聖夜
氷るほどの沈黙と肌が焼けるような寒さは彼を放さない。それは、この夜がこの惨事を前に怯えて震えている様である。既にフロントガラスにはヒビが入ったような氷がこびりついていた。仕方なく彼は車を降りる。辺りは明度の低い赤と、彩度のない闇が踊り、彼は錯視と吐き気を覚える。吸い込まれるような深く重い孤独を感じ、からだの奥深くで固結した言葉を吐き出す。
「誰か、誰か、いませんか」
醜悪に彼は叫んだ。その後味の悪さに、彼はからだの中で熱い穴のような極度の緊張を覚えた。霊気のような外気を取り込んだ車内に戻り仕事柄、常備してある懐中電灯を取り出す。すると突然、空気を喰らうような甲高い音がして彼はそれの明かりを付け、咄嗟に後ろを振り向く。光線の先に見えたのは黒い制服が紙のように引き裂かれ、腹部の血塗られた皮膚と、握りつぶされた魚のような腸や肝臓が覗くただの死体だけだった。光に当たったそれは露粒が付着したため血の赤と抱擁し生きてるように蠢いた。
──いったい、この辺りにはいくつの死体があるんだ
懐中電灯を上げる。照らされたからだは獣に襲われた野鹿で、それらは夜をあからさまに嫌う。しかもそれは十以上はある。顔を潰され、背を腹の皮が覆う四十くらいの女。学校の制服を纏いながら腹部から内臓がいくらのように溢れだす六歳くらいの男の子。その生を感じるにやけ顔に彼は戦慄する。夜霧に霞む奥に添えた、廃れた外車の中には詰め込まれたように髪の毛と体液の化け物がこちらを凝視し、彼は白める。
奇怪で、霊的な極寒気に圧倒され、彼は車内に戻る。
外の騒がしさに対し室内の沈黙は彼を締め上げ圧迫させる。粒の結晶で凍てつくからだを鞭打つようにエンジンを付け、枯れた内燃機関を爆発させる。彼にしがみつくこの夜が叫び、滲み、掠れて、爛れ、人間の愚かさと儚さを嗤い鳴く。
皮肉なことにそれは、イエス・キリストの聖誕記念日のことであった。