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否、と。
シンの言葉をはっきりとそう断ったフレッドを見て、シンはそうかと頷く。
シンとしては、出来ればここで降伏してくれれば一番楽だったのだが、それでも戦いたいというのなら、それを拒否するつもりはない。
向こうは二十人程度。
それに比べて、シンたちは……今はシン、サンドラ、マルクス、ジャルンカの四人とハク一匹だけだが、背後にはスティーグ率いるガストロイ軍が丸々無傷で残っている。
普通に考えて、この状況で戦ったとしても勝つのは間違いなくガストロイ側だろう。
「シン、ここは儂に任せてくれないか?」
「……マルクス?」
シンはここは一度撤退してスティーグたちに合流するか、もしくはいっそのこと魔眼を使ってフレッド諸共敵全員を石化させようかと考えていた。
だというのに、何故ここでマルクスが自分に任せろと、そう言ってくるのかが分からなかった。
「こいつは覚悟を決めている。もう自分が生きて帰れないとな。だから、せめて名誉のために戦おうとしているんだ。……そんな相手を、シンの力で倒すのはあまり面白くない。それなら、儂がやってもいいのではないか?」
マルクスの言葉に、シンは少し考える。
マルクスとフレッドの二人は、双方共に巨漢と呼ぶに相応しい体躯をしており、力も間違いなく強い。
この二人が戦えば、どちらが勝つか。
シンの印象としては、個人としての強さという点では蛇王の中でもマルクスが突出している以上、マルクスが勝つと思う。
マルクスの強さは、何故山賊をやっていたのかと疑問に思うほどだ。
それこそ、マルクスがその気になれば、その突出した強さだけで貴族に士官なりなんなりをするのは難しくないと思うほどに。
そんなマルクスだけに、戦えば勝てるとシンも信じている。
だが同時に、フレッドもまたマルクスと同じくらいの巨躯だけに、戦えばマルクスが無事ですむという保証はどこにもない。
(どうする? けど、ここでマルクスを戦わせないと、マルクスの強さを信じていないって風に思われかねないしな。それに、マルクスがここで多少怪我をしても、もうこの戦いは俺たちの勝利で決まっている。何人か逃げた兵士がいるけど……狩られるのは時間の問題だろうし)
フレッドが呼びかける前に、もうこの戦場はどうしようもないと考えて逃げ出した兵士が数人いるのを、シンはしっかりとその目で確認していた。
それでも数人だけにそこまでの脅威にはならないだろうし、スティーグ率いるガストロイ軍によって残党狩りでもされればあっさりと見つけられるだろうという予想がシンにはあった。
「分かった。なら、マルクスに任せる。けど、この状況で任せるんだ。決して負けることは許さないぞ」
「分かってるよ。……ほら、準備をしろ。お前の最後の戦いだ。悔いを残したくはないだろう?」
そう告げるマルクスに、フレッドは一体どう思ったのか。
それは分からないが、笑みを浮かべているのを見れば、決して不愉快な思いをしている訳ではないのだろう。
マルクスの言葉に、大剣を……二メートル近い身体を持つフレッドが持っても大剣と呼ぶに相応しい武器を鞘から抜いて構える。
「すまないな。その心遣い、受け取らせて貰おう」
「気にするな。お前との戦いは儂が望んだことだ。……シン、いいな? この戦いは儂に任された以上、手出しは無用だ」
マルクスの言葉にシンが頷くと、その様子を見ていたフレッドも大剣を構えながら口を開く。
「お前たちもだ。いいな? この戦いはあくまでも一騎打ち。余計な真似はするな」
フレッドの部下たちも、その言葉に頷く。
こうして一騎打ちの状況が作られると、二人は……二メートルほどの身体を持つ二人が自由に戦える場所に向かって移動し……そして、お互いに武器を構えて向かい合う。
「行くぞ」
マルクスの短い一言。
それを聞くと同時に、フレッドは前に出る。
