不可視
目を覚ますと、左手が暖かかった。その方に目を向けると、俺の奥さんによく似た女が、左手を握り締めて俯いている。
ああ、ここは天国か。天国に来れる程いい行いをしてきたつもりはなかったけど、俺程度の人間でもここには来れるのか。
天使って、白いパーカーを着るのか。それで、一番好きな女の姿をしているのか。案外俺も幸せじゃないか。まあ、俺の女は小悪魔だけど、外見だけなら天使も当てはまるよな。
じゃあここでいっちょ押し倒してエッチでもしてみようか、と視線を上に向けると、妙に綺麗な天井が視界に広がった。
天国って、室内もあるのか。てっきりずっと野外かと思ってたけど、快適だな。そうだよな、冬でこんなに暖かい訳ないもんな。
とりあえず起き上がろう。人工呼吸器的な物を外して上体を起こす。
「いって!」
腹から激痛。嘘だろ。天国なのに痛み取れてねーじゃん!こんなの天国じゃねーよ!むしろ地獄!カミサマは何やってんだ!
女が慌てて立ち上がったのか、椅子が派手な音を立てた。
「っ、俊喜っ、」
「ちょっと待って、何?天国?地獄?」
「現実ですっ」
「は?」
女の顔を見ると、それがみるみるうちに歪んでいく。真知が、また泣いた。俺に抱き付く真知の涙が首筋を流れていく。
「一回、心臓、止まって、怖かった」
「え、俺生きてんの?」
「生きてるっ、怖かった」
いなくなっちゃうかと思った、と真知が言う。背中を撫でてやると、真知の力が強まった。痛いです。傷口開きますけど。
でも生きてるっていい気分だ。
「もう二度と、忘れろなんて言わないでっ」
「うん」
「本当に怖かったんです、から、」
「うん、ごめんな」
だからもう泣くな、と言うと、真知が離れた。目を擦る真知の手を取って、笑う。
「だから、泣くと不細工だって言ってんだろ」
「すいませ、」
真知の後頭部に手を回して引き寄せて、そのまま唇を寄せる。すっかり中毒になった俺は、制御が出来ないらしい。
唇まで2センチまで迫った所で、ドアが開く音がした。真知が慌てて俺から離れる。そのドアから現れたのは、妙に背が高いおっさん。白衣を着てる悪魔、元解剖医で今はモグリの矢崎組専属の医者、羽塚。




