表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
!!!!  作者: 七瀬
第二章 誓約書
19/34

牛丼かラーメンか




「俺が言いたいのは、どうして真知が休みじゃないんだって事、」


「だって休めって言ったってまっち休まないんだもん、しょうがないでしょ?それにまっち、あんたとじゃなくてあたしと一緒にいたいんじゃないの?」


ああ言えばこう言うお袋を見下ろして俺は眉間にシワを寄せた。


「は?誰がテメーみたいなうるせークソババアと一緒にいたいかよ、調子込むのにも限度ってのがあるぞ」


「は?じゃあ言っとくけどあんたみたいな口悪くて隙あらば飲み会に行くような男と誰が一緒にいたいのかな?それをあたしに是非教えていただきたいんだけど」


頭の血管が一本切れた気がする。手にしていた麦茶を飲み込んで、再び口を開いた。


「別に飲み会は好きでいってんじゃなくて先輩との付き合いでいってんだよ。それに言っとくけど俺、真知の前では紳士だから。誰がお前の前で紳士になるかってんだ」


「紳士は母親に口答えしたりしないけど?あんたはそこから間違ってんだよ」


「んだとクソババア」


「やんのかクソガキ」


「お母さん、と、とと俊喜」


真知の声で俺は真知を見る。すると静まり返っている客席に気が付いて口を噤むと、お袋が勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「ほら!今まっちあたしを先に呼んだよ?まっちあたしの方が好きだよねー?」


「黙れクソババア。年功序列に決まってんだろ。お前は無意識に真知からババアだと認識されてんだよ。それくらい自覚しろ」


「は?ならまっちはどうしてまだあんたの名前が呼び慣れていない様子なんだろうねー?過ごした時間の濃さと多さに勝るものはないんだよ」


「あの、お二人とも、」


俺とお袋は慌てて口を噤んだ。客席のど真ん中で突っ立って言い合いする俺とお袋を客が全員見ていたからだ。俺は軽く咳払いしてから、コップの中の残りの麦茶を飲み込んだ。


真知が居心地が悪そうに視線を泳がせている。そりゃそうだ。自分の事で喧嘩されてこれだけ注目されたら、自分の事で争われる二股女も真っ青だ。


「真知、もっと休めよ。休んでさ、どっか行こうよ。俺だけじゃなくたって、ナミとかタエとかサチコとか、真知と遊びたがってたぞ」


「え、あの、」


「そうだよまっち!たまには休まないと駄目だよ?あたしに会いたいのは分かったから!」


お袋の言葉に、俺は溜め息をついた。


調子に乗るなって言ったばかりなのに、もう忘れてやがる。三歩歩いたら忘れるのはニワトリだったっけ?お袋は動いてもいないのに忘れたからニワトリ以下の脳なのかもしれない。


呆れてものも言えない。真知はお袋に何かを言っているが、お袋の声が煩すぎて何を言っているのか聞こえない。お袋は俺をチラチラ見ながら勝ち誇ったとでも言うような顔をする。


そのウザすぎる顔から視線を逸らすように、左手首のG-SHOCKの時計を見ると、もう家を出る時間だった。


「やっべ!」


慌ててテーブルのトレーの上にコップを置いて、はしゃぐお袋を押し退けて厨房に入ると、流しに皿を入れた。


厨房を出て、テーブルに引っ掻けた作業服とタオルを掴んでドアに向かって走る。ちょうど後輩の聖がドアから顔を出した。


「俊喜さん!おはようございます!」


「おー、おはよ」


「緒方先輩、忘れ物です」


真知の声に思わず振り返った。まさか、忘れ物は私とのキスです、なんて可愛い事を言われるのかもしれない。


でも頭の沸いた俺のくだらない妄想は呆気なく夢のものとなった。俺の方に走り寄ってくる真知の肌色のゴム手袋に包まれた手には、更にウェットティッシュで包まれた俺の財布。テーブルに置きっぱなしだったのかもしれない。


