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!!!!  作者: 七瀬
第三章 不可視
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制服姿の恐怖




「とーしき!おーきろ!」


「俊喜ー!起きてー!」


耳に響く女の声と一緒にベッドが揺れる。完全なる安眠妨害だ。煩わしいそれを無視して眠りに戻ろうと思った俺が寝返りをうつと、嗅ぎ慣れた匂いがした。


「俊喜、起きてください」


激しく揺れ続けるベッドの上で更に体を優しく揺らされる。重たい瞼を無理矢理上げると、目の前にいたのは真知だった。強引にその手を引く。


「わっ、」


驚いたような声を気にする事なく、抱き締めた。寝ぼけた頭でも分かるベッドの異常な揺れと線香の匂い。


「…うるさい、」


真知の頭で片耳を封鎖すると少しだけ声が小さくなったように感じた。それでも揺れは止まらない。


「俊喜っ、起きてください」


「俺の……何を起こそうとしてるの、」


「頭です」


自分でも意味が分からない台詞に即答した真知の声は焦っているようだった。俺の体を離そうとしてくる真知に、段々と意識がはっきりしてくる。


「俊喜ー!起きろー!」


「真知に甘えてんじゃねーよ!」


ナミとタエの声がうるさい。軽く近所迷惑だ。真知の首筋に顔を埋めて、匂いを嗅いだ。俺って変態かも。


「っ、俊喜、」


「なに?」


完全に起きた目、真知の肩越しに見えるのは荷造りの途中で汚い自分の部屋。いつの間にか寝ていたのかもしれない。


そう思っていると、真知に引き剥がされた。逃げられた、と心の中で舌打ちしながら揺れるベッドの原因に目を向ける。


中学の制服姿のナミとタエがベッドの上でジャンプを続けていた。安いベッドが激しく軋んで、きっと下まで聞こえているだろう。どんなプレイをしたらここまで揺れるのかは分からないが、言える事は一つ。ベッドが壊れる。


「おい!ベッド壊れんだろーが!」


はしゃぐ二人に俺の怒鳴り声は聞こえないらしい。短いスカートで飛び跳ねる二人のパンツがチラチラ見えて煩わしい。その時ナミのヒョウ柄パンツがはっきりと見えて、ナミの紺ソックスを履いた脚を叩いた。ナミが飛び跳ねるのを止める。


「痛い!」


「パンツ見えてんだよ。朝から胸くそ悪いモン見せんな」


「ひどー!」


まだ飛び跳ね続けるタエの脚も叩くと、ようやく静かになった。ベッドから起き上がって、溜め息をつく。


「お前ら人のベッドに勝手に上がるんじゃねーよ」


「いいじゃん!飛び跳ねたい気分だったの!」


「ホテルでやれよ」


頭を掻きつつ欠伸をすると視界が滲んだ。ナミとタエが文句を言いながらベッドを降りていく。文句を言いたいのはこっちだ。


時計を見ようと視線を動かした時、確実にナミとタエのものではない白くて細い脚が見えて、視線を上げた。そこには何故か制服姿の真知がいる。


高校生の時は長かったスカートがナミとタエと同じくらい短くなっていて、白くて細い脚が惜し気もなく晒されていた。生足。見た事がなかった真知の太ももは、寝起きの頭には刺激的過ぎて目を逸らす。毒。


「……なんで制服?」


タエを見上げてそう言うと、タエとナミが顔を見合わせてから俺を見てにっこりと笑った。


「あたしらもう高三の歳な訳よ!」


「俺とタメなんだから当たり前だろーが」


「俊喜は留年したからまだ高二じゃん」


「黙れよ」


もう高校辞めたんだからチャラになっただろ。いつまで留年ネタを引き摺るつもりなんだ。


「で、あたしらが制服着れるのも来年の3月までな訳!だからコスプレになる前に真知と一緒にプリクラ撮るの!」


「お前ら制服ない通信行ってんだし、中学の制服だしもうコスプレだろ」


「黙れよ」


セーラー服姿の二人は首から下だけ中学時代にタイムスリップしていた。頭と胴体が別の時代を生きてるって奇跡だ。


タエとナミが見て、と俺の前に真知を出してくる。前はきっちり閉まっていた筈の胸元のボタンが少し開いていた。脚には目を向けなかった。色々きついものがある。


「真知さ、制服の着方ダサいんだもん!この方が可愛いっしょ?」


ナミが、待ち合わせ場所に来た真知を改造したのだとふんぞり返ったが、それで外を歩いてきたのかと思うと倒れそうだった。その脚を俺より先に見た奴がいるなんて時間を戻したい。


