039
蛇王がガストロイに帰還してきた翌日……スティーグ率いるガストロイ軍の本隊も帰ってきたことにより、派手な祝勝パーティが開かれることになった。
その名の通り、反乱軍に対する勝利を祝うパーティであると同時に……自分たちはまだ波乱軍には負けていないということをガストロイにいる面々に知らしめることが目的のパーティ。
「いやいや、勝利したとはいえ……士気が高いですね。やはりこれも、圧倒的な勝利を得たからでしょうか?」
そうシンに声をかけてきたのは、今回のパーティにおいて注目されている人物の一人、ガエタン。
商人の中では真っ先にアリスに協力することを表明した男で、その件についてアリスがパーティの挨拶をする際に感謝の言葉を述べられたのが理由だ。
アリスの覚えも目出度いということもあり、何人もの商人がガエタンとお近づきになろうと、話しかけてきた。
最初にアリスに対して全面的に協力すると言ったときは、それこそ馬鹿でも見るような目で見られ、中には露骨に嘲笑を浮かべるような者すらいたというのにだ。
それがガストロイを取り戻そうとしてやってきたフレッド率いる反乱軍を倒した……それも、文字通りの意味で一兵も損なわずに倒したということで、完全に立場が変わる。アリスから信頼されている商人というのは、現在のガストロイにおいてこの上なく美味しい立場なのだ。
何しろ、ガストロイはこのミストラ王国において最大規模の鉱山を持つ鉱山都市だ。
つまり、このガストロイの領主に信頼されるということは、その巨大な利権を手に入れたのと同じような意味を持つ。
もちろんガストロイは前々から……それこそ前領主のエドワルドがいたときからの商品もいる。
しかし、そのような商人は積極的にエドワルドに協力して甘い蜜を吸っていたということで、惣分された者も多かった。
そうして空いた場所にガエタンが入ることになったのだ。
多くの者に注目されて当然だった。
「どうだろうな。中には本当に喜んでる奴もいるけど、実際には反乱軍に本当に勝てると思ってる奴は一体、どれくらいいるのやら。……中には反乱軍に情報を流してる奴もいそうだし」
いそうだという言葉を使ってはいるが、シンはその手の人物は必ずいるという確信があった。
表向きはアリスの勝利を喜んではいるものの、実際にはアリスよりもエドワルドがガストロイを支配していたときの方が美味しい思いをしていたような者たちが。
そのような者たちにしてみれば、アリスの存在はかなり鬱陶しいと思っているはずだ。
だからこそ、何とかまた反乱軍にガストロイを取り返してもらって、また甘い蜜を吸いたい。
そう思った者がいても、おかしくはなかった。
「ですが、それは無理なのでしょう?」
「そうだな。もう何人かそういう連中の目処はついているから、あとはこっちでその辺を調べて……それで問題があった場合は、相応に処理する必要が出てくる」
処理、と。そう言葉にしたシンの瞳に宿っているのは、冷たい光。
そのような者が一体どうなるのか。ガエタンにもその辺りは予想出来たが、だからといってそれを詳しくシンに聞きたいとは思わない。
「ともあれ……このパーティの主役の一人がこうして壁の花をしているのはどうかと思いますよ」
「いや、壁の花というのは俺に使われる言葉じゃないだろ?」
基本的に、壁の花というのは女に使われる表現だ。
少なくとも、シンのような男に使われる表現ではない。
だが、ガエタンもその辺は全てを承知の上で言ったのだろう。
笑みを浮かべつつ、そうですか? と首を傾げる。
そんなガエタンに、シンは訝しげな視線を向けて口を開く。
「それで? わざわざこんなパーティの中で俺に話しかけてきたんだ。何か理由があってのことなんだろう?」
「はい。実はですね、これから蛇王の武器や防具、食料、日用雑貨品……その他諸々を、私が一手に引き受けることになりましたので」
その言葉は、シンにとっても少しだけ意外だった。
だが同時に、納得出来ることでもある。
元々、ガエタンはアリスに認められた人材だ。
そんなアリスが、自分にとって最大の味方である蛇王に対して、その能力を最大限に発揮させるようにしようと、信頼出来る商人を蛇王の担当とするのは当然だろう。
また、ガエタンにとっても蛇王との取引は望むところだった。
紹介された最初こそ、山賊上がりの傭兵だということで思うところがない訳でもなかったのだが、今回の戦いで一兵の損失もなしに反乱軍に勝利したとなれば、その実力は相当なものだ。
たとえ山賊上がりであろうとも、そのような強力な戦闘力を持つ傭兵団と顔繋ぎをしておくのは、利益も大きいと、そう判断したのだろう。
また、ここでも蛇王がガストロイで一般市民に無意味に暴力を振るうといったことをしていないというのが大きい。
そのおかげで、ガエタンもシン率いる蛇王は友好的に接しても問題のない相手だと、そう理解したのだ。
「そうか。なら、よろしく頼む。……ただし、蛇王には気性の荒い者も多い。取引の際にぼったくるような真似をした場合、身の安全は保証出来ないからそのつもりでな」
若干気を許したためか、冗談っぽく告げるシン。
だが、それは実際には冗談でも何でもない、厳然たる事実だ。
山賊山脈にいた頃に、シンはそのような光景を直接見たことがある。
山賊山脈の山賊との取引を長年続けている者であれば、危険を冒しているということで多少はふっかけてくるが、それでも限度はある。
そんな中で、まだ山賊との取引を初めたばかりのような者は、それこそ欲張って限度以上の額を山賊から巻き上げようとし……結果として、その命を失うことになったのだ。
見つかれば捕まるというリスクを負っている以上、普通に街中で購入するより高いのであれば、山賊たちも納得する。
だが、そんな中で相手が山賊だから少しくらい高く売っても構わないだろう。安く買っても構わないだろうと判断するような商人は、長生きすることは出来ない。
そんなシンの目の光に本気の色を見たのだろう。
ガエタンは額に薄らと汗を掻き、誤魔化すように口を開く。
「あ、あははは。分かりました。その辺は注意しておきます。色々と勉強させてもらう値段で商売をさせてもらいますよ」
そう言うと、ちょうどそのタイミングで少し離れた場所にいる商人の一人がガエタンを呼び、それを聞いたガエタンはこれ幸いとシンの前から立ち去る。
「さて、どうなるだろうな。……ああ、そうか。ハクは今日はいなかったのか」
いつものように右肩にいるハクに声をかけようとしたシンだったが、そこにはハクの姿がない。
蛇のモンスターということで、パーティに連れていくのは問題になるかもしれないということで、宿に置いてきたのだ。
人が一杯いる場所で堅苦しい話をする場所だとシンがパーティの説明をしたので、ハクもパーティに参加したいとは思わなかったようだが。
だが……ハクの代わりに、シンの独り言に答える者がいた。
「ガエタンは馬鹿な真似をするようなことはしないから、安心してもいいだろう」
「……スティーグ? 何でまたお前がこんな所に? 今日の主役が何をしてるんだ?」
「いやいや、今日の主役という意味なら、それこそお前だろう。シンがいなければ、こうも完勝とは行かなかったんだからな。……まぁ、俺が来たのはシンに用があったからだ」
そう言い、パーティ会場から続いているベランダの方に視線を向けるスティーグ。
その視線の先には、豪華な……そして扇情的なパーティドレスを身に纏った、アリスの姿があった。




