037
「う……うう……うううううう……」
その兵士は、微かに聞こえてきた呻き声を耳にし、急速に意識が覚醒する。
意識が覚醒したものの、現在の自分がどのような状況にあるのかというのは、全く分からなかった。
何があった?
そう思いながら何気なく身体を動かそうとしたが……自分がほとんど身動き出来ないことに気が付く。
「え? ちょっ、おい、これは一体……?」
焦りながらも、兵士は必死に身体を動かそうとする。
もしかして何らかの理由で怪我か何かをして身体が動かせないのではないか。
そう思うと、兵士の中には焦燥感が湧き上がってきた。
回復魔法やポーション、それ以外にも様々な回復手段がこの世界には存在しているが、それらの手段はいずれも使うのに相応の金額が必要となるのだ。
ただの兵士である男にしてみれば、そんな治療が出来る訳はない。
そのように思っていたのだが、幸い……本当に幸い、男の身体にはどこにも痛みはなかった。
いや、軽い打撲程度の痛みはあるが、取り返しの付かない痛みは存在しないのだ。
十分……もしくは二十分ほどか。目を覚ました男は、何とか現在の自分の状況を確認することが出来、そして自分が身動き出来ない状況になっていることに気が付く。
少し離れた場所にある隙間から日が差しているのを確認しながら、何とか身体を動かそうとする男。
そんな努力が功を奏したのだろう。
少しずつではあるが、動けなかった男の身体は動かせるようになっていく。
やはり身体が動かなかったのは、麻痺をしていたとかそのような理由ではなく、何らかの理由で自分が身動き出来なくなっていたのだ。
そう思い、安堵する兵士。
少しずつ、少しずつ体を動かしていたのだが、不意に先程まで聞こえてきた声が聞こえなくなっていることに気が付く。
うう、と。先程まではそんな声がどこかから聞こえてきていたのだが。
だというのに、今全くそんな声は聞こえてこない。
そのことを疑問に……そして不安に思いながらも、兵士は身体を動かしながらも、何故このようになったのかを思い出そうとし……そして、思い出す。
「うっ……うわあああああああああああああああああああああっ!」
思い出したのは、自分目掛けて降り注ぐ大量の、岩、岩、岩。
大小様々な岩ではあったが、その無数の岩によって自分と一緒の村からやって来た友人や、今回の進軍で一緒になって仲良くなった者たちも、その多くが上から降り注ぐ岩によって身体を潰されたのだ。
それこそ、回避出来ないと思われるような、無数の岩が自分たちに向かって降り注いでいたその様子は、まさに地獄の光景としか表現出来ないようなものだった。
数分も叫び続け……やがて体力がつきたのか、男は黙り込む。
そうすることにより、ようやく落ち着いたのだろう。
恐る恐るといった様子で、身体の各所の状態を確認していく。
幸い……本当に幸いなことに、打撲の類はあっても致命傷となるような大きな怪我はないし、骨折の類もしてはいないようだった。
そのことに安堵しつつも、若干の疑問を抱く。
「何で俺は無事なんだ?」
もちろん、無事であって悪いことはない。
ないのだが……それでも今のような状況になった理由を考えれば、何故自分が無事なのかは全く理解出来ない。
容易に人を押し潰すほどの無数の岩が、次々に降り注いできたのだ。
そんな中で何故自分が無事なのか。
極論を言えば、単純に運がよかっただけだとも思えるのだろう。
(神が助けてくれたのか。……そう言えば、汝、カニを取れとか何とか聞いた覚えがあるような、ないような)
兵士は自分でも馬鹿なことを考えていると思いながらも、その考えを止めない。
今、自分は本当にギリギリの状態でここにいるのだ。
それこそ、何か馬鹿なことでも考えていなければ、それこそ暴れたくなりそうな気すらした。
そんな風に自分を半ば無理矢理に納得させながらも、少しずつ、少しずつ身体の動かせる範囲を広げていく。
自分が現在いる場所は、岩と岩の隙間だというのは、既に知っていた。
そんな中で小さな石や土によって身動き出来ない状況にある中で、何とか……本当に何とかしながら、動かせる範囲を広げていく。
もし失敗すれば、それこそ岩によって潰されるかもしれないという思いがあったのだが、今はそんな状況であってもどうにかしてここから抜け出す必要があった。
兵士にとっては、まさに命を削るかのような、そんな作業と言ってもいいだろう。
そして、一体どれくらいの時間が経過したのか。
ともあれ、身体の全てをある程度自由に動かせるだけの隙間を作り上げることに成功する。
(よし。あとは何とかこの状況から脱出するだけだ。……掘っていけば何とか出来るか? いや、けど掘るって言ってもどうやって? ……あ、短剣があるな)
兵士として持っていた方がいい武器として先輩に勧められ、購入した短剣。
その先輩も、崖崩れによって上空から落ちてきた岩に顔を潰されたのを、兵士が見ている。
そのことを残念に……非常に残念に思いながらも、何とか短剣を手元に持ってくることに成功した。
そうして短剣を使い、まずは大丈夫そうな場所から掘っていく。
とはいえ、兵士も別に土木作業や鉱山の採掘といったことに慣れている訳ではなく、恐らく……本当に恐らく大丈夫だろうと、そう思いながらの作業だったが。
ここで下手な場所を掘れば、土や石、岩で埋まってしまうかもしれない。
そんな強烈なストレスを感じながらの作業は、兵士の体力を急激に消耗させていく。
だからこそ……そう、だからこそ、まだ自分が掘っていない場所が不意に崩れてきたとき、背筋の凍る思いがしたのだが……やがて穴の空いた場所から太陽の光が入ってきているのを見ると、あまりの眩しさに目を細める。
「おい、いた! 本当に生きてる奴がいたぞ!」
と、同時に聞こえてきたそんな声に、兵士は自分が助かったのだと……少なくとも、このまま岩に埋もれたまま死ぬようなことはなく、日の光の下に出ることが出来るのだと知り、嬉しさに笑みを浮かべる。
「た、助かったのか? ……助かったのか!?」
そう叫ぶ兵士の言葉に、穴の外から顔を覗かせた兵士……ドワーフの男は、その通りだと頷く。
「うむ、お前は助かった。それは間違いない。……もっとも、捕虜という形になると思うがな」
そう言いながら、穴の中に手を入れるドワーフ。
兵士は捕虜という言葉に若干感じるところはあったが、現在の自分の状況を考えれば、捕虜の方がまだマシだと判断して頷く。
「分かった。捕虜でも何でもいいから、助けてくれ。このままここにいたら、それこそ餓え死にするか、岩に潰されて死ぬかだ。それなら、捕虜の方がまだいいよ。……飯は出るんだよな?」
「安心しろ。腹一杯……って訳にはいかないが、それでも飢えない程度には食わせてやるよ。……よし、この男はガストロイ軍の捕虜になった! 捕虜を殺すような真似はするなよ! さっさと助け出すんだ! スティーグさんにも、この件を知らせろ!」
そのドワーフの言葉に、周囲で働いていた者たちが叫ぶ。
ただの岩の撤去であれば、そこまでやる気は出なかっただろう。
だが、偶然とはいえ、岩の隙間に入って生き残っていた者がいたのだ。
であれば、他にも同じように生き残っている者がいる可能性がある。
……埋まっているのは、敵だ。
それは分かっているのだが、それでもやはり今の状況を考えると、助け出してやりたという思いを懐く者が多く……岩の撤去に皆、一層力が入るのだった。




