取調室と謝罪の涙
取調室の窓から見える空はすっかり暗くなっていた。まだ夕方だったはずなのに、いつの間にか夜になっていたらしい。
パトカーにぶちこまれる俺を見て、救急車の隊員に連れられた真知が泣き叫んでいた。また、俺が泣かせた。泣き虫女はよく泣くけど、それに俺が絡むともっと泣くのだ。
ひとりぼっちの取調室に俺の溜め息が響いた。もし、真知の顔に傷が残ったら、どうしよう。
俺の甘さが招いた結果。俺が真知の頬を切ったのと、同等の責任だ。でも、真知が俺を庇おうと飛び出して来るなんて、思っていなかったのだ。
取調室のドアから沢田が入ってきた。ボサボサ頭を掻いていて、背広の肩にフケが落ちる。
「コンビニの店員の姉ちゃんが話してくれた。ガキがナイフ出した瞬間にお前の嫁さんが要を振り払って飛び出して行ったらしい。とりあえず正当防衛になる。それにしてもお前、やりすぎなんだよ」
目の前の椅子にどかりと腰を下ろした沢田が俺を睨む。それから目を逸らしたのは、俺が真知の心配をしていると思われたくなかったからだ。
「そうかね」
「お前も熱い所あんだな。嫁怪我してトンじまったか?」
「そんなんじゃない、ただ、」
その先が口から出そうになって、口を噤んだ。真知は前に俺のせいでトモミに髪を切られて、今度は顔を切られたのだ。全部俺のせい。
でも離そうと思えない俺は物凄くずる賢い奴で、最低だった。
ただ、怖かった。刃物に怯まずに飛び出して来た真知は、俺を守る為なら死ぬのも厭わないと言っているように思えたのだ。自分は何をされても構わないと前に言った真知の言葉は、多分本物で、真知がいなくなるんじゃないかと思ったら怖かった。
俺の前から突然いなくなったらと思ったら、怖かった。
そう思っていた俺の思考を途切れさせたのは、沢田の声だった。
「お前、他の連中には本気出さなかっただろ?」
「俺だって常識くらいあんだよ。塀の中にぶちこまれたら困るからな」
お前みたいな計算ずくは恐ろしいよ、と沢田が頭を掻いた。
「警察のやり口を知られてると怖いな。それでもお前、あのガキの時は全部忘れた訳だ?」
「お前は俺に何を言わせたい訳?真知をとっても愛してるとでも言わせたいのか?まあ、愛してるよ」
「本人に言え」
「お前が言って欲しそうだったから言ってやったんだろうが」
紳士の笑みを浮かべると、沢田に舌打ちされた。デスク滅茶苦茶にしに行くぞ?
沢田は頬杖をついて俺を見る。
「派閥争いは終わったと聞いていたが終わってなかったのか?」
「内部分裂したけどシュンの方に元々ついてた奴らなんじゃねーの?」
「お前、それを一瞬で判断したのか?」
驚いたような顔をする沢田は、言わずとも俺が言った事が真実であることを肯定していた。俺はそういう勘だけは当たる癖に、命の危機に気付けないらしい。
「そうじゃなかったら、今頃俺は天国だよ」
「お前、本格的に刑事を目指してみたらどうだ?」
「嫌だ」
俺の答えにつまらなさそうに口を尖らせた沢田は湯呑みに入った冷めていそうなお茶に口を付けた。渋い顔をした沢田は、俺の視線に気付いてにっこりと笑いかけてくる。気持ち悪い。
「本当に派閥争いの原因はくだらない事だったのか?」
「まあな、でも一つだけ教えてやるよ」
テーブルに肘をついて身を乗り出した。シュンがムカつくから、警察にこれくらいのヒントを出したっていいだろう。
「全部、誰かさんの『愛してやる』がゴーサインだ」
全部握っているのはどう考えたって一人だけだ。でも多分、俺の想像だけど、インテリメガネか『足フェチそうな君』かチェン君か和製某有名ベーシスト似の四人の中に、シュンと関係を持った奴がいたんだと思う。
今回の派閥のでっちあげがあったのも、シュンの『愛してやる』がゴーサインになったんだろう。俺を殺すなんて考えは最初はなかったみたいだし、俺を呼び出すのが目的だったのかもしれない。
