009
山賊たちが姿を現したのを見て、商人の護衛を請け負っていた冒険者たちは、真剣な表情になって叫ぶ。
「旦那、山賊だ! それも、連中は……ヘルマンの山賊団! くそっ! 何だってあんな厄介な連中が襲ってきやがる!」
護衛を務める冒険者のリーダーは、この山賊山脈の中でもそれなりに名前が知られている山賊団が襲ってきたと知ると、自分の運の悪さを呪う。
冒険者にとって、この山賊山脈を越える商人の護衛という仕事は非常に危険なものだったが、同時にリスクに見合うリターンも多い。
特に襲ってきた山賊団を倒した場合、その山賊団が有していた財産は全て冒険者の物になる。
それだけに、内乱で鍛えられた兵士や他の冒険者と戦うよりは、弱い山賊を倒した方が大きな利益になる……そう思って、この冒険者たちは商人の護衛を引き受けた。
だが、ある意味でギャンブルに近いその行動は、最悪の結果をもたらす。
斧を手に襲いかかってくるヘルマン、さらにその後ろに続いている山賊たちに冒険者たちは何とか対処しようとするも……結果として冒険者たちの半分近くは殺され、生き残った者も降伏して商人と共に捕らえられるのだった。
「うーん、予想以上にあっさりと片付いたな」
一応ということで、長剣を手にしていたシンだったが、呆気なく降伏してきた商人たちに少し戸惑う。
てっきり、護衛が全滅し、商人が死ぬまでこの戦いは続くのだと、そう思っていたためだ。
だが、実際には護衛が全滅するよりも前に、商人と護衛は降伏してしまい、シンが実戦を経験するよりも前に戦いは終わってしまった。
出来れば実戦を経験しておきたかったシンにとっては、拍子抜けした展開だった。
「お前は……?」
降伏した冒険者の一人が、シンの姿を見て戸惑ったように言う。
普通であれば、シンのような者がいても山賊の仲間だと考えてもおかしくはない。
それでも冒険者の一人がそう呟いたのは、シンに対する山賊たちの態度が、仲間というよりも格上の者に対するものだったからだ。
特に冒険者たちがおかしいと思ったのは、ヘルマンという名の知れた山賊ですらシンに対して一歩退いた位置から話しているためだろう。
その光景を見れば、明らかにシンの方がヘルマンよりも格上のように見えた。
……もちろん、ヘルマンは山賊としてそれなりに名前が知られてはいても、結局のところはあくまでも山賊でしかない。
それこそ腕の立つ冒険者や兵士、騎士であれば、ヘルマンに勝つのは難しくはないといった程度に。
それでもヘルマン山賊団が生き残ってきたのは、戦場が自分たちに地の利があるテリトリーだからというのもあるし、ヘルマン以外に何人も相応の力を持つ者がいたから、というのもある。
そんなヘルマン率いる山賊団には厄介な存在だったのだが……それを率いていたヘルマンが、まるでシンの部下であるかのように振る舞っているのを見て、違和感を抱くなという方が無理だった。
恐る恐る……もしくは信じられないといった視線を向けられながら、口を開く。
「この山賊団を率いてる、シンだ」
「馬鹿な!」
シンの言葉に即座にそう叫んだのは、冒険者の生き残りの一人。
当然だろう。その冒険者にしてみれば、明らかにまだ二十歳にもなっていないような少年が山賊団の頭だと、そう言っているのだから。
それはつまり、目の前に立つ少年……シンが、ヘルマンよりも強いということになる。
もちろん山賊団の頭が一番強いとは限らないのだが、少なくともヘルマンは自分よりも弱い相手に従うなどといった真似はまずしないという確信が冒険者にはあった。
山賊山脈の中でそれなりに名前が知られているヘルマンは、当然のようにその情報も多少なりとも知られている。
だからこそ、シンが山賊の頭領になっているということは、ヘルマンよりも強いということを意味し、それがとてもではないが冒険者には信じられなかったのだ。
だが、馬鹿なと言われたシンの横では、ヘルマンが大人しく控えている。
その姿は、シンがヘルマンの上位者であると如実に示している。……ヘルマンの中にある思いはともかく。
そんな二人の……そして他の山賊団の行動こそが、シンの言葉が事実であると表していた。
「さて、取りあえず荷物の類は全部貰うとして……ジャルンカ、こういう場合、生き残った奴はどうするんだ?」
「そうっすね。奴隷商人に売ることが多いっす。本来ならこういうのは違法なんすけど、今は内乱でそれどころじゃないっすから」
「……奴隷、か」
呟くシンの言葉には、苦々しい色がある。
奴隷という存在そのものに、シンは思うところがあった。
もっとも、それは人道的な立場から云々、自由を奪うのがいけない云々といったものではなく、日本にいたときの自分のことを思い出すからだ。
シンは別に強制的に労働をさせられていた訳ではない。
だが、父親の命令に従って習い事をし、父親の命令に従って勉強をし、父親の命令に従って付き合うべき相手も決められた。
強制労働の類こそなかったものの、父親の命令に従っていたという意味では、間違いなく自分は父親の奴隷だったのだ。
そう思えるだけに、シンは奴隷という存在を好まなかった。
「解放してやれ」
「……え? 本気っすか? ここで解放しても、意味はないっすよ?」
「分かってる。けど、奴隷ってのは好きじゃない。そうだな、鎧はともかく、短剣くらいは残してやれ。そうすれば、この山賊山脈を戻るなり、進むなりするにしても、無駄死にすることはないだろ。……魔法使いがいればな」
商人たちを眺め、シンは最後の言葉を残念そうに呟く。
もし魔法使いがいるのであれば、そのまま解放するのではなく自分に魔法を教えることを条件に保護し、望むのであれば魔法を教えたあとで麓まで無事に送り届ける……といった真似をしても構わないとすら思っていた。
だが、生憎とこの冒険者たちの中には杖を持っている者はおらず、シンの期待には適わなかった。
「シン……のお頭、本気で言ってるのか?」
シンがこのまま商人や護衛の冒険者たちを解放するという言葉に、ヘルマンがそう告げる。
ヘルマンにしてみれば、金になる奴隷をわざわざ見逃すというのは、到底受け入れがたいことだった。
しかし……シンはそんなヘルマンの言葉に、何か問題あるか? といった視線を向ける。
ヘルマンはそんなシンに何かを言い返そうとするものの、シンの得体の知れない石化能力を思い出し、それ以上は何も言えない。
シンは自分に逆らう者を即座に石化するつもりはないのだが、自分の意見を聞かない者には暴力を振るっていたヘルマンにしてみれば、何か異論を唱えれば石化させられるかもしれないという思いを否定は出来ないのだろう。
「そうだ。取りあえず、これだけの収穫……いや、収益か? そんな感じなんだし、いいだろ」
「ちょっ、待て! 待ってくれ! このまま短剣だけ持たされて放り出されても、俺たちは生き残れねえよ!」
冒険者の一人が、捕まって奴隷として売り払われないというのを喜びつつも、叫ぶ。
このまま防具もろくにない状況で短剣だけを渡されて放り出されても、凶暴な動物か、もしくはモンスターか……場合によっては他の山賊の襲撃で殺されるなり、捕らえられて奴隷として売られるなりといったことになるのは確実だったためだ。
「そう言われてもな。奴隷として売られないだけでも、感謝して欲しいんだが。……なら、どうしたい? ふざけたことを言うなら、それこそここで死んで貰うけど」
そう尋ねるシンに、冒険者は悩みながらも……自分の決断を口にするのだった。