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2.連行

 消火活動の喧騒を避け、なるべく人にも会わぬように遠回りしたせいで、思いのほか帰宅が遅くなってしまった。

 

 多少帰宅が遅くなって日が暮れてしまっていても、シャルロッテを心配してくれる人などリンド家にはひとりもいない。

 そう思いながら門をくぐり、玄関のドアを開けたシャルロッテは、目の前の光景に驚いてその場に立ち尽くした。


 どういうわけか、リンド夫婦とイルザが玄関ホールにずらっと並んでシャルロッテの帰りを待ち構えていたのだった。

 リンド夫妻はともに怒ったような顔でシャルロッテを睨みつけ、その傍らに立つイルザはニヤニヤしながらこちらを見ていた。

 さらにその横にいたのは、ふたりの騎士。

  

 嫌な予感しかしないから、今すぐ「ごめんあそばせ、おほほ」と言って玄関を出て、走り去ってやろうかしら…と考えたシャルロッテだったが、それを行動に移す前に騎士たちが素早い動きでシャルロッテの両腕をそれぞれ掴み、動きを封じられてしまったのだった。


「シャルロッテさん、イルザさんからの貴重な証言によれば、今日の商業街での火事について何かご存知のようですね。詰め所で詳しくお聞かせ願えませんか」


 騎士の口調は丁寧だが、拒否はできないということはシャルロッテの腕を掴む手の強さが物語っている。


「あの…どういうことでしょう?」

 いきなりの出来事に戸惑いながら旦那様――ダニエル・リンドに助けを求めたシャルロッテだったが、返ってきたのは冷ややかな視線と言葉だった。


「シャルロッテ、自分が何をしたのか詰め所で正直に話しなさい。マクロード公爵夫人の頼みとあらば致し方なしと思ってお前を養子にして面倒をみてやったのに、とんでもないことをしてくれたもんだ」

 旦那様の横ではイルザが「ざまぁすぎてニヤニヤが止まりませーん!」といった感じの表情を浮かべている。

 

 わたしがあの火事を起こした放火犯であると、あらぬ疑いをかけられているんだろうか…しかも旦那様たちはすっかりそう思い込んでいる…?

 

 悔し涙が出そうになるのを堪えながら歯を食いしばり身を震わせるシャルロッテを、騎士たちはロゼッタの町と王都を結ぶ門にある警備兵の詰め所へと連行したのだった。




「わたしは何も知りません。わたしが火をつけたという証拠はあるんですか?動機はなんです?」

 向かい合って座る中年騎士に向かってシャルロッテは声を荒げた。 


 騎士の説明によると、消火活動を見守る野次馬の中から「うちの姉が昨日、この火事が起こることを知っていたのよ」と興奮気味に話す声が聞こえたのだという。その声の主がイルザだったという訳だ。


「火事が起こると事前に知っていたのはどうしてかと聞いているんだが」


「『虫の知らせ』という言葉を知らないんですか。騎士様だって、なんとなく気が進まないとか、嫌な予感がすることがあるでしょう?イルザにはそういうつもりで言っただけのことです。それだけのことで放火犯の疑いをかけられるだなんて、馬鹿馬鹿しいわ」


「しかし、火の手があがった時刻に一人で町を見下ろせる丘にいて、火事の様子を見物していたっていうのが引っかかるんだよなあ」


「イルザを心配していたんです。何か良くないことが起こるかもしれないっていう胸騒ぎがしていたから。そしたら案の定、火の手があがってどんどん燃え広がるものだから、イルザが煙に巻かれずに安全な場所にいるか上から見ていました。

 一人だったのは…わたし、孤児で里親をたらい回しにされていて…友達がいないし、イルザにもあまりよく思われていないので…それでもわたしは、リンド家のみなさんと仲良くしたいと思っているんです。こんなふうに放火を疑われて連行されて、わたしきっとあの家を追い出されちゃいます。どうしてくれるんですか」


 わざとらしくうつむくと、さすがに目の前の中年騎士もたじろいでしまったようで「いや…その…」と口ごもり始めた。

 

 虫の知らせ…なんてものではない。

 昨日の朝、目を覚ましてベッドから起き上がったときに窓の向こうに燃えている町の光景が見えてギョッとした。しかし空の様子が朝のそれではなかったために、眼鏡をかけてもう一度外を見ると、朝日に照らされるいつもの穏やかな街の様子が広がるばかりだった。

 

 火事の光景は未来視。

 かなり大きな規模の火事で、発生時刻は夕方かな?