まあ、俺を呼び出した所で俺は情報なんて提供してやらなかった訳なんだけど。突然シュンが俺を殺すと言ったのは、インテリメガネが言っていたようにシュンが『本能』だったからかもしれない。
そこに理屈なんてない。ただ殺そうと思っただけだ。そんな事で殺人事件が起きるとしたら、怖くて外も出歩けない。
興味深そうな表情を浮かべた沢田は、俺の言葉をぼんやりと反芻させた。
「『愛してやる』がゴーサイン、」
「そう、シュンを早くパクっとけよ」
「まあ、この件の主犯としてなら引っ張れるし、そういう方向にこれからなっていくと思うがな…、死人は出てないし一橋シュンが主犯だというのは大勢のガキの口から出てきたってだけで確実な証拠がない。直接手を下してない所が厄介なんだよな。また少年院ぶちこむ所まではいかないだろう」
それが問題なんだよ、と沢田は項垂れた。頬杖をついたら、ある事を思い出す。
「余裕でパクれるネタ、俺あるよ」
「は?」
「あいつ多分ガンジャ持ってる」
俺に煙草を差し出したシュンは、俺がガンジャだったら困ると言うと引っ込めた。あれは無言の肯定に近いものがある。
「それに、あの様子だとまたシャブやってるぞ。早いうちにガサ状出して尿検査したら一発だと思うけど」
沢田が顔を歪めて盛大な溜め息を溢した。少し漂った沢田の息が臭かった。水に浸かった煙草の吸い殻みたいな匂い。ヘビースモーカーの欠点は肺から煙草の匂いが消えない事だ。
「パケは見たか?」
「見てないけど、確信はあるよ」
「理由は?」
「一橋派って、まあシュンの狂言の可能性もあるけど坂城興業がバックについてるって聞いたし、坂城興業ってクスリの方手広くやってるらしいから、流して貰ってたのかもしれないし」
一旦言葉を切って、それに、と続けた。
「もしかしたら坂城興業からシュンに近付いたって可能性もある。適当に俺のバックが矢崎組だとか言っちゃえば、矢崎組とまたドンパチ出来る可能性もあるしな。負けっぱなしじゃ終われねーだろ?」
「なるほどな、一橋シュンはガンコロ持ってたらしいし、組と繋がってる可能性あるな」
沢田が頷いて言葉を咀嚼しているようだった。ふと俺を上目遣いで見てきて吐きそうになる。上目遣いはおっさんがやっていい代物ではない。
「本拠地は『noiseless』だったよな」
沢田の声は真剣だった。俺は頷く。
「そう。ガキ同士の喧嘩だから警察が入ってこないのも分かるけど、今回は別に警察が入っても良かったのかなとか、入ってもらいたかったって今になって思う」
ぼやくようにそう言うと、沢田が目を見開いた。
「珍しいな、お前がそんな事言うの」
「こっちは一日に二回も殺されそうになった上に奥さんまでやられてんだよ。おっかなくて震えが止まらねー」
「全然震えてねーじゃねーか」
沢田の冷めた視線に体をわざとらしく震わせた。沢田は苦笑いしてくる。なんでそんな同情じみてるんだ。体を震わせるのを止める。
「俺にとっちゃ俊喜、お前の方が恐ろしいけどな」
「なんでだよ」
「ゾンビだろお前。暴れるだけ暴れて、やっと落ち着いたと思ったら、いきなり女と結婚して、死にそうになって蘇るしな。情報網も勘も頭の回転も恐ろしいよ」
やっぱり刑事になれよ、と沢田が続けた。くだらない。誰が組織の一員になんてなるか。
「まあ、捜査一課行けるならならねー事もないけど」
「行けるよお前なら。公安とか」
「馬鹿言ってんじゃねーよ」
似合わないお世辞をぶちまけてまで俺に刑事になって欲しいらしい沢田に爆笑したくなった。俺みたいな腐ったミカン的ポジションを守りたくなくても守ってきたような奴を勧誘するなんて、よっぽど警察も人に困っているのかもしれない。
警察の少子化、ってか?高齢化社会は色んな所に打撃を与える。警察しかり、医者しかり。
「お前、刺されたんだってな。誰に刺されたんだ?」
いきなり勧誘モードから取り調べモードになった沢田をじっと見た。
「知らねーガキ」