それにしても、これから出掛けるというのに財布を忘れる俺はどれだけ馬鹿なんだろう。


真知から財布を受け取って、真知の顔を覗き込んだ。真知の肌は真っ白で赤ちゃんみたいだった。


「早めに帰ってくるからいい子で待ってろよ?」


子供に言うようにそう言うと、真知の頬が少しピンクになる。お、よく分からないけど照れたらしい。


「っ、お気をつけて」


「おう、行ってくる」


真知に笑ってドアに手をかけると、背中から野太いおっさん達の見送りの声が聞こえて、それに軽く返事をする。聖を押し出しながら家を出た。


財布を作業服のズボンのケツのポケットに突っ込んで、Tシャツの上に作業服の上着を着ていると、聖がドアをチラチラと見ていた。


「どうした?」


「え?いや、今日も真知さんが素晴らしく可愛いですから」


聖がデレデレと顔をだらしなくさせて笑う。俺は少しいらっとして聖のタオルを巻いた頭を叩いた。


「いたっ!何するんですか!?」


「なんかムカついた」


「意味分かんないっすよ!」


もう、と言う聖は俺から目を逸らしてドアの方をだらしない顔で見る。


「聖、お前、真知の事好きなのか?」


「違いますよ!」


「本当に?」


「本当に」


ふーん、と返事をすると、聖が本当に違いますからね、と俺の腕を掴んだ。


「怒らないから本当の事言ってみ?」


「本当に違いますって!高嶺の花ですもん!俊喜さんのお嫁さんですよ!?」


俺の奥さん、ね。皆それを言うけど、どうして俺の奥さんだからどうのこうのと言うのか俺にはサッパリ分からない。俺は聖の手を離して、頭にタオルを巻いた。


「俺の奥さんとか抜きにしたら、好きだろ?好きになっちまうだろ?」


「え!?まあ、そりゃあ、」


聖が照れるように頭を掻いた。紫色の髪が風に揺れる。俺は聖の顔から視線を逸らした。だよな、やっぱり俺の奥さんじゃなかったら好きになるよな。まあ、真知は学校で存在感消してたから要にも気付かれなかったんだけど。


「お前処刑な」


「え!?嘘!?いや、あの、俊喜さんのお嫁さんじゃなかったらの話ですよ!?」


ズボンのポケットに手を突っ込んで歩き始めると、聖が俺についてくる。何やらギャーギャー騒いでるけど、声が大きすぎて聞き取れない。


「もう僕は何も聞きたくないよ、聖くん」


「すいませんそれ怖いんでやめて貰っていいですか」


聖を横目で見ると、ひっ、と言われた。なんでだ。今は何の感情も込めてないのに。


10月の風は少し冷たい。これからまた寒くなるのかと思うと憂鬱になる。クソ暑い夏よりは全然冬の方が好きだけど、俺は春とか秋とか寒くも暑くもない季節が好きだ。


あれから現場について仕事を始めて早3時間。時夫が突然叫び始めて、俺はスコップを地面に刺した。


「あんだよ」


そう言うと、時夫が俺の肩を掴んだ。いつも思うけど暑苦しい奴だ。


「まっちの誕生日っていつ!?」


「11月11日」


最近、真知の事ばっかり聞かれる気がするんだけどどういう事なんだろう。時夫が目を見開いた。


「マジ!?ちゃんとプレゼント買ったの?」


「まだ」


普通にそう返すと、時夫がキラキラと目を輝かせる。少女漫画並みのキラキラだ。俺はあの目を見て近眼なのかと疑った事があるけど違うらしい。でも目がキラキラしてるだけで目力が違うから不思議だ。眼力は光で生まれる。ヤクザとかはキラッキラだ。これは強ち間違ってない。


「なに買うの?下着?」


「な訳あるか!」


俺が買うつもりなのは普通に財布だ。真知がずっと透明の袋を財布代わりに使ってるから実用性を考えた。どうせ、欲しい物を聞いても言ってくれないだろうし。


「え!?下着!?」


「お前は本当に16って感じだな」


聖の言葉に呆れてそう言うと、俺はまだ15です、と言われてしまった。誕生日まだだったの忘れてた。


別に下着だってよかったけどそんなの渡したらきっと真知に変態だと思われるし、まず俺はそれ以前の話。


「サイズ知らねーし…」


呟いた言葉は二人に聞こえていないようだった。でも、だってそうだろ!?下着ってサイズあるだろ!特に女は!俺は真知のサイズ知りません!だから不可能!と叫びたい気分になった。絶対に死んでも言わないけど。