俺だって女のスカートが短いのは好きだ。男だし当たり前だけど、真知の短いのは嫌だ。


「……スカート短い」


「俊喜、ミニスカ好きなんじゃないの?」


タエが俺の顔を覗き込んでくる。真知はしきりに短いスカートを気にしていた。そういうのもやめて欲しい。なんか色々したくなる。


あれから早二週間が経って、真知の手の傷も顔の傷も綺麗に治った。そんな可愛い顔でそんな短いスカート履いてたら何かが暴走するだろ、と意味不明な事を思った。


「好きだけど、これは本当に短い」


「あんた言ってる事おかしいよ」


タエに苦笑いされて、ベッドから降りた。テーブルの上に置いてあった雑誌をつかんで、タエに差し出す。


「これ、久人に返しといて」


そう言うと、タエが首を傾げて軽くページを捲った。


「エロ本じゃん」


「あいつが勝手に持ってきて勝手に置いていったんだよ。外国人好きじゃん、久人。それ宝物だっつってたんだけど、俺ん家に置いてく時点で宝物ではないよな」


タエが苦い顔をする。エロ本の中身は外国人の女の裸だ。久人とかマジ馬鹿、とナミが爆笑した。声がうるさい。


テーブルの前の床に腰を降ろすと、真知の脚が至近距離にあって心臓が痛くなった。やばい、そろそろ俺も病院に行かなきゃいけないかもしれない。思考が中学生に逆戻りを続けてるんです。


「時夫と久人も来るけど、俊喜も来る?って起こしに来たんだけど!早く制服着て!」


「マジで言ってる?」


「マジだけど」


ナミにそっけなくそう返された。タエと二人で部屋を出ていった。それに続いて真知が出ていこうとするのをスカートを引っ張って止める。


振り返った真知を見上げて、それから数秒、タエとナミのうるさい声が玄関の向こうに消えていく。階段を降りる音が聞こえた瞬間、口を開いた。


「おはよ」


「おはようございます」


真知は俺にスカートを引っ張られているせいで座れない。立ったままの真知と俺の顔の距離は遠かった。


スカートから手を離して、真知の腰に手をのばして引き寄せる。真知が驚いた顔をするのを無視して、太ももの内側に唇を付けた。真知が逃げようとするのを引き留める。


「ちょ、あの、」


「ちょっと黙れ」


スカートに隠れた俺の口元は真知には見えない。真知の顔は一瞬で赤く染まる。俺は真知の目を見てから、逸らした。


「あ、あの、」


真知が俺の顔をやんわりと離そうとするから、付け根ギリギリの所を舐める。


「っ!」


一発かませば俺の思い通りだ。真知の顔を下から眺めながら舌を這わせると真知の体が反応する。面白くて仕方がない。


「あのっ、そんな所っ、」


「聞こえませんけど?」


「っ!そこで話さないでっ」


更に真っ赤になった真知を見て思わず吹き出した。反応が初々しくていじめたくなるんだよな、こういうの。


歯を立てて軽く噛み付くと、俺の髪を掴んだ真知の手の力が少し強まる。俺には事に及ぼうとして真知を怖がらせて泣かせたという前科があるから、早めに切り上げよう。そこを舐めて、吸い付いた。


「っ!」


あんまりこういうの、好きじゃない。キスマークとか、好きじゃないんだけど。そう思いながらもそれを付けて、唇を離した。


真知の手は俺の髪に絡まったまま。


「何?もっとして欲しい?」


「っ、違いますっ!」


俺の髪から慌てて手を離した真知が言葉にならない叫びを繰り返しているが何を言っているのかは理解不能だった。


「な?今みたいな事されるかもしれないから、スカート長くしような」


立ち上がって、真知の肩に顎を乗せる。


「っ、近いですっ、」


「何を言っちゃってんの、さっきまで俺お前のスカートの中に、」


「仰ってくださらなくて結構ですっ」


焦ってる焦ってる。面白くて笑いを押し殺した。そのまま真知のセーターの裾から両手を突っ込むと、真知の肩が揺れる。


「スカート下げるだけだから何もしねーよ」


このままスカートを脱がせたとして、死亡するのは俺の方だ。ぐるぐると巻かれたスカートのウエストを二段階だけ戻して長くした。本当は全部戻したい所だけど、ナミとタエに独占欲が強いと思われても厄介だ。


