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『わああああああああああああああああっ!』


 シンたちがガストロイに戻ってくると、そんな歓声が聞こえてくる。

 スティーグから報告は入っていたのだろうが、それでもここまで騒がれるとは? と若干疑問に思ったシンは、半ばパレードと化した状態の街中を進みながら、近くにいるサンドラに視線を向ける。

 それだけでシンの意図をさとったサンドラは、笑みを浮かべて口を開く。


「これも、アリス王女の策でしょうね。ガストロイは自分たち以外の多くが敵であると認識している者が多かっただけに、今回の勝利は大々的に発表して、私たちは勝てるのだと、そう示したんでしょう」

「……なるほど」


 いわゆる、プロパガンダって奴だな。

 そう、シンは納得する。

 アリスが領主になったことにより、エドワルドの圧政から解放されたことはガストロイの住人にとっては間違いなく喜ぶべきことだった。

 だが同時に、エドワルドを倒したことで、現在このミストラ王国を実質的に動かしている反乱軍の貴族たちに逆らうといったことになったのも、間違いのない事実だ。

 そうである以上、その反乱軍に負けたら自分たちはどうなるのか。

 そんな疑問を抱いている者も多かったはずだ。

 だからこそ、今回の一件で自分たちは勝利したと明確に示し、もし新たな敵がやってきても、ガストロイにいる者たちなら何の問題もなくそれを撃退することが出来る。

 そう示すためにも、今回のガストロイ軍の圧倒的な……それこそ、一兵も損なうことなく反乱軍を殲滅したという結果は、アリスにとってはこれ以上ないほどのものだったのだろう。

 だからこそ、アリスはその戦果を最大限利用するために、こうして大々的に事態を発表した。


(とはいえ、今回勝ったのは崖があったからなんだけどな。一度ハクを使った崖崩れという方法を使ってしまった以上、もう同じ作戦は出来ないだろうし)


 同じような崖が他にもあれば、また同じ策を使えるだろう。

 だが、最大の問題はその同じような崖が他にはないということだ。


(それに効果的ではあっても、後片付けがな。……崖が埋まってる間、あの道が使えないのも痛いし)


 崖によって埋まっている以上、当然その道は使えない。

 そうなると、細々とした小さな道を使っての行き来はともかく、大規模な商隊の類はガストロイにやって来ることはできなくなるのだ。

 幸いにも、ガストロイには鉱山で働いている者も多いので、岩を砕いたり、その岩を寄せたりといった真似はそう難しくはない。

 そのおかげで、再度崖が通れるようになるのは、そう遠くはないはずだった。


「まさか、ここまで喜んで貰えるとは思わなかったな。儂も一騎打ちを頑張った甲斐がある」


 シンにとって少し予想外だったのは、マルクスがそんなことを言っていたことだろう。

 見れば分かるほどの巨体を持つマルクスは、歓声を上げてくガストロイの住人たちに手を振り、愛想よく対応していた。

 普段のマルクスからは少し考えられない行動ではあったが、本人が喜んでいるのならそれもいいかと、そう判断する。


「マルクスが戦ったのが、唯一の戦闘だったことを思えば、こうしてマルクスが人気者になるのは、当然かもしれないな。……まぁ、頑張ってくれ」


 シンはこういう場所でマルクスのように振る舞うのは得意ではない。

 やろうと思えば出来ないこともないのだが、マルクスがそれをやってくれるのなら、自分がそれをやる必要はないと考える。


「きゃあああああっ!」


 そんなマルクスに、黄色い歓声が響く。

 当然のように、そんな声を受けているのはマルクスだけではなく、蛇王の面々全員だ。

 ……蛇王の面々は元山賊で、強面……いや、悪人面と呼ぶべき者が多いのだが、そのような悪人顔も、自分たちの味方をしてくれるのなら頼もしいと、そう思っているのだろう。

 もちろん、自分たちの味方であっても、街中で暴れたりするような者であれば、話は別だが。

 しかし、蛇王の面々はシンの命令によって街中で問題を起こすなと厳しく言われている。

 その結果、酒場での軽い騒動くらいは起こした者がそれなりにいたが、真面目に働いている一般人を相手に暴力を振るうような真似はしていない。

 それどころか、気の荒い男が一般人に絡んでいたりするのを見れば、自分から助けに行くような真似すらしていた。

 そのおかげで、ガストロイの住人は蛇王の面々を信頼する下地が出来ていたのだろう。

 もしそのような下地がなければ、いくら蛇王のメンバーだからといって、こうして黄色い悲鳴を上げられたりはしていないだろう。


「おい、見ろよ。あそこの女、俺を見て笑って手を振ってくれたぜ?」

「馬鹿を言うな、馬鹿を。あれは俺を見て手を振ってくれたんだよ」

「はぁ? お前たち何をいってるんだ? あの子は俺に向かって手を振ってくれたに決まってるだろ」


 ……一般人に暴力を振るうようなことはない蛇王だったが、蛇王のメンバー同士でなら話は別のだろう。

 それでも周囲にいる人々――主な目的は手を振ってる女だが――に見えないようにしながら、進む振りをしつつ横にいる者の足を踏んだり、歩きながら肘で相手の脇腹を突いたりといった真似をしているのだが。


「いい加減にするっす。シンのお頭に恥を掻かせるつもりっすか?」


 少し離れた場所を歩いていたジャルンカが、騒いでいる兵士たちに向かって注意する。

 ジャルンカはその言葉遣いとは裏腹に、蛇王の幹部の一人だ。

 実際にその弓の腕前は凄まじく、もし遠距離でジャルンカに狙われればどうしようもないと、そう蛇王の兵士たちが確信するくらいには。


『すいません』


 パレードの最中なので、頭を下げるようなことは出来なかったが、それでも言い争いをしていた兵士たちは揃って謝罪の言葉を口にする。

 ジャルンカはそんな兵士たちを一瞥するが、それ以上は何も言わない。

 シンという人物に心酔しているジャルンカだが、だからといってこれくらいで騒いだ者をどうにかするつもりはない。

 ……もちろん、もっと騒いでパレードを壊すような真似をすれば、話は違っただろうが。

 そんなやり取りがありながらも、蛇王は真っ直ぐ領主の館に向かう。

 領主の館の前では、すでに事情を知っているアリスが部下を率いてシン率いる蛇王の面々を待っていた。


「すでに報告は受けています。よく無事で帰ってきてくれましたわね」


 多少他人行儀な言葉遣いなのは、やはりこの場にいるのがシンたちだけだからではないだろう。

 アリスの部下として働く多くの者が、現在領主の館の前にいる。

 こうしてアリスが蛇王を……いや、シンを特別扱いするのは、多くの者に蛇王を信頼していると、そう示すためだろう。


「敵はほぼ全滅させた。取りあえず、もうしばらくの間は、新たに攻めてくることはないだろう」


 シンの口調は、とてもではないが一国の――亡国のだが――王女に向けるものではない。

 実際に、そんなシンの言葉遣いに、アリスの部下の何人かが何かを言おうとしたが……アリス本人は、それを全く気にしていない。


「ええ。崖崩れの件は早急に片付ける必要がありますわね。すぐに人をやりますわ」

「そうしてくれると、助かる。スティーグもこれから色々と大変だろうし」


 こうして二人で会話をしている様子は、傍から見れば王女と傭兵ではなく……もっと深いものを感じさせる。

 アリスの周囲にいた者たちは、そんな二人の様子に不思議と目を奪われるのだった。

 

 

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