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 ざっざっざっざ、と。

 そんな音を立てながら、反乱軍は進軍してくる。

 しかし……当然の話ではあったが、反乱軍を率いているフレッドは、そのまま全軍で崖に挟まれている場所に突入しようなどとは思わなかった。

 崖の間に兵士を配置し、下を通る敵に上から攻撃をするというのは、ここの地形を知っている者であれば普通に考えつく作戦だったためだ。

 また、ここまでかなり急いでやって来たために、兵士たちをある程度休ませる必要がある。

 ……ましてや、今回のこの討伐軍――アリスたちから見れば反乱軍だが――は、フレッドの実家たるギーソン伯爵家だけの戦力で構成されている訳ではない。

 それ以外にも様々な貴族が兵を出しており、その中にはギーソン伯爵家と長年に渡って因縁のあるライナー伯爵家の戦力すら入っている。

 このように多くの貴族が兵士を出している現状で迂闊な士気をした場合、責められるのはフレッドだ。

 これが、一刻も早く目的地に到着しなければならないのであれば話は別だが、今は特にそのようなこともない。

 であれば、当然の話だが兵士に厳しくしすぎる訳にはいかなかった。

 そのような理由から、現在はここまで急いで移動してきた疲れを癒やし、その間にフレッドは自分の部下を使って周囲の様子を……特に崖の上を重点的に探索させる。

 だが……報告に来た部下は、少し戸惑ったように口を開く。


「その、フレッド様。崖の上を調べてみましたが、誰も隠れている様子はありませんでした」

「……何? それは本当にか? 隠れている者を見つけることが出来なかったとか、そういう意味ではなく?」

「はい。こちらもしっかりと確認しましたが、間違いなく誰もいません」

「どういうことだ?」


 この地形を考えれば、間違いなく敵はこちらを待ち受けているはず。

 そう思っていたフレッドは、少し迷った様子で周囲の様子を確認する。


(敵がまだ来ていない? いや、もし軍の到着が間に合わなくても、こちらが来るよりも前に派遣することは出来たはずだ)


 この崖がある場所は、ガストロイの方が近い。

 そうである以上、どうしたってフレッド率いる軍よりも早くここに到着するはずだった。

 それを承知の上だったので、自分たちがここに到着してから念入りに崖の上を調べたのだが……


(やはり、こちらも先に足の速い部隊を送っておくべきだったか? 実際に、それが出来ればよかったんだろうが……いや、今ここでその辺りのことを考えても、意味はないか)


 今ここで無駄に考えても意味はない。

 フレッドが率いているとはいえ、この討伐軍は寄り合い所帯だ。

 もし先発部隊を送るといったことになってみれば、間違いなく皆がそれぞれの意見を出して、出発するのが遅くなっていただろう。

 崖の上に本当に敵がいないのであれば、それはこちらにとっても有利だと、そう自分に言い聞かせる。

 もちろん、これが罠だという可能性は理解している。

 いや、むしろ罠の可能性の方が高いと、そう思っているくらいだ。

 フレッドは、戦場での……鮮血の王女と呼ばれたアリスを知っている。

 そんなアリスが、わざわざ自分たちに有利な場所を押さえさせるかと言われれば、その答えは誰がどう考えても否だ。

 魔法を万全に使えるのであれば、そのような真似をしてもおかしくはないが、今のアリスはマジックアイテムによって魔法を封じられている。

 ……封じられていながら、そのような状況でもいくらかの魔法を使えるという時点で、色々とおかしいのだが。


(ともあれ、アリスの魔法を心配しなくてもいいというのは大きい。……魔法の封印が解除されるということはないよな?)


 もし封印が解除されていれば、それこそこれからアリスと戦うフレッドに連絡が来てもおかしくはない。

 それがないということは、まだアリスの魔法は封じられたままのはずだった。

 であれば、今はそこに気をつける必要もない。


「よし、進むぞ。ただし、崖の周辺はくれぐれも敵が潜んでいないかを調べろ。もし敵がいた場合は、どんな時であってもすぐに俺に知らせろ。いいな?」

「分かりました!」


 フレッドに命令された部下は、その場を素早く去っていく。

 それを見送っていたフレッドは、現在の討伐軍の状況を確認し……だが、それから数分もしないうちに、先程とは違う部下がやって来る。


「失礼します。フレッド様、ライナー伯爵家から面会の要請が来ていますが」

「……あ?」


 その一言に集約された感情は、報告を持ってきた兵士の足を止めるには十分だった。

 とはいえ、兵士の方もそれが役割である以上、ここで適当に誤魔化すといったことは出来ない。

 今の状況で自分のやるべき仕事をしっかりとやらないと、あとで面倒なことになるのは確実だからだ。

 幸いにも、フレッドもすぐに我に返る。

 代々敵対してきたライナー伯爵家だからこそ、今のこの状況で自分に対して嫌がらせをするというのは予想出来たのだ。

 ……いや、正確にはガストロイへの進軍が始まってから、ずっと細々とした嫌がらせを受けていたというのが正しい。

 ライナー伯爵家にしてみれば、ここでフレッドがガストロイを占拠したアリスとの戦いに負ければ、次は自分たちの番だと、そう考えてもおかしくはない。

 フレッドもそれは分かっているのだが、それでも表向きは協力する必要があった。

 そして表向き協力をするということは、裏では足を引っ張るようなことをしても構わないということ。

 少なくとも、ライナー伯爵家の方ではそう認識しており、ここに到着するまでにも細々としたことで足を引っ張られていた。

 とはいえ……今は討伐軍を率いているフレッドとはいえ、ライナー伯爵家は同格の爵位を持つ相手だ。

 何の理由もなく、面会を断るなどといった真似は、とてもではないが出来ない。


「分かった。会おう。ただし、現在はガストロイの攻略で忙しいから、あまり時間は取れないと前もって伝えておけ」

「は!」


 フレッドの言葉に、兵士は短く敬礼をするとその場から立ち去る。

 そんな兵士の後ろ姿を見送ったあとで、フレッドは面倒そうに息を吐く。


「全く、厄介な真似をしてくれる。……これなら、いっそのこと崖の上に敵がいてくれた方がよかったな」


 もし崖の上に敵がいれば、今頃はこうして悩んでいるような暇はなく、戦いの準備をしていただろう。

 そうすれば、面会を求められたとしても断る大義名分にはなったはずだった。


(もしかして、アリスもそれを狙ってここに戦力を置かなかった? ……いや、まさかな。それだと得られる利益と危険が釣り合わない。それに、ライアー伯爵家がこのような真似に出るとは、分からなかった可能性も高いだろうし)


 今回の一件においてまさかここまでライアー伯爵家がこちらの邪魔をしてくるとは、アリスであっても容易には想像出来ないはずだった。


(そうなると何故崖の上に陣取らない? 崖の上に陣取れば、そこを通るしかない俺たちは格好の的のはず。それこそ、ガストロイを守るのなら、そのような手段を取らないという選択肢はないはず。……一体、どうなっている?)


 疑問を抱くフレッドだったが、今はとにかく進軍する方が先だった。

 ……もっとも、その前に無駄な時間をすごす必要があったが。


「フレッド様、向こうの準備が出来たとのことです」

「……そうか。面会の撤回はなかったか」


 フレッドは部下からの報告に憂鬱なものを感じながら、意味のない面会に向かうべく、立ち上がるのだった。

 

 

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[一言] 《第2章030》 《本文》 ライアー伯爵家がこのような真似に出るとは、 今回の一件においてまさかここまでライアー伯爵家がこちらの邪魔をしてくるとは、 《誤字内容》 ライナー伯爵家
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