 あの方向だと、お店が立ち並ぶ商業街よね?

 わかったのはその程度で、火事が今日起こる出来事なのかそれとも数年先のことなのかはわからない。ただ、念のためしばらく商店街には近づかないようにしようと思っていたところへ、イルザが「明日学校から帰ったら友達と遊びに行く」と言い出したものだから、思わず止めてしまったのだ。


 イルザめ、あの子の髪色は地毛ではなくて実は可愛く見せるために染めているだけだってことを取り巻きたちにバラしてやろうかしら。

 次に髪を染めるときに手違いで右半分が真紫、左半分が真っ黄色になってしまえばいいのに!


 そんなことを考えながら傷ついたふりをしてうつむいていると、ドアをノックする音がした。

 目の前の騎士が立ち上がって応対する。

 やって来た別の騎士に何やら耳打ちをされ一緒に部屋を出て行こうとし、シャルロッテを振り返って部屋の外を通りかかった人物に声をかけた。


「おい、おまえ見ない顔だな。まあいい、今日は火事騒ぎで出入りが多いからな。ちょっとこの子と一緒に居てもらえないか、すぐ戻る」


 「はい」と返事をして、黒髪の若い男が入ってきた。

 ドアを閉め、そのすぐ横に黙って立つその若者を、シャルロッテはうつむいたままちらりと見た。

 消火活動に駆り出されたのは勤務時間帯の騎士だけでなく、非番の騎士や警備兵も多くいたようで、詰め所は軽装の人も多く出入りしていた。彼もそのひとりらしかった。


 ずいぶん若そうに見えるけど、わたしと大して年齢がかわらないんじゃないかしら。

 わたしも早く独立して一人で生きていけるようになれればいいのに。

 未来視の精度がもっと高くて、いつどこで起こることか正確にわかったり、見たいときに必ず見ることができたらよかったんだけどね。そしたら、よく当たるって評判の占い師にでもなれるのに。


 遥か遠く、東方の国では、よく当たる占い師のことを敬意と親しみを込めて「〇〇の母」と呼ぶらしい。

 ここだったら「ロゼッタの母」か。悪くない。


 未来視は気まぐれに表れて、しかもその本人や物が不幸になることばかりが見えるため、占い師としては失格だ。むしろ「不幸を呼ぶ邪悪な存在」だとみなされてしまうかもしれない。


「はぁぁぁ~っ」

 盛大なため息をつくシャルロッテを、ドアの横に立つ若い警備兵が黙って見つめているところへ、シャルロッテを尋問していた中年騎士がバツの悪そうな顔で戻ってきた。


「申し訳ない、君の言うとおりだった。あの火事は放火ではなくて、厨房の揚げ油に火が燃え移ったただの過失だったよ。大やけどで病院に運ばれたコックからの証言がやっと取れてね。疑いは晴れたからもう帰っていいよ。手違いだったことを手紙に書いておいたから、これを見せるといい。リンド商会長に使いを送ろうか?」


「…どうせ誰も迎えになんて来てくれません。わたし一人で歩いて帰れますから」

 シャルロッテは不機嫌な感情をあらわにしながら乱暴に手紙を受け取ると立ち上がった。


 なにが『もう帰っていい』よ!

 なにが『手違い』よ!

 一緒にリンド家まで行って、頭を下げる気もないわけ?わたしが子供だからって馬鹿にしないでほしいわ。これだから大人なんて大っ嫌い。

 

 シャルロッテが鼻息荒く出て行こうとするのを中年騎士が引き留めた。

「待ってくれ、もう夜も遅いから女の子一人で夜道を歩かせるわけには……おい、この子を家まで送ってやってくれないか」


 騎士は黒髪の若い警備兵にメンドクサイ用事を押し付けにかかった。

「え…」

「今日はそのまま帰宅すればいい。私が許可する。さ、そういうわけだから、後はよろしく頼む」

 中年騎士は笑顔でグイグイ迫り、若い警備兵の肩をポンポンと叩くと有無を言わさぬ様子でさっさと部屋を出て行ってしまったのだ。


 部屋に残されたシャルロッテと若い警備兵は、互いに顔を見合わせてため息をついた。


 

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