「逮捕してやらない事もないぞ?特徴は?」
「忘れた。」
そう笑うと、沢田はボサボサ頭を掻いた。空気中に充満しそうな程のフケはどうして作られたのだろうか。俺にかかりませんように、と心の中で願う。
「お前、本当はもう自分を刺した奴分かってるんだろ?」
「まさか?知らねーけど」
「末恐ろしいガキだよな、お前」
「そりゃドーモ」
褒めてねーよ、という沢田の声に、沢田から目を逸らして壁を見た。誰かが暴れたのか、汚い壁だった。俺が汚した可能性もなきにしもあらず。
「お前に復讐しようだなんて考えはないのは分かってるけど、お前が生きてると知ったらまた狙ってくる可能性があるから気を付けろよ」
「大丈夫、生き返るから」
「頭大丈夫か?」
まさかの冗談が通じなかった。
ドアをノックする音が聞こえて、沢田が返事をした。開いたそこから顔を覗かせるのは新米の若い刑事。
「緒方、迎えだ」
上から目線にちょっと苛立ちを感じたけど、世の中は年功序列だ。クッションもクソもない固いパイプ椅子にずっと座っていて固まっていた腰を伸ばすと、立ち上がった。
「はいよ、新米は怖いな」
皮肉を洩らしながら笑うと、新米が怒ったような顔をする。あ、気短いんだ。
「羽鳥、ほっとけ。そいつは馬鹿だがナメたら痛い目見るぞ」
沢田の方を見ると、目が合った。
「俺、結構沢田に評価されてんじゃん」
「誰が評価なんてするか。刑事になるなら評価してやるけどな。」
「刑事なんてやる訳ねーだろ。池谷からもスカウト来たけど断ったんだからな」
刑事刑事って、俺はそんなに刑事に向いてるのか。絶対に向いてないと思う。そうなのか、と言った沢田が俺を目だけで見上げて言った。
「もう本気で殴ったりすんじゃねーぞ」
「言われなくてもそのつもりだっつーの」
取調室から出ると、新米と目が合った。何故か若い刑事に嫌われる俺は、それから目を逸らして、階段を下りた。
迎えに来たのはお袋だろう。真知が怪我したし、今度こそ殺されそうだと思っていると新米に呼び止められた。振り返ったら、新米がぼそりと言う。
「嫁さんが迎えに来てる」
それを聞いて、思わず走り出した。階段を飛ばして降りて真知がいるだろうエントランスに向かう。
まだそこまで遅い時間じゃない警察署のエントランスには親の迎えを待つ数人のガキと、援交で補導されたっぽい女子高生が二人、酔っ払いで保護されたっぽい二十代後半の女がいる。その中に、ひとりぼっちでソファーに俯いて座る真知がいた。
慌ててその前にしゃがみ込むと、真知と目が合った。顔には白いガーゼが当ててあって、手は包帯でぐるぐるに巻かれている。
「おかえりなさい」
真知が落ち着いた声でそう言って、俺は膝をついて真知の顔に手を伸ばした。
「大丈夫か?」
「はい、傷も残らないそうです」
真知の茶色い目に、安心して息を吐いた。沸き上がってくる後悔の渦に、押し潰されそうだった。
「痛かった、よな?」
「いいえ、痛くありません」
無表情の真知の明らかな強がりに、情けなくも視界が歪んだ。
「お前、なんでっ?俺の事なんか放っておけよっ」
震えと掠れが混じる自分の声が、酷く情けない。
「俺の事なんかいいから、ちゃんと自分の事考えろよっ」
目から涙が溢れ落ちそうで、俯いた。呆気なく真知の細いジーンズに俺の涙が落ちていく。洩れそうになる嗚咽を堪えて言う。
「俺のせいで、ごめんっ」
真知の頬から手を離して、ソファーに肘をついた。土下座でもするかのように、頭を下げる。
「でも、離せないっ、ごめん」
離せない。離してやれない。情けないのか安心したのか、涙が止まらなかった。こんなに本格的に泣くのは、久しぶりだった。泣き虫女と一緒にいると、自分まで泣き虫になるのかもしれない。
線香の匂いが辺りを漂う。顔を上げたその次の瞬間に、俺はその匂いの主に抱き締められた。
「泣かないで」
耳元で聞こえた声は、鼓膜を揺らした。頭に巻き付く腕の力が少しだけ強くなる。
