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036

「さて、取りあえずこれでガストロイを襲ってきた連中は撃退したことになる訳だけど……俺たちはこれからガストロイに戻ればいいのか? それとも、ここで手伝っていけばいいのか……どうだ?」


 シンの問いに、スティーグは困ったように頭を掻く。

 そんな二人から離れた場所では、早速崖崩れの後片付けが行われていた。

 意図的に崖崩れを起こして敵の多くを殲滅したのはいいものの、問題なのはその後片付けだ。

 一応この崖以外にも、ガストロイと外に繋がっている場所はある。

 だが、それはあくまでも繋がっているというだけであって、歩いて一人がどうにか通れる程度といったくらいの道でしかない。

 であれば、当然のように大々的に移動する為には、この崖を復旧する必要があった。

 ましてや崖崩れが起こった場所には大勢の兵士の死体があるのだから、それを放っておく訳にはいかない。

 もしこのまま死体を放っておけば、強烈な腐臭が周囲に漂い、死体はアンデッドとなる可能性が高く、最悪疫病が広まる可能性すらあった。

 そうなれば、多くの者がここを通るのを避けるだろう。

 それは、鉱山都市のガストロイとしては決して許容出来ない。

 だからこそ、こうして多くの者が協力して崖崩れの撤去を行っているのだ。

 本来ならここまでやって来たのは、ガストロイを守るためだったのだが……結局反乱軍はシンによってあっさりと全滅させられてしまい、最終的に残った仕事は崖崩れの後始末だけ。

 そういう意味では、意気込んでやって来た者たちにとっては予想外の結果だろう。


「ふむ。そうだな。このような作業をする場合、人手は多ければ多い方がいいのだが……肝心の崖がな」


 スティーグは崖崩れの処理をしている者たちを見て、そう告げる。

 崖崩れが起こった道は、ある程度の人数が通れる場所になっているとはいえ、そこで作業出来る人数は限られている。

 ましてや、やっているのは積み上がっている石や岩を運ぶという行為である以上、一人一人がある程度自由に動くといった空間的な余裕が必要となるのは当然だろう。

 蛇王以外の、純粋なガストロイ軍の面々だけでも、現在人は余っている状況なのだ。

 現在瓦礫の撤去作業をしている者たちが疲れたら交代させる人員は必要ではあるが、現在の状況ではそれ以上に多くの者が余っている。

 そんな中で、シンを含めた蛇王の面々がいても、余計に人が余るだけではないかというのが、スティーグの予想だった。

 ……また、元山賊という柄の悪い面々が揃っている以上、戦いでは十分にその実力を発揮出来ても、それ以外……今やっている瓦礫の撤去作業のような仕事では、そこまで役に立たないのではないかという風にも思える。

