007
シンがヘルマンの率いていた山賊団を乗っ取った日の夕方……アジトの洞窟の前で、シンは新たに自分の部下となった者たちに視線を向けていた。
シンの横には、ヘルマンやジャルンカを始めとして、この山賊団の中でも幹部と言われている者の姿がある。
とはいえ、情報を集めるために山賊山脈の近くにある村に忍び込んでいる者や、見回りのためにこの場にいない者もいるので、この場にいる者で山賊団が全員という訳ではないのだが。
それでも、現在シンの前には三十人近い人数の山賊がいる。
(これだけいても、この山賊山脈の中では中規模くらいの山賊団だっていうんだから、一体この辺りにはどれだけの山賊がいるのやら)
とはいえ、ここまで急激に山賊が増えたのは、内乱のせい……だけという訳でもない。
内乱が始まる前から貴族による税の徴収は激しさを増し、税を支払うことが出来なくなった者が村や街から脱走しており、そのような者たちの行き着く先が、この山賊山脈だった。
もちろん、ここで山賊になる以外にも別の道を見つけた者もいるだろう。
だが、やはり一番多く行き着いた先が、この山賊山脈だったのは間違いない。
「俺が、これからお前たちを率いることになる、シンだ。……何か不満のある奴はいるか?」
夕日の光に照らされながら、シンは目の前の山賊たちに向かってそう告げる。
普通であれば、二十代、三十代……中には四十代の男が多く集まっている中で、十代のシンに従うなどといったことに不満を抱かない訳がない。
シンよりも年下の者は、この中には数人しかいないのだから。
それでも不満を口にしなかったのは、シンによって石像と化した山賊の姿を直接見ているからだろう。
シンがこの洞窟にやって来たときの戦いそのものを見てはいなくても、石像と化した山賊たちを見れば、嫌でもシンの異常さは納得せざるをえない。
……当然のように石化された山賊と仲の良かった者もいるのだが、自分の中にある怒りとシンに対する恐怖のどちらが強いかと言われれば、圧倒的に後者だった。
普通なら、相手を石化させるなどといった真似をするのは、躊躇してもおかしくはない。だが、シンはそれを躊躇するようなこともなく、あっさりと行ったのだ。
実力もヘルマンより上で、攻撃するのにも躊躇はしない。
そんな相手に、もし不満があっても堂々と言えるような者はいないだろう。
さらに、山賊たちにはジャルンカからシンについての情報が流れている。
少なくとも、シンはヘルマンと違って話を全く聞かないようなタイプではなく、下の者に八つ当たりをするような真似もしないだろう、と。
そうであれば、今までよりも楽な暮らしが出来るかもしれないという期待から、シンに対して不満を口にする者はいないのは当然だった。
そんな元部下たちの様子に、ヘルマンは微かに鼻を鳴らす。
不愉快な思いはあるが、シンという得体の知れない相手を前に、ヘルマンも迂闊な行動は出来ない。
そもそも、このような場所で行動に移すのであれば、シンの能力を見たときに大人しく降伏などはしなかっただろう。
誰も自分の言葉に異を唱えないのを確認してから、シンは口を開く。
「誰も反対する者がいないということは、俺がお前たちを率いることになる。それでいいんだな?」
誰も異論がないといった様子で沈黙を保ち、やがてシンはそれを確認してから再び口を開く。
「よし、これからは俺がお前たちを仕切る。いいか、山賊ってのは周囲に侮られるようなことになれば、もう終わりだ。それは、俺よりも長く山賊をやってきたお前たちの方が、よく知ってるだろう。だが、だからといって、誰にでも食いつくようなみっともない真似もするな」
そう告げたシンは、一瞬だけ自分の側に控えているヘルマンを見る。
ジャルンカからの情報で、ヘルマンは自分の力を根拠にして、他にいくつもある山賊団に対して敵対的な真似をしていたというのはすでに知っていた。
それだけに、完全な方針転換となる訳だが……元々この山賊団はヘルマンのワンマン体制であった以上、それがヘルマンからシンに変わっても特に戸惑う者はいない。
もちろんそれは今だけの話であって、山賊団を運営していく上でとなれば違うのだろうが。
「それで、まずは……何でも、捕らえた連中がいるんだって?」
「そうっす。何日か前にここを通った娼婦たちを捕らえてるっす」
女が捕らえられているというのは、シンにも理解は出来ていた。
ヘルマンが最初に姿を現したときに、それらしいことを言っていたからだ。
「……そうか。まぁ、こういう場所だけに女は必要だろうな」
呟きながら山賊団の面々を見回すと、その中には女の姿も数人ある。
だが、性欲の処理という点でその女たちが使われるのを望んでいるとも思えないし、その女たちも山賊団の重要な戦力なのだ。
そうである以上、出来れば山賊たちの性欲処理という点では娼婦たちに頑張って貰えれば助かる。
(とはいえ、無理矢理ってのは……ちょっとな。一応、娼婦たちにはしっかりと食料とかそういうのを支払うようにした方がいいか。上手くいけば、このままここに居着いてくれるかもしれないなし)
無理に娼婦たちを放り出すような真似をして、山賊団の女たちが他の男たちに襲われるような光景は見たくない。
自分の思うままに生きるということで、本来なら娼婦も何も関係なく好きなようにさせろ……と、そう言ってもいいのかもしれないが、シンの感情的にその辺りは受け入れがたく、好きに生きると決めたからこそ、娼婦たちの待遇をきちんとすると決めたのだ。
もっとも、娼婦を含めて人数が増えるということは、それだけ多くの食料や物資を必要とすることになる。
そう考えれば、娼婦たちを抱え込んだ分、山賊稼業を頑張らなければならないという思いがあった。
「ジャルンカ、娼婦を率いていた奴と交渉をしてくれ。これからは待遇を良くすると。その代わり、娼婦以外にも色々と仕事をして貰う必要があると。……それが無理なら、悪いがこの洞窟から出ていって貰う」
娼婦としての仕事だけではなく、雑用の類を任せる。
そうすることにより、空いた時間で山賊たちに戦闘訓練をさせようというのが、シンの狙いの一つでもあった。
山賊というのは、基本的には戦闘訓練をしたりはしない。
それでも数の差や地の利を活かして勝利するし、何より基本的に襲うのは勝てる相手だけなのだから、戦闘訓練をしようとは思わない。
いや、正確には何人かは戦闘訓練を行っている者もいるが、大抵の者は戦闘訓練をしたりはしない……といったところか。
それでも今まで何とかなってきたのは、ヘルマンの力が大きい。
ヘルマンはその性格はともかく、戦士としての才能という点では非常に高いものがある。
だからこそ、他の山賊団と戦いになっても、ヘルマンが出ることで大抵はどうにかなってきたのだ。
「今まではヘルマンがいたから、どうにかなったかもしれない。けど、これからは娼婦たちに雑用の類を任せ、全員が相応の戦闘力を持つために、訓練をする。もちろん、可能な限りだが」
これは、そもそも娼婦たちがシンの提案に頷かなければ、意味はない。
もっとも、シンは恐らく娼婦たちはこの提案に頷くだろうと考えていた。
何しろ、内乱で酷い扱いを受け、逃げている最中だった。隣国に行っても、行く当てもない。
そんな状況で解放されても、むしろ困るというのが正直なところだろう。
もちろん、それはあくまでもある程度の……もしくは最低限の生活環境を整えることが、必要だろうが。
(何だかんだで、日本の知識が役に立ってるのが……微妙な気分だな)
そんな風に思いつつ、シンはこれからこの山賊団がどのように活動していくのかの説明を続けるのだった。