「私は貴方に死なれたら困るんです。こんなの痛くありませんよ」
「っ、」
「まだハーゲンダッツ買っていただいてないですから、死なれたら困るんですよ」
いつからそんな決め台詞を言えるようになったのかは分からない。笑ってくださいませんか、と言う真知の声が耳元で聞こえて、余計に涙が出た。
俺を笑わせる為に、冗談まで言うようになりやがった。真知のピーコートから出したフードに、俺の涙が染み込んでいく。
「馬鹿、笑えるかよ」
笑える筈がない。どこまでも俺を無意識に口説き落とす真知が愛しくて、憎い。愛情の許容範囲を超えて、別の感情になってしまいそうだ。
「今のつまんねーから、もっと修業しろ」
「申し訳ありません」
俺の頭を撫でる真知の手と、俺を包む体温に大きく息を吐いた。妙に安心した。俺は女に甘えない男だった筈なのに、いつの間にか甘えるようになっていたらしい。
それが俺が年を取ったからなのか、それとも相手への思いなのかは分からないけど、最悪な気分だった。でも、嫌いじゃなかった。
「よしよし、泣かないで」
耳元で囁くように言った真知の声に鳥肌が立つ。頭の芯から俺の中の得体の知れない、でも無くしてはいけない大事な何かが溶かされていくようだ。
苦し紛れに、口を開く。
「お前俺をナメてんのか」
「いいえ、本城さんと桐原さんになるべくいつも言わないような口調でお言葉をかけるようにと仰せつかまつりましたので」
「ああ、そうっすか」
俺をナメてるのはあの二人だったようだ。最悪だ。あのクソガキ共。
「正直、俊喜がもう帰ってこないのかもしれないと思ってしまいました。本城さんも桐原さんも貴方が少年院に行ってしまうかもしれないと仰っていたので、」
「そうか」
でも良かったです、と。真知は口を噤んだ。呼吸をする音さえも聞こえる距離感は、俺が真知に望んだものだった。
真知の心音が聞こえて、目を閉じる。その拍子にまた涙が溢れたのが分かったけど、どうでも良かった。
「貴方が本気で怒ったのを初めて見たと、お二人が仰っていました」
「そうだっけ、」
学校で暴れた時、要もいたはずなんだけどな。あの時よりさっきの方が本気だったのかもしれないとぼんやりと思う。
「私、少しだけ貴方が怖いと思ってしまいました。菌が移ってしまったんじゃないかと、思いました」
「………」
「でも、やっぱり貴方がいなくなってしまうのではないかと思った時より、全然怖くありませんでした、」
いなくならないで、と真知が掠れた声で言って、人に必要とされる事がこんなに、心臓が抉れそうな程に嬉しくなるんだと知った。
真知の背中に手を伸ばして擦ると、真知の腕の力が強められる。
「ごめん、怖がらせてごめんな」
「もう大丈夫です。私が貴方を守ります」
「馬鹿、お前がいなくなったら俺が困るんだよ」
そう言って真知を離すと、慌てて涙を拭いて真知の頭を撫でた。真知が真似して頭を撫でて来て思わず笑うと、目を逸らされる。キョロキョロと泳ぐ目を見て思い出したのは、真知の言葉だった。
簡単に楽しそうに笑える俺を、気が付いたら目で追っていた、と。笑うだけで真知が引っ掛かるなら、留年初日に山崎にイタズラして良かった。真知が目で追った人間が俺で良かった。
「俺が笑ってるのが好きなんじゃねーのかよ?見ればいいのに」
折角俺をモノにした癖に、真知は有効活用というのを知らない。真知は少しだけ頬を染めた。
「貴方が笑うと緊張します」
「真知、それドキドキするの間違い」
「ド、ドキドキ」
吃りつつ復唱した真知の頬についたガーゼを全力で優しく撫でる。
「ごめんな」
止まらなかったのは謝罪の言葉で、いつの間にか止まった涙の代わりのようだった。膝に置かれた両手に包帯が巻かれているのに、その隙間から結婚指輪が見えて、息が詰まる。
「もう謝るのはやめてください。私が好きでやった事ですので、貴方に責任はありません」
「でも、」