 何より……現在瓦礫の撤去作業を行っているのは、ドワーフも含めてガストロイの者たちだ。

 鉱山で働くことも多いガストロイの者たちは、当然のようにこのような瓦礫の撤去作業も慣れている者が多かった。

 だからこそ、今回の一件においては自分たちに任せておいて欲しいと、そうスティーグが思ってもおかしくはない。

 シンはそんなスティーグの考えを予想し、頷く。


「分かった。なら、ここの後始末については任せる。……一応言っておくけど、まだ生きてる奴もいるかもしれないから、そういう連中に攻撃されないように気をつけろよ」


 崖崩れを起こして多くの兵士たちを巻き込んだのはいいが、崖崩れというからには落ちてきた多くは土ではなく岩だ。

 そして岩である以上、その隙間に偶然挟まって潰されずにすんだとい者がいてもおかしくはない。

 ……とはいえ、長時間岩の間に挟まって動けない状況にあった兵士が、助かったからといってすぐに反撃する気力があるかどうかというのは、また別の話なのだろうが。

 だが、フレッドに最後まで従った忠誠心の高い者たちがいたのを考えれば、シンがその辺を少しだけ心配するのも無理はない。

 それ以外にも、今回の一件ではフレッド以外にも多くの貴族が集まっているというのも、情報として知っている。

 集まった貴族の中には、フレッドと同様に兵士から強い忠誠心を抱いている者がいたとしても、おかしくはない。

 そのような者がいた場合、油断していれば無駄にガストロイ軍に被害が出てしまいかねない。

 もっとも、シンがスティーグに忠告しているのは、友情といったものからではないのだが。

 アリスがガストロイを支配下に置いた以上、これから蛇王はガストロイ軍と共に行動することになる。

 であれば、ここでガストロイ軍が無駄に被害を受けるような真似は、絶対に避けて欲しかったのだ。


「分かった。儂の方からも、その辺は気をつけるように皆に言っておこう」

「頼む。……じゃあ、俺たちはガストロイに戻るけど、アリスにはこの件は?」

「もう早馬で知らせてある。ただ、念のためにアリス王女にはシンの方からも知らせてくれると助かる」

「分かった。……まぁ、この様子を見る限りだと、その辺の心配も特にいらないと思うけどな」


 そう言い、シンはスティーグとの会話を止める。

 ガストロイ軍を指揮するスティーグは、忙しい。

 ここで無駄に時間を取らせるような真似は、しない方がいいだろうとの判断からだ。


「すまない」


 スティーグがシンの行動の意味を理解し、感謝の言葉を述べる。

 それを聞きながら、シンは気にするなと首を横に振って蛇王の兵士たちがいる場所に向かう。

 蛇王の者たちは、シンがいるからだろう。集まって話したりはしているが、喧嘩の類は行っていない。

 ……もしここで喧嘩の類をしていようものなら、それこそシンによってどんな目に遭わされるか分からないからだ。

 マルクス辺りなら多少の小言で許してくれるかもしれないが、この場にいる者にしてみれば、シンというのは明らかに自分とは格の違う相手……いや、得体の知れない相手と表現した方がいいだろう。

 シンの率いていた山賊団にいた者や、途中で傘下に置かれた者、もしくは山賊山脈が統一されたあとに山賊団に入った者。

 その時期や様々だし、山賊になる前の経歴もそれぞれ違う。

 だが、それでも……そう、シンが戦場で見せた力を思えば、そんなシンに畏怖を抱かない者は少ない。


「全員揃ってるな。戦いがなかったんだから、当然だが。……取りあえず、ここでやるべき仕事はもう終わった。崖崩れの処理はスティーグたちがやってくれるそうだから、俺たちはもうここにいる必要はない。ガストロイに戻るぞ」


 シンのその言葉に、蛇王の面々は複雑な表情を浮かべる。

 現在の拠点たるガストロイに戻れるのは嬉しいが、結局ここまで来た自分たちは、特に何もやってはいない。

 崖崩れの片付けもガストロイ軍がやっているのに対して、蛇王の面々は本当に何もしていないのだ。

 それこそ、ピクニックにでも来たのかと言われても、誰も否定が出来ない。

 ……実際、ガストロイ軍の中にはそんな視線を蛇王の兵士に向ける者もいたのだ。

 シンが強いのは分かっているし、圧倒的に多数の敵を相手にした場合、非常に強力な戦力となるのも分かっている。

 だが、それでも……出来れば戦い勝ったと思う者が、蛇王の中にはいた。


「シンのお頭、次の戦いはいつになると思いますか?」


 ふと、兵士の一人がそう尋ねる。

 だが、その答えを聞きたいのはその兵士だけではないらしく、他の兵士たちも同じようにシンに視線を向けていた。


「いつと言われてもな。……取りあえず、崖崩れの処理が終わらないと、新たに反乱軍が攻めてくるということはないだろうな」


 そう告げたシンの言葉に、聞いていた者たちはがっかりするのだった。

 

 

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― 新着の感想 ―
[一言] ≪第2章036≫より ≪本文≫ それでも……出来れば戦い勝ったと思う者が、 ≪誤字内容≫ 戦いたかったと
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