プロローグ
新連載です 更新はゆっくりになると思います。どうぞよろしくお願いします
王都に隣接する商業区域が大半を占める町、ロゼッタを一望できる丘の上にひとりの少女が立っていた。
シャルロッテ・リンドは丘の上に立ち、バニラベージュのロングヘアを風になびかせながら紺碧の瞳で燃え盛る町の一角をじっと見つめている。
火事の発端は飲食店の厨房からのボヤだったが、乾燥した空気と風によって瞬く間に周囲の店舗にも飛び火し、大変な騒ぎになりつつあった。
上空高くまで上がる黒煙は、風上でなければこの丘にも届いていただろう。
小さく見える逃げ惑う人の中に、イルザ・リンドとその友人たちの姿が見えた。
イルザの髪はグレイッシュピンクという、この辺りでは珍しい髪色だからよく目立つ。
その上品でかわいらしい色の自慢の髪を、今はなりふり構わずに振り乱して逃げ惑っている。
「だから街には行かないほうがいいって言ったのに……」
シャルロッテは冷ややかにつぶやいた。
イルザはシャルロッテよりも1つ年下の14歳だ。
昨晩「明日、お友達と商業区にお買い物に行く」というイルザに、明日はやめておいたほうがいいと忠告したのだが、それが逆効果でイルザがムキになって突っかかってきた。
「シャルロッテお姉さまは嫉妬しているんでしょう?一緒に買い物に行くお友達なんていやしないものね」
この商業街ロゼッタだけでなく、王都でも幅をきかせ始めているリンド商会の一人娘として大事に育てられてきたイルザは、わがままで気位の高い娘で、いつも数人の取り巻き連中を引き連れて歩いている。
「イルザ、そういうことを言っているんじゃないわ」
シャルロッテは少し呆れながらも落ち着いて諭そうとしたが、イルザは意地悪そうに笑ってこう続けたのだ。
「羨ましいなら、お姉さまも一緒に連れて行ってあげてもいいわよ?」
「明日、街が火事になるかもしれないから、あなたのことを心配して教えてあげたのに、余計なおせっかいだったわね。もう好きにすればいいわ」
シャルロッテは心底呆れながらそう言うと、面食らって口をパクパクさせているイルザを置いて自室にこもり、そのまま就寝した。
「お姉さま」と呼ばれてはいるが、シャルロッテは2年前にリンド家に引き取られた養子で、イルザとは本当の姉妹ではない。
血のつながりもなく、普段から聞こえよがしにシャルロッテの悪口を言う意地の悪いイルザにどうして情けなどかけてしまったのだろうか。
わたしの忠告なんて端から聞く気がなかったじゃないの。
煙に巻かれて酷い目にでも遭ってしまえばいいんだわ。
赤い炎と黒い煙の勢いはなかなか収まらず、ロゼッタの街の自警団や店主たちの消火活動では到底追いつきそうにない。
このままでは隣接する王都にも飛び火しかねないと踏んだのか、王城の警備兵や騎士団までもが救援にやって来た。
おそらくこれでようやく、この火事は鎮火に向かうだろう。
シャルロッテは丘の上からそこまで見届けると、眼鏡をかけなおしてその場から立ち去った。
己の左目が持つ未来視能力を呪わしく思いながら―――。
これは、「未来視」という特殊な能力を持って生まれてきたシャッロッテが、運命に翻弄され、もがきながらも自らの手で幸せをつかむまでの物語である。