035
「……安らかに眠れ。お前との戦いは、儂が覚えておく」
フレッドの死体に向かって、マルクスは短くそう告げ、鎮魂を祈るように目を閉じる。
マルクスにとって、フレッドという相手は敵ではあったが、好敵手でもあった。
その大剣を振るって戦う実力は、一角の者と言うべき相手だったのだ。
だからこそ、マルクスはフレッドの死を悼むように、惜しむように、嘆くような態度を取る。
そんなマルクスの姿を見ていた兵士たちは、複雑な気分を抱く。
フレッドの部下としては、その仇を討った方がいいのかもしれない。
だが、そのフレッドは本来ならガストロイ軍によってたかって殺されるか、もしくは虜囚になるしかないことを、最後に騎士として、戦う者として満足出来る死を迎えた。
それを思えば、フレッドと戦ったマルクスに攻撃をする気にはなれなかった。
「……さて、お前たちの大将はこうなったが、お前たちはどうする?」
右肩に白蛇を……崖の中から現れた白蛇を乗せながら訪ねてくるシンに、兵士たちはそれぞれ視線を交わし……やがて、全員が一斉に持っていた武器を地面に落とす。
それは、降伏するという何よりの証だった。
そんな兵士たちの姿を見て、シンは少しだけ驚く。
てっきり、フレッドの仇として攻撃をしてくるのかと、そう思っていたからだ。
もしそうなったら、即座に石化の魔眼を使うつもりだったのだが……完全に予想が外れた形だ。
(降伏するのか。少し予想外だったけど……まぁ、捕らえた連中についてはスティーグやガストロイにいるアリスに任せればいいのか。この様子を見る限りだと、無駄に暴れたりもしそうにないし)
これは、フレッドの周囲にいたのが全員兵士だったからというのも大きいのだろう。
他の貴族も何人かいたのは事実だが、そのような者たちは全員が軍の中間辺り……場所的には、崖崩れが落ちたちょうどその場所に存在していた。
もしここに他の貴族がいれば、間違いなくフレッドの部下の態度を許容出来ず、最後まで戦えと言っただろう。
もしくは、フレッドが正面から負けたことで真っ先に降伏した可能性もあるが。
ともあれ、他に貴族がいないというのはシンたちにとっても……そして、降伏を選択した兵士たちにとっても、不幸なことだった。
「そうか。降伏するのか。……一応言っておくが、降伏した不利をして何か妙な真似をしようとした場合、こちらも相応の処置をとることになる。そんな判断はさせないでくれよ」
丁寧に相手に言い聞かせているようにも、威圧しているようにも聞こえるシンの言葉。
そんなシンの言葉に、武器を手放した兵士たちは特に何を言ったりといった真似もしない。
兵士たちの態度から、不満はないのだろうと判断したシンが何かを言おうとすると……
「シン殿!」
不意にそんな声が聞こえてくる。
声のした方に振り向くと、そこには騎兵が数騎。
後方で待機していたガストロイ軍の面々だ。
本来ならシンからの合図があるまで待っているはずだったのだが、先程の崖崩れの音を聞き、または離れた場所からでもその光景を見ることが出来たので、それでスティーグが様子を身に騎兵を寄越したのだろう。
スティーグにはどのような作戦を行うかというのは、知らせてあった。
だが、それでもやはりシンから聞いた話と、自分たちの目で直接この光景を見るというのは、大きく違ったのだろう。
そして、何があったのかと人を寄越したのは間違いなかった。
シンとしては、自分が呼ぶまで大人しく待っていて欲しかったというのが正直なところだが、今に限ってはちょうどよかったのも間違いない。
「よく来てくれた。見ての通り、敵の大部分は崖崩れに巻き込まれた壊滅した。そして、反乱軍を率いていた人物も、そこのマルクスが一騎打ちで倒した。そうしたら、その人物の部下たちが降伏したんだが、どうしたらいいと思う?」
「え?」
騎兵はシンの言葉に、驚きながら兵士の方に視線を向ける。
そこでは確かに、二十人近い兵士たちが武器を地面に置いていた。
この状況を見て、とてもではないがこれから戦おうとしているとは思えないだろう。
誰が見ても、降伏をしているようにしか見えない。
そして視線を逸らすと、そこでは地面に倒れている巨漢が一人。
ガストロイと隣接している貴族の者なので、当然のようにその自分の顔を騎兵は知っていた。
「一体、何が……?」
「だから、言っただろ? マルクスがそこのフレッドと一騎打ちして、マルクスが勝った。……そしてフレッドの部下たちは俺たちに降伏した。それだけだ」
「えっと……言いたいことは分かるんですが……」
戸惑ったように言葉を詰まらせる騎兵。
当然だろう。様子を見に来てみれば、敵の総大将は死んでいるし、その総大将の部下たる兵士たちはシンに降伏しようとしている。
これですぐに事情を理解しろという方が無理な話だ。
とはいえ、それでも偵察に向かうようにと指示された兵士だけに、何とか事情を理解し……口を開く。
「兵士たちは捕虜にすればいいでしょう。ですが、フレッド様が既に討たれたとなると……私では判断出来ません。至急、スティーグ様にこの件を報告し、判断を仰ぎたいと思います」
そう告げると、騎兵たちは相談し、一人は事情を説明するためにスティーグの下に返し、それ以外の面々は念のためのいうことでここに残ることになった。
この場合の念のためというのは、もし万が一降伏した兵士たちが暴れたときに対処するという意味だったのだが……シンが見たところ、フレッドの部下の兵士たちはとてもではないが隙を見て暴れたり、逃げ出したりといったような真似をするようには見えない。
それでもシンが何も言わずにいたのは、何か面倒があったときに任せるつもりになっていたためだ。
シンたちはそれぞれが強いが、人数が足りない。
であれば、いざ何かがあったときのために人手は多い方がいい。
また、降伏した兵士たちの面倒を見て貰うという理由もあった。
降伏した兵士たちの扱いという点では、サンドラがここにいるのだから、そちらに頼んでもいいのだが。
「じゃあ、この連中の相手は任せた。……一応言っておくけど、この連中が妙な真似をした場合は、相応の処置を取るように」
それは騎兵たちに言い聞かせているようでありながら、実際には降伏した兵士たちに向けられた言葉だ。
もし万が一ということを考えての行動。
とはいえ、フレッドとマルクスの決闘を見たあとでは、兵士たちにそのような真似をするつもりは全くなかったが。
「分かりました」
騎兵たちも、シンの言葉の意味を理解しているのかどうか。
その辺はシンにも分からなかったが、ともあれ兵士たちを任せることが出来たというのはありがたい。
そんな訳で、シンは降伏した兵士たちをその場に残し、崖に向かう。
「ちょっ、シンのお頭。崖に近づいたら危ないっすよ! もしまた崖崩れが起きたら……」
ジャルンカの、シンを心配する声。
実際に先程の崖崩れはシンが……正確にはハクが起こしたものだが、だからといってまた崖崩れが起きないとも限らない。
それを心配しての言葉だったのだが、シンはジャルンカに心配はいらないといった様子で崖と崖の間の道を見る。
そこには奥の石や岩が積もっており、すでに道と呼ぶべきものは存在していない。
(ただ、出来るだけ早く片付けないと、色々と不味いことになるだろうな。……アンデッドになられると、さらに厄介だし)
そう思いながら、シンはこちらの被害ゼロで勝てたことに安堵するのだった。