元々スカートを長くして穿いてててたまにこうして短くするのは理解できるけど、いつも短いのにウエストを捲ってる女は何がしたいんだろう。切ればいいのに。


聞いたら校則がどうのとか、スカートの裾に刺繍が入ってるとか色々理由はあったけど、脱がす時に面倒臭い。まあ、結果ほとんどのパターン脱がさなかったんだけど。


でも俺は正直、女子高生と援交するおっさんの気持ちが分かったような気がした。なんか制服着てると、燃える。俺の中で多分燃えちゃいけないと思われる所が燃える。


真知の腰に手を回して、距離をゼロにした。細い体が折れそう。真知の腕が俺の背中を撫でて、慰められてるような気分になった。


「真知、このまま下に運んで」


「え、あ、はい」


真知が俺を頑張って持ち上げようとする。あれ、と言っているのが聞こえて、笑った。普通に考えて無理だろ。


「馬鹿、運べる訳ねーだろ」


「え、そうなんですか」


「色々考えようぜ、身長違うし筋肉の量も違うだろーが」


「あ、」


今更気付いたのか。真知から離れて頭を撫でた。髪は今日も綺麗に内巻きにされている。俺の目を一瞬見た真知に目を逸らされた。


それを許さない俺は、真知が視線を逸らした方に顔を出す。


「荷造り終わったか?」


「はい」


「マジか、俺はこの通り」


汚い部屋は俺が荷造りを頑張っていた事を証明しているけど、結局まだ何一つ進んでいない。ただの馬鹿だ。引っ越しは明日なのに。


茶色い目が瞬きに隠れたり出てきたりを繰り返す。ちょっと化粧しているからか、いつもより睫毛が黒くて長い。


「明日から一緒に住むという気分を一言でどうぞ」


「え、あ、頑張ります」


「頑張るのか。じゃあ俺も頑張ります」


俺は多分しばらく料理担当だと思われる。真知はまだ俺には料理を作れないだろう。


さっさと制服に着替えるか、と真知から手を離してクローゼットを開けた。Tシャツを脱ぐと、何か派手な音が響く。


振り返ると、真知がドアに頭をぶつけて踞っていた。


「何?どうした?」


「っ、は、裸っ!お着替えされるなら仰ってくださいっ」


真知が慌てて部屋を出て行った。なんだあれ。純情じゃねーか。まあ俺も真知の裸を見たら絶対に焦るけど。何せ紳士。俺は純情。


とりあえず顔を洗って、クローゼットからブレザーを引っ張り出した。クリーニングに出してからしまったからカビははえていない。適当に制服を着て、ネクタイをシャツの襟の下に引っかけてから財布を持って部屋を出た。


洗面所で棚を開けてワックスを取ろうとしたら、お袋の恐ろしい美容グッズが落ちそうになって慌てて受け止めた。棚の中はお袋が9割、俺が1割。そんなに美容美容と言って何になるんだと口に出せない文句を心の中で呟きながら、美容グッズを棚に戻した。


髪にワックスを付けつつ鏡を見ると、映った自分が妙に若く見える。制服の威力が恐ろしい。それをお袋に気付かれて、制服のコスプレで店に出られたら最悪だ。


想像して、鳥肌が立った。あれは人類最強の兵器だ。恐ろし過ぎて慌てて髪を終わらせると、洗面所を出て玄関でブーツを履いた。懐かしい緑のチェックのスラックスを見つつ、ドアを開ける。


その途端に飛び込んできたのは久人のテンションの高すぎる声だった。それに混じるのは時夫の声で、溜め息をつきながら階段を降りる。


暖簾を潜るとお袋がいた。俺を上から下まで舐めるように見る。


「若い、あたしも制服、」


「やめろ」


言い終わる前にそう言うと、お袋は眉間にシワを寄せた。


「女はね!いつまでも若くいたいんだよ!」


「分かったから黙れよ!」


怒鳴り声に怒鳴り声で返すと、お袋が鼻の穴を膨らませた。キモい。コンセントでもぶっ刺してやりたい気分になったけど、そんな事をしたら殺されるだろうから止めた。もう殺されそうになるのは懲り懲りだ。