「大丈夫ですから。早く帰りましょう。お母さんにご心配をおかけしてしまいます」
それに、と真知が警察署の出入口のドアの方を見た。
「お外で本城さんと桐原さんがお待ちになっています。早く行かねばお二人が体調を崩されてしまうかもしれません」
「は!?」
「中に一緒に入りませんかと行ったのですが、お二人がお外でお待ちになると仰って、外に……。私の押しが足りないばかりに…申し訳ありません」
いや、真知どこで謝ってるんだ?押しが足りない?俺は二人が風邪を引くのを心配してる訳じゃなくて、真知に付き添った二人に驚いているのだ。
いくら女が同い年だったとしても先輩の女となると話は別だ。俺もそうだったように、先輩の女を送迎するのは当たり前だったし、文句を言わないのも当たり前だった。
ただ、俺が後輩にそれを無意識にさせる程、長い期間一人の女と付き合った事がなかったから、すっかり忘れていた。
「じゃあ、帰るか?」
「はい」
立ち上がって、真知が隣に置いていたリュックを持ってやると、真知が立ち上がった。ちっこいなぁと思いながら歩き出したら、真知がついてくる。
やっぱり真知は鈍臭そうなのに、人って必死になると有り得ない力を発揮する事がある。それは俺も中学の頃に警察から逃げる時の異常な足の早さを何度も体験済みで、それは後から考えると自分でも驚く。
いつものように手を繋いでやると、真知がちょっと泣きそうな顔をした。
「どうした?手、痛かったか?」
そう言って手を離そうとすると、真知の手によって引き留められた。真知は首を横に振って、ほんの少しだけ手の力を強める。
「安心します」
「……あっそ、俺も」
照れ隠しにそう言って、警察署を出た。
素直な真知は怖い。警察署の外で要と清春が震えながらしゃがみこんでいて、俺に気付いた瞬間立ち上がった。
お疲れ様ですと二人に言われて苦笑いする。まるでヤクザじゃねーか。
「やっぱり正当防衛になりましたか?」
「とりあえずな、危なかったけど」
要の問いにそう返すと、二人は同時に大きく息をついた。
「マジで少年院かと思いましたよ」
清春が溜め息混じりにそう言って、疲れたようにしゃがみこんだ。
「警察怖いっすね。こっちは戸籍ないんで、誤魔化すのに苦労しましたよ。まあ目撃者で済んで名前も言いませんでしたけど」
「お疲れ、もう悪い事すんなよ?」
「それ俊喜さんが言います?」
立ち上がった清春に片手でヘッドロックをかけると、すいませんと叫ばれたのですぐに離した。
「迷惑かけてごめんな。真知の送りありがとう」
「いいえ、当たり前っすから」
俺の言葉に笑った要は一生ついていきます、と叫んだ。うるさい。
「俺ん家で飯食っていけよ」
「はい、ご馳走さまです」
軽く頭を下げた清春に笑った。すぐに冷めた目で見つめて、口を開く。
「馬鹿かテメー、ちゃんと金払えよ」
「え、奢りじゃないんですか?」
「嘘、奢ってやるよ」
早く行くぞ、と言って四人で歩き出した。俺は紳士なのだ。たまにはビンボーながら奢ってやらない事もない。
最初から最悪のスタートで二度も殺されそうになった一日の終わりは案外普通の終わり方だった。
俺は、会わなければいけない奴が出来てしまった。でもそれは、真知との約束を破る事になる。
真知の横顔を見た。赤い唇から白い息を溢す人形みたいな容姿の女は、俺の為ならナイフにも怯まないのだ。またこんな事になったら、次こそ俺は頭がおかしくする。
言ってから会いに行けばいい。でも、真知は絶対に許してくれないだろう。
知らなくてもいい事を知る為に真知に秘密を作るのか、それとも真知と一緒にいるのか。絶対に後者の方が幸せなのに、俺が望んでいる事なのに、このまま有耶無耶にしたら俺は一生後悔する。
先に手を打つ事が重要で、この先にどうなるかはそこにかかっている。スピードで頭をおかしくしたシュンはそれを止められない。
なら、俺がどうにかするしかないのだ。




