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ガストロイから出撃した兵力の数は、千五百ほど。
本来ならもっと多くの戦力を用意出来たのだが、アリスがガストロイの領主となったことで、ガストロイを出て行った者も多い。
これだけの数でも、ガストロイにしてみればほぼ全力だった。
とはいえ、ガストロイの治安守るための兵士は置いていっているので、本当の意味で全力という訳ではないのだが。
「それで、シン。儂らはどうするんだ? ハクの力で大多数の兵士を倒すことは出来るんだろうが、向こうもそう簡単にこっちに好きにはさせないだろう?」
マルクスの言葉に、隣を歩くシンは肩に乗っているハクを撫でながら頷く。
「そうだな。それに……恐らく、この中にも反乱軍に通じている奴がいるはず。そいつがもし今回の作戦を知ったら、それこそ嬉々として知らせに行くだろうな」
「……スティーグにその件は言ったのか?」
「一応言ってある」
ガストロイ軍の指揮を執っている人物の名前を出すマルクスに、シンは短くそう答える。
本来ならガストロイ軍の上層部が指揮を執るべきなのだが、軍の上層部の多くがエドワルドが死んでだことにより、慌ててガストロイを脱出したり、アリスに反旗を翻した貴族たちに協力してシンたちに負けたり、それ以外にも様々な理由でアリスが心から信頼出来る相手はいなかった。
そのため、信頼出来る相手として選ばれたのが、ドワーフたちを纏めているスティーグだった。
ドワーフというのは、純粋に戦士として見た場合、かなりの強さを持つ。
頑強な身体に、強い筋力、底なしかと思わせるような持久力。
唯一身体の小ささが問題になるが、ドワーフの能力を考えればそれは十分対処出来る内容だった。
そんなドワーフを纏めているスティーグだけに、戦力としては、それこそ数の減った兵士たちよりも上だと言ってもいい。
そんなスティーグには、当然のように今回の作戦……いや、作戦と表現出来るほどに高尚なものではなく、どちからと言えば罠やペテンといった方が正しいだろう、崖崩れについてはしっかりと説明していた。
「なら、あとはスティーグに任せておけば、他の有象無象どもには対処してくれるだろうな」
マルクスの言葉に、シンは同意するように頷く。
何だかんだと、今回の戦いで一番派手に動くのは、シンたちだ。
ハクの能力を使ってとはいえ、崖崩れを意図的に起こすというのは、これ以上ないほどに強い印象を他の者たちに与えるだろう。
もっとも、だからこそシンたちを疎ましく思う者が出て来るのも、事実なのだが。
それこそ、前から来る的よりも後ろから来る味方の方を警戒する必要があるくらいには、しっかりとそちらに気を配る必要があった。
スティーグのように信用出来る相手ならともかく、中には隠れてシンたちの寝首を掻くのを狙う者がいる可能性も高いのだから。
(もっとも、そういう奴がいた場合、サンディにあっさりと見つかってしまう可能性も高いけど)
情報収集が得意なサンディは、当然のようにこの戦いにも参加している。
直接戦う戦力ではなく、偵察の戦力としてだが。
それ以外に、サンドラも蛇王の参謀という形でシンたちと一緒に行動していた。
シンもある程度部下を指揮するのは慣れてきたとはいえ、やはりこの手の行為は本職に……実際に部下を指揮して多くの戦いを行ってきた者には負ける。
そしてシンの戦力としての役目は、部下を指揮することではなく、あくまでもバジリスクの能力を使って敵に莫大な被害を与えるということであり、今回の戦いにおいてはハクに頼んで崖崩れを起こすということだ。
(にしても、何だってハクにあんな能力が発現したんだろうな。俺が土系の魔法を使うからか?)
卵のときは、シンの魔力を与えていた。
それが影響しているのでは? と思うも、それは今更かと考え直す。
すでにハクが生まれてしまっている以上、今の状況でそれをああだこうだ言っても、始まらないのだから。
それに、地面を潜りながら泳ぐなどという真似が出来るようになったハクは、もはや単なるペット枠ではなく、頼もしい相棒だ。
シンもそれは理解しているので、少しだけ……本当に少しだけだが、以前よりは扱いがよくなっている。
代わりに、ハクと一緒に訓練をしたりといったこともするようになったのだが。
「しゃー?」
シンの視線を感じたのか、右肩にいたハクがどうしたの? と鳴き声を上げる。
その様子を見れば、以前と全く変わっている様子は見えない。
もっとも、地面を泳ぐといったことをする場合は、今とは比べものにならないくらいに大きくなるのだ。
それを思えば、今のハクは愛らしいだけで十分……というのが、シンの感想だった。
「いや、何でもない。それよりも、今回の戦いではハクが一番重要な役割を果たすことになるから、頼むぞ」
「しゃー」
シンの言葉に任せてと鳴き声を上げるハク。
舌をチロチロと出している様子は、その大きさ……いや、小ささもあって、愛らしいという表現が一番似合う。
「シンのお頭、ちょっと来てくれないっすか!」
ハクと戯れていたシンだったが、ジャルンカの言葉で我に返る。
ジャルンカはかなり切羽詰まった様子を見せている。
嫌な予感を覚えたシンは、何かあったらすぐに行動に移れるようにと考えながら、口を開く。
「どうした? 何かあったのか?」
「はいっす。実は、反乱軍の方で動きがあったらしくて、かなりの速度で進軍を開始したと連絡がきたっす」
「……また、厄介な」
反乱軍が動いているのは分かっていたが、その速度はあくまでも軍が動く速度としては一般的なものだった。
だというのに、今の状況で進軍速度が上がったとなると、シンたちもそれに呼応して動く必要があった。
(いや、向こうの狙いはむしろそれなのか? この戦いの主導権を取るために)
反乱軍の方でも、当然のように自分たちが動けば、ガストロイ側で迎撃のために動くというのは、予想しているだろう。
ましてや、戦力を集めるときのに若干の問題があったために、それでよけいにガストロイ側に行動の自由さを与えてしまっている。
だからこそ、今はそれをどうにかするために、主導権を取り戻したいと思って行動を起こしても、おかしくはない。
「しょうがない。こっちも少し急ぐか。ジャルンカ、スティーグに少し急ぐと、伝言を伝えてこい」
「分かったっす!」
シンの言葉を聞いたジャルンカ、スティーグのいる方に向かって走り出す。
シンが立ち去ったジャルンカを眺めていると、マルクスが笑みを浮かべて口を開く。
「シンにとっても予想外の流れじゃないか? 儂にとってはどちらでも楽しそうだからいいが……どうするつもりだ?」
「こっちも速度を上げる。俺たちが到着するよりも前に、崖を抜けられたら困るからな」
今回の戦いにおいて、崖というのは戦力差を覆す最大の一手だ。
……実際には、戦力差を覆るという意味では、それこそシンの石化の魔眼を使うという手段もあるのだが。
崖崩れを起こして敵の大部分を倒しても、石化の魔眼で石像にしても、結局道を片付けないと移動出来ないのは変わらない。
にもかかわらず、何故崖崩れを選んだかというのは……ハクの崖崩れが本当に有効かどうかと確認するため、という意味が大きい。
確認するだけなら、それこそ別に敵が攻めて来た状況でやらなくても、敵がいないときにやればいいのだが。
ただ、せっかくだからというのが、この場合は大きい。
どうせやるのなら、敵に被害を与えようと。
また、もしハクが失敗しても、そのときは真の石化の魔眼を使えばいいという狙いもある。
そんな訳で、シンは前倒しになったスケジュールをどうするべきか、歩きながら考えるのだった。