聖がニヤニヤし始めたからその頭を思いっきり叩いた。


「痛い!」


「想像したらマジで全裸で車で引き摺り回してやるからな」


「想像なんてしませんよ!」


聖と時夫を睨みつつ、スコップを手に取ると時夫にスコップを奪い取られる。


「悪いんだけどその顔でスコップ持たないでくれる?マジで埋められそうだからやめて」


その顔ってどんな顔だ。俺は時夫からスコップを奪い取った。


「本当に埋めてやろうか?」


「すいませんでした」


二人の声が見事に重なった。すると、昼休憩の声が聞こえる。俺は仕方なく二人を埋めるという作戦を取り止めてスコップを置いた。


時夫が今日の昼飯は牛丼を食おうと言い出す。俺は正直今は牛丼の気分じゃない。


「俺、ラーメンのが食いたい」


「ラーメンより牛丼のが安いじゃん」


時夫の言葉に黙って牛丼屋の方に歩き出した。俺の貧乏性はこんなところでも発揮された。例えラーメンが食いたくても安い牛丼を選ぶ俺の貧乏根性は半端じゃなかった。


「あ、そういえば!」


後ろを歩いていた聖が声を上げて、歩きながら振り返る。時夫が何?と首を傾げた。


「昨日俺、学と一緒にいたんですけど、たまたま矢崎組の事務所の前通ったんですよ」


「おお、」


「そしたら、タマさんが顔ガーゼだらけの男連れてたんですよ。フルボッコにした後なんじゃねーかと思って見てたら、明らかにその男の方が年下なのに、タマさんが頭下げてて」


俺は思わず苦笑いした。そんなのあるはずない。矢崎組の舎弟頭で俺達の先輩のタマさんがガキに頭を下げるなんて有り得ない。


「お前それ別の誰かだろ?見間違いだ」


俺の心を代弁するように時夫が言った。それでも聖は首を横に振る。


「学も一緒に見てたんですよ。間違いないです」


ふーん、とだけ俺は返した。タマさんが頭を下げる程の年下って言ったら、若頭しか思い浮かばないんだけど。でも若頭だったら聖達も知ってる筈だし、誰なんだろうか。


「ああ、昨日っつったらさ、」


時夫が声を上げて、俺はその肩に拳を入れた。煩い。時夫の大袈裟な悲鳴が秋晴れの空に響く。


「いてーな!あ、そうそう、昨日俺、悟の家にいたんだけどさ、そしたら泣きながら沙也加が来た訳だわ」


どうせ喧嘩に巻き込まれたって話だろう。時夫はよくあの二人の痴話喧嘩に巻き込まれる被害者だ。俺も一度そこに居合わせてしまった事があるけど半端じゃなかった。沙也加の悟に対する怒りの表し方が半端じゃないのだ。


「そしたら沙也加が妊娠したってさ!そしたら悟が平然と『そっかじゃあ結婚しようね』とか言い始めちゃって!」


「沙也加が妊娠!?」


予想もしてなかった展開に叫んでしまった。時夫が苦笑いを浮かべながら続ける。


「そしたら沙也加も泣きながら『うん…』みたいな?なんか二人の間にMISIA流れてたわ。チュッチュし始めて帰ってきたけど、今考えたら事件じゃん、みたいな」


「マジか」


聖がめでたいっすね!と俺の耳元で言うもんだから耳がキーンとした。声が大き過ぎる。


妊娠。何度か知り合いのそんな話を耳にした事があるけど、結婚するなんて展開になったのは悟が初めてだ。大体俺の知り合いは、女が子供産む前に別れる。責任感もクソもない。


でも、子供か。昔っから一緒に馬鹿やってきた悟に子供。世の中は分からないものだ。将来の事なんてこれっぽっちも見えないから、いつ何が起こるかなんて分からない。


「俺は今、女もいねーよ」


時夫の寂しい呟きがやけに悲しく聞こえた。俺は時夫にかける言葉が見付からなくて、項垂れる金髪頭から目を逸らした。


「俺もっすよ…」


時夫に便乗した聖の雰囲気を沈ませる言葉。別に女いなくたっていいじゃねーか、と言おうと思ったが今の俺が言うとただの嫌みにしか聞こえないからやめた。


二人がどんよりしているせいか空気が重たい。このまま牛丼を食ったら胃もたれしそうだ。二人が面倒臭すぎて苦笑いした。


ヘルメットを取って手袋を取ると、結婚指輪が光った。うわ、俺って今までの人生の中で一番嫌みっぽい奴かもしれない。左手をポケットの中にいれて隠すと、時夫が叫んだ。


「俊喜の馬鹿!もう嫌い!」


何故俺?眉間にシワを寄せると、時夫が口を尖らせた。キモい。全身に鳥肌が立った気がする。


「自分ばっかり幸せになっちゃってもう知らないんだからっ!ぷぅ」


「お前それ誰キャラ?」


「サチコ系キャラ」


「それただのサチコじゃね?つーかサチコ、ぷぅとか言わなくね?」


細かい事は気にすんな!と時夫が俺の肩を叩いた。地味に痛い。


俺は悟がガキにどんな名前を付けるんだろうとか、男なのか女なのかとかくだらない事を考えた。


ガキがガキを作って産む時代。ガキがガキに名前を付けて育てる時代。表面的な所は凄く平和に見えるのに、虐待は後を絶たない。


俺は駄菓子屋の自販機にいたずらしていたガキ二人を思い出した。涼太と元樹。行き場のないガキは被害者なのに、加害者になる。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