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3.流転

 燃えるような赤い髪の男は跪き、その正面に長いローブをまとった聖職者と思われる白髪の老人が立っていた。


 おかしい、予知は必ず対象の本人か物体そのもののはずなのに…この二人は誰?

 目の前を歩く黒髪の男は将来、聖職者になるんだろうか?それとも……。


「ねえ、あなたもしかして、本当は赤い髪なの?」

 シャルロッテが尋ねると、男は驚いた様子で振り返った。


「……何のことだ?」

 男は低い声で静かに問い返す。

 シャルロッテは男のその様子に少々面食らいながら、言ってはいけないことだったのかしら…と考えた。


その間もずっと左目は未来視を続けている。

聖職者の老人は、赤い髪の男の頭上に恭しく王冠を乗せた。


――!これは……戴冠式?

学校の授業で習ったことがある。

新国王の即位後に、神殿の聖職者から王冠を授かって国王就任を宣言するのだという。


「おい」と言いながらこちらへ近づいてくる男に向かって、シャルロッテは「…あなたは、王様になるの?」

と言ってしまった。


 そこで未来視が途切れて、シャルロッテも我に返る。

 目の前にはますます怪訝な顔をした男が立っている。

「おまえ…いま何て言った?」

 少し掠れた声で問われ、シャルロッテがどう答えようか迷っているところへ後ろから馬の足音が聞こえ、ふたりの横を馬車が通り過ぎて行った。


 それをきっかけにお互い少し冷静になったところで、シャルロッテは頭を下げて逃げるようにリンド家の門の中へと入った。

「ありがとうございました!失礼します」

 玄関に向かって数歩進んだところで振り返ると、門の外からまだこちらを見つめている男にもう一度頭を下げた。

 男はそれで諦めたのか、ゆっくりと踵を返し、その場から立ち去った。


 ああ、また余計なことを言ってしまった。

 あの男が将来、白髪の聖職者になろうが赤髪の王様になろうが、わたしには全く関係ないことだというのに…。


 それでもシャルロッテは、華やかでおめでたい雰囲気の戴冠式を予知したことが嬉しかった。

 物心がついてからと言うもの、彼女の見る予知は、父親が死んだり、級友が肥溜めに落ちたり、教師の浮気がバレて奥様と修羅場になったり、街が火事になったりと、悪いことばかりを予知して、良いことの予知はほぼ皆無だったのだ。


 だからこそ、呪われた忌まわしい左目であると思い続けていた。

 その目が王の戴冠式の光景を見たのだ。

 シャルロッテは、それが嬉しかった。


 そしてシャルロッテは、ある決意を胸に一歩を踏み出した――。




********



5年後。


「シャルロッテ、いいところに来てくれたね。あんたの作った木の実のリースの評判がよくってね、こないだ持ってきてもらった分、あっという間に売り切れたんだよ。今日も持ってきてくれたんだろう?」

 手作りの雑貨を委託販売してもらっている店へ雑貨の納入に訪れたシャルロッテに、店の女主人・エレナが威勢のいい声で言う。


「あら、そうでしたか。今日も持ってきてよかった。じゃあ次はもう少し多めに作って持ってきますね」

 シャルロッテは嬉しそうに微笑み、持参した雑貨を棚に並べていく。


 ここは、王都から遠く離れたカシムという宿場村。

 南へ行けば海の向こうの国との交易船が往来する貿易港があり、東側には隣国へと続く山がそびえているという立地で、ここから北西にある王都を往来する人々がこのカシムで一泊するというのが定番となっている。

 その好立地のおかげで、小さい村ではあるものの、宿も店もとても繁盛していて、シャルロッテの作る雑貨も、家族や恋人へのちょっとした土産品としてよく売れるのだった。


 雑貨の売り上げから店の取り分を除いた金額を受け取り、いつもよりも多いその額をシャルロッテは瞳をきらきら輝かせて素直に喜んだ。 

 そろそろ冬支度でいろいろな物を買い込まなくてはならない。雑貨作りの材料の大半は山での採集で自己調達できるが、編み物用の糸は昨年よりも多く買いそろえておきたいところだった。

 

 暖炉用の薪は薪割をして何とか自分で用意するとして…あとは、保存用の食糧と、雪山を歩くための靴を新調したいところだわ!


「じゃあ、まとまった量を作ったらまた来ますね。よろしくお願いします」 

 挨拶をして店を出ようとするシャルロッテをエレナが引き留めた。

「山での一人暮らしは物騒だろう?大丈夫かい?」

 このやり取りはもう何度目だろうか。心配そうに聞くエレナに、シャルロッテは笑顔で元気よく「大丈夫です」と言うのだが、なかなか納得してもらえない。


「雑貨作りのためには山小屋がちょうどいいんです。困ったことがあれば、おかみさんに相談するし頼らせてもらいますから、安心してください」

「もう、ほんとにこの子は頑固だねえ。そういうところ、タージン爺さんにそっくりだよ、まったく」

 エレナは、やれやれといった顔で苦笑した。


 タージンはカシム村の北東にある山に長年住んでいた木こりで、1年半前に病没した。

 晩年は孫娘とともに数年一緒に暮らし、その孫娘以外の身寄りはおらず、タージンの最期を看取って荼毘に付したのも孫娘――シャルロッテひとりだけだった。


 昨年の冬はシャルロッテが山小屋で一人で過ごす初めての冬で、このときもエレナはとても心配して冬の間だけでも山を下りて村で暮らさないかと勧められたのだが、山小屋に籠ってタージンの遺品を整理したいからと固辞したシャルロッテだった。


 一人っきりで過ごす冬は、タージンとふたりで過ごした過去4回の冬とは違い、とても長く感じられた。

 冬の手仕事用に用意していた編み物用の糸はあっという間に使い切った。

 話し相手がいるのといないのとでは、こんなにも時間の流れ方が違うのかと実感したし、猛吹雪の音が不気味な咆哮のように聞こえた夜は、雪男の都市伝説は本当だったかと怯えながら眠れぬまま朝を迎えたこともあった。


 山小屋の周りの雪がようやく溶けた頃に山を下りて久しぶりに雑貨店に顔を出したとき、エレナは涙ぐみながら駆け寄ってきた。

「心配してたんだよ。春になってもちっとも来ないから、山小屋で凍えてどうにかなってるんじゃないかって」

「もう、おかみさんは心配性ね。麓と違って山の奥は雪がずっと残っていたから、溶けるまでおとなしくしていただけです」

 シャルロッテを強く抱きしめるエレナを笑いながらも、自分のことをまるで親戚の子のように気にかけて心配してくれる彼女に、シャルロッテはとても感謝したのだった。


 今年は一人で過ごす2度目の冬。

 作りたいものは山ほどあるし、何より大勢の人に会わずに済む冬ごもりは、シャルロッテにとってはとてもありがたかった。 

 


「ねえ、おかみさん、わたしの心配ばかりじゃなくて、台所の床を踏み抜く前に少しダイエットしたほうがいいと思いますけど」

 シャルロッテがいたずらっぽく笑いながら言うと

「あら、うちの台所の床板が腐ってきている話をしたことがあったっけ?そうさね、わたしもダイエットを考えてみるから、あんたも冬に山を下りて過ごすことを考えてちょうだいな」

細かいことにはこだわらないエレナも笑いながら答えて、シャルロッテは雑貨店を後にした。



 しかし、この平穏な日々はまもなく終わりを告げようとしていたのだった―――。



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