「飯、用意してやったから早く食いな!もうそろそろ昼だよ!」


「え、マジで?」


俺の返事にお袋が軽蔑の目で俺を見る。それを無視して暖簾を潜ると、久人が熱く語っていた。


「だから!この尻のライン!これは外国人の方にしか成せない技な訳よ!分かる!?」


さっきのエロ本を堂々とテーブルの上で開いた学ラン姿の久人が力説している。その隣で意味不明に吠える俺と同じ制服を着た時夫。タエとナミが爆笑していて、真知はそれを凝視していた。


焦ってそれを閉じると、真知が顔を上げる。駄目だ、お前にはまだ早い。ここはまだ駄目だ、とナレーション並みに心の中で真知に力説した。久人が俺からエロ本を奪おうとする。


「ちょ、俊喜!今盛り上がってんじゃん!空気読む!ね?」


「真知の前でこういう話しないでくんね?教育上良くないから」


お前まっちの親!?と言う時夫を無視した。相手にすると面倒だからだ。


「女が女の体見て楽しい訳ねーだろバカヤロー」


「え、そうかな!?ナミとタエめっちゃ楽しそうだけど!」


「こいつらと一緒にすんじゃねーよ馬鹿」


「馬鹿馬鹿ってお前だって馬鹿じゃねーかよ!」


負け惜しみする久人を冷たい目で見ると、冷戦が始まった。久人が馬鹿にするような目で見てくるのに苛々してベッドロックをかけると、久人が早々とギブアップした。ちょろいな。


「お前、本気で技かける?かけちゃう!?」


「今無性にムカついたから」


君の旦那酷いねまっち!と久人が真知に叫んだ。何故叫ぶんだ?真知が申し訳ありませんと謝って、久人はナミとタエに叩かれていた。


俺は朝飯が用意されたテーブルに腰を降ろした。赤いネクタイを締めつつ、レバニラ定食をぼんやりと眺める。鉄分か。


「ねぇまっち!まっちも外国人のお姉さんの裸好きだよね?」


「嫌いではありません」


時夫の言葉に意外すぎる台詞を返した真知を、え、そうなの!?と思いながら見た。真知は妙な所が変だから、男が寄ってこないのかもしれない。まあ、ぶりっこでもされて男が絶えなかったらそれもそれで俺が苦労することになるんだけど。


俺とは別世界に生きていた真知は、ナミとタエと仲良くし、時夫や久人や悟と普通に話して、要や清春とも一緒にいる。


それは俺の事を受け入れているからなのか、真知が人を選ばないからなのかは分からない。どう考えたって釣り合わないのは、俺と真知にも該当する。今までの人生が違いすぎる。


それでも、真知が人に囲まれているのを見るのが、俺は好きだった。教室でひとりぼっちでいた、透明人間になりたかった真知の人権がやっと確立された気がする。


俺が真知の詳しい事情を話さなかったにも関わらず、時夫達は前と変わらない様子で真知と会話してくれるのが、有り難かった。


時夫達が当たり前のように俺の弱さを受け入れるのは、過ごした年月の長さからかもしれない。喧嘩した事も、もう二度と口を聞かないと思った事も沢山あるけど、気がついたらまた一緒にいた俺の悪友三人の有り難みを、俺はやっと理解した。


理解者がいるって、どれだけの奇跡なんだろうか。真知には、お袋のような存在も、ナミやタエのような存在もいなかったのだ。


変な話だ。金持ちだった真知よりも、貧乏人の俺の方がよっぽど恵まれていたなんて。


与えるなんて金のない俺には無理な事だと思ってたけど、人生差し出して名字をくれてやるだけで、真知になかったものをやれるらしい。


目に見えない確証のないものに限って、人を満たす。俺が居なくなっても真知の世界は廻るけど、真知は泣くだろう。


だからこそ、俺は真知に言えなかった。


菊地に会いに行こうと思う、なんて事は。




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