マルクスが一撃を放つのを待っていた場合、自分が圧倒的に不利になると、そう理解したためだろう。
実際、その判断はそこまで間違ってはいない。
マルクスが得意としているのは、あくまでも攻撃。
その攻撃は、今の状況では非常に大きな……それこそ最大の武器となるのは間違いないのだから。
「うおおおおおおっ!」
大剣を振るうフレッド。
その強さでそれなりに名前が知られているだけあって、フレッドの一撃は素早く、そして鋭い。
並の兵士なら、それこそ反応するようなことも出来ずに死んでいてもおかしくはない。
だが、今回の戦いの相手はマルクスなのだ。
フレッドの一撃を斧で弾くといった真似をする。
共に巨漢と呼ぶに相応しい体躯を持つ二人だけに、そんな二人が戦っている光景は非常に激しい。
大剣と斧がぶつかりあい、共に弾かれる。
そんな行動が一度、二度、三度。
それ以上の回数、繰り返される。
次々に放たれるその攻撃は、マルクスとフレッドだからこそ、何とか防ぐことも出来ていたのだろう。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』
放たれる怒声。
そんな怒声をお互いに発しつつ、双方共に自慢の膂力で敵に攻撃を当てようとする。
「凄いな」
そう呟いたのは、フレッドの部下の一人。
フレッドの部下であるだけに、フレッドがどれだけの実力を持っているかというのはよく知っている。
兵士の中では相応に腕の立つ方であるという自覚はあっても、フレッドと模擬戦をやれば、それこそ一合か二合武器を交えただけで武器を持っていられなくなる。
いや、場合によっては武器を吹き飛ばされることすらあった。
だからこそ、そんなフレッドと正面から戦っているマルクスの実力が……そして身体能力が並外れているということが分かってしまう。
「ぬぅんっ!」
今までよりも尚強い一声と共に、マルクスの強力な斧の一撃が振るわれる。
そんな斧の一撃を、フレッドは何とか回避して相手の大ぶりの一撃の隙を突くかのように大剣を振るう。
だが、マルクスも一撃を回避されたからといって、対処出来ない訳ではない。
自分に向かって飛んでくる大剣の刃を、地面を蹴ることによって回避する。
その身のこなしは、山賊として鍛えてきたマルクスだからこそのものだろう。
「ちぃっ、やる! だが!」
「はっ、その程度で儂をどうにか出来ると思ってるのか!」
大剣を振るうフレッドの攻撃を、マルクスは斧で受け流す。
斧の刃の丸みを持った部分を上手く活かしての行動。
それは誰にでも出来るのではなく、マルクスという技量の高い斧の使い手だからこそ可能となる、一種の妙技と言ってもいい。
そうして大剣の一撃を受け流し……マルクスは返す刃でフレッドの胴体を狙う。
フレッドは自分に間近まで迫っている死の気配を感じながら、それでも半ば本能的に大剣を手元に引き寄せ、斧の一撃を受け止めようとする。
「ぐうぅっ!」
斧によって胴体を真っ二つにされるのは防いだものの、大剣で受け止めただけで衝撃を全て殺せるはずもなく、フレッドは簡単に吹き飛ばされる。
二メートルほどもある巨躯を吹き飛ばすのだから、マルクスがどれだけの膂力なのか、見ている者全員が理解出来た。
「ぐっ、うおっ……」
地面を転げ回りつつ、何とか動きを止めるフレッド。
鎧を着ているが、それも身体全体を覆っている訳ではない。
特にここは岩場で……さらにはつい先程崖崩れが起きたばかりだ。
そうである以上、当然ながら周囲には大小様々な岩が落ちており、その岩はフレッドの鎧に覆われていない場所に食い込むには十分だった。
一騎打ちの最中で興奮状態のために、痛みは感じていなかったが……それでも動きが鈍るには十分で、何とか起き上がろうとした次の瞬間には、すぐ目の前にマルクスの振るう斧の姿があり……それが、フレッドがこの世で最後に見た光景となるのだった。




