのまま門から屋敷の玄関に向かうフリをして逃げ出したか、敷地内に潜んでいた何者かにさらわれたか…といったところでしょうか」
従者も首をひねりながら考えを巡らせていたが、ふと何かを思い出し、手元の報告書を確認した。
「ちなみに、当時リンド家に仕えていた使用人の話によれば、あの日の夜、郵便受けにシャルロッテ・リンド本人が持ち帰ったはずの手紙が入っていて、それを主人のリンド商会長にすぐに手渡したそうです」
手渡された報告書に目を通しながら赤髪の殿下は眉をひそめる。
「一夜明けた朝ではなく、夜の時点で嫌疑が晴れて釈放されたとわかっていたのだろう?本人が帰宅しないのを心配して探そうとはしなかったのか?」
その至極まっとうな疑問に対し、従者は顔をしかめる。
「リンド商会長は、方々人をやって探し回ったと言っておりますが、ロゼッタの自警団や王都の警備隊にシャルロッテ・リンドの捜索願が提出された記録は残っておりません。シャルロッテは当時リンド家の養子になって2年目だったのですが、あまり家族と打ち解けていなかったようです。彼女の通っていた学校には、ほかの里親に引き取られたという理由でリンド商会長から退学届けが提出されています」
「リンド商会長を今すぐ呼べ」
「かしこまりました」
と一礼した従者が退室したのち、机の引き出しから別の報告書を取り出した。
『シャルロッテ・リンドの元同級生への聞き込み』という見出しのそれには、彼女がロゼッタの学校に通っていた当時の同級生と担任の教師への聞き取り調査がまとめられている。
シャルロッテ・リンドの名が「巫女」候補に挙がっているのは、ロゼッタの火事の一件だけのことではない。
彼女が過去に同級生に対し「肥溜めのそばには近寄らないほうがいい」と言ったことと、担任教師に「奥様に浮気がバレたときは正直に頭を下げたほうがいい」と言ったという証言がとれたためだ。
どちらの事例も、彼女の予言通りにその事件は起きて、同級生は不運が幾重にも重なった結果、肥溜めへとダイブすることになったし、教師は浮気相手とイチャついているところを妻に見つかり、それをごまかそうとしたがために返って壮絶な修羅場を経験することとなった。
予言が当たったことに関して彼女に何か言わなかったのか、という質問に対しては二人とも
「また何か不幸なことを予言されるかもしれないと思うと怖くて、彼女に話しかけられなかった」
と口をそろえて言ったらしい。
ラフニール王国は現在『未来視の能力を持った巫女様』を見つけるべく、秘密裏に国内を捜索している。
長きに渡り国王の相談役を務めてきた占い師が突然引退宣言をしたため、急遽、後継者選びが始まったのだが、「後継者は未来視の目を持った娘」という神託が下ったことを受けて、それに該当しそうな人物を探しているところだ。
自分の家や領地から次期相談役を輩出すれば王家との絆が深まると目論んだ王都の貴族たちは、その話を聞きつけるや否や、それっぽい娘たちを集めて連日のように王城へと連れてくる。
「本物の巫女が見つかったとして、未来視の能力の有無をどうやって判断するのか」
という質問に対し、占い師兼相談役はしれっと言った。
「見ればわかる。心が共鳴するはずだから」
国王はこの占い師に心酔しきっている。そもそも『未来視の巫女』だの『心の共鳴』だの、何の根拠もなく「はいそうですか」と信じるほうがおかしいだろうが。
だから、もし仮に『未来視の巫女』が本当に存在するのだとしたら、こちらが先にその娘を探し出し『自称巫女』の中に紛れ込ませてやる。
心の共鳴とやらを見せてもらおうじゃないか。
ラフニール王国王太子であるクリストファー・アベル・ラフニールは不敵に笑った。
火急の呼び出しに応じて王太子執務室へとやって来たリンド商会長、ダニエル・リンドは大量の嫌な汗をかきながらクリストファーと対峙していた。
数日前、王城からの使者が5年前に行方知れずとなった養子のシャルロッテのことについて、自分や家族、使用人にあれこれ聞き取り調査をしてきた。
誠心誠意、嘘は言わずに質問に答えた。
帰ってこないシャルロッテを真剣に探したのか――という質問に関してだけ、多少誇張したのは否めないが許される範囲だったはずだ。
突然の呼び出しの要件は、間違いなくシャルロッテのことだろう。
あの娘、今度は何をしでかしたんだ。
5年前のあの日に突然行方知れずとなったまま連絡もよこさず、今どこでどうやって生きているのかすら知らない。
もしや今でも「リンド」の名を名乗っているのか?
本当に迷惑な娘だ。いい加減にしてくれ。
その苦々しい感情を表に出さないように、穏やかに微笑みながらクリストファー殿下に一礼する。
「何の要件で呼ばれたか、わかるか?」
ダニエルが面を上げたと同時に、冷ややかな声が執務室に響いた。
「はい、おそらくシャルロッテのことかと。しかし、シャルロッテは2年間だけ我が家で世話していた娘でして、それももう5年前のことです。先日使者の方にお話ししたのが全てでございます。シャルロッテが行方知れずになった後、養子縁組も解消しておりますし、あの娘が現在どこで何をしていようと、もはやリンド家やリンド商会とは無関係でございます」
ダニエルは再び頭を下げた。
「シャルロッテは、どういう経緯で養子に?」
「商会を通じて取引のあったマクロード公爵夫人からのご依頼でした。里親と上手くいっていない孤児の娘がいるのだが、そちらで面倒を見てやってくれないかと。うちの一人娘のイルザと年が近かったので、いい話し相手になればと思って快く迎え入れたのですが……こちらとは目を合わせようとせず、いつも俯いてボソボソと喋る不愛想な娘で、打ち解けようとする努力もなければ、世話してやっている我々への感謝もなく、挙句何も言わず逃げ出すような恥知らずな人間です。あれでは、どこへ行っても良好な人間関係は築けずに問題を起こし続けていることでしょう。先ほども申しました通り、シャルロッテはもう我々とは無関係です。先日の聞き取りの後、改めて妻と娘にも確認を取りましたが、あの娘とはそれっきり音信不通です。我々は一切のかかわりはございません」
クリストファーは人差し指で机をコツコツと叩いている。
「シャルロッテの目の色を覚えているか?」
「は?」
予期せぬ質問に一瞬戸惑いながら、ダニエル・リンドは当時の記憶を手繰り寄せる。
「たしか…黒だったか濃い青だったか…いや、深緑色だったかもしれません」
「容姿すら思い出せないほどにシャルロッテとの関係は当時から希薄で、現在ではすっかり無関係だと。そういうことでいいのだな?」
「はいっ、その通りでございます」
ダニエルはホッとしながら強く肯定し、安堵した。
よかった、シャルロッテとリンド家は無関係であることを認めていただけた―――。
しかし、クリストファーの次の言葉でそれが思い違いだったことを思い知らされる。
「残念だよ。リンド家がシャルロッテのことを真剣に探して引き戻しておいてくれれば…あるいは、今でも連絡を取り合うような関係であれば、リンド商会を最優先取引先にすることも、叙爵も、やぶさかではなかったんだがな」
「え……」
青ざめてゆくダニエルを見つめながら、クリストファーは「下がれ。もうお前に用はない」と冷ややかに告げた。
自分はとんでもない思い違いをしていたらしい、そして、とんでもない失敗をしでかしたらしい。
シャルロッテ…あの娘は一体……?
ダニエル・リンドは呆けた様子でヨロヨロと王城をあとにした。