023
ガストロイに向かって討伐軍が出撃するという話は、即座に知らされた。
これは、討伐軍を率いるフレッドの思惑が強く影響している。
これから大軍勢がガストロイに向かう。それでも受けて立つ気はあるのかという脅し。
また、自分たちがこれから攻撃しにいくので、戦力を十分に整えて待っていろという挑戦。
他にも様々な理由があっての意図的な情報漏洩だったが、主な目的はその二つだ。
当然のように、アリスも向こうの考えは理解出来たので、毅然とした態度を崩すことはない。
「心配いりませんわ。私たちが負けることはありません」
ガストロイの有力者たちの前で、アリスはそう断言する。
だが、そんなアリスの言葉を聞いた有力者たちは、その言葉にすぐにそうですかと頷くことは出来ない。
「ですが、アリス王女。大丈夫だと言われても、正直なところ、私たちにはそれを頭から信じるようなことは出来ません。何をもって大丈夫だと言えるのでしょうか?」
「そうですわね。まず第一に、こちらには強力な戦力がありますわ」
「それは、あの蛇王という傭兵団のことですか? その……聞いた話だと、全員が山賊山脈の山賊だったという話では? そのような者を信頼しても大丈夫なのですか?」
有力者の一人が、苦々しげな表情で呟く。
……この有力者の男が苦々しげな表情をしているのは、男の商隊が以前山賊山脈で襲われたことがあったからだろう。
そんな過去があるだけに、アリスのことはともかくとして、山賊山脈の者たちで結成された蛇王に思うところは多くあった。
いや、蛇王を信頼出来ないという者は他の有力者の中にも何人もいる。
しかし……そんな有力者たちに対し、アリスは自信に満ちた笑みを浮かべて口を開く。
「問題ありませんわ。貴方たちが何を心配しているのかは分かりますが、今の蛇王はシンという人物を中心にして、しっかりと纏まっています。少なくとも、横暴な振る舞いは起きていないのではありませんの?」
それは、間違いなく事実だった。
すでに蛇王がガストロイに入ってきてそれなりの日数が経っているが、蛇王に所属している者が無意味に横暴な態度をとったことはない。
……もっとも、鉱山で働く男と酒場で喧嘩になったといったようなことは、結構な数あるのだが。
それでも、酒場の喧嘩は両成敗というのが、このガストロイにおいては暗黙の了解だ。
あまりに論外な……それこそ複数で一人を殴る蹴るといったようなことをするのであれば、話は別だったが。
普通の喧嘩であれば、何の問題もなかった。
「そ、それは……しかし、あのような者たちのことですから、いつ裏切らないとも限りません! ガストロイに攻めてくる敵の数が多くなれば、こちらを裏切る可能性が高いのですよ!」
必死に叫ぶ男に対し、アリスは全く気負った様子もなく首を横に振る。
「問題ありません。シンが裏切るなど、私は全く考えていませんので」
「何故ですか!? 何故、山賊たちをそこまで信じることが出来るのですか!」
結局のところ、アリスに不信感を抱いている有力者たちの不安……そして不満は、それにつきる。
いくらアリスがこの国の王女とはいえ、一緒に行動している者が山賊という点で不安を抱くなと言う方が無理なのだ。
……実際には、今のシンたちは山賊ではなく傭兵団だし、実際に傭兵団としてある程度の活動もしてきている。
だがそれでも、やはり山賊として活動してきた時間が長いだけあって、その振る舞いは山賊としてのそれだ。
これで、もしアリスが冒険者や普通の傭兵団――基本的に傭兵団は普通とは呼べない者たちが多いのだが――を連れてきたのなら、まだ納得することも出来ただろう。
だが、連れて来たのは結局元山賊の傭兵団。
それで不安や不満を抱くなという方が無理だった。
「私が蛇王の人たちを信じることが出来るのは……山賊山脈で短い間ですが暮らしたことがあるからですわ」
『……』
アリスの言葉に、有力者たちが黙り込む。
アリスが蛇王を……山賊山脈の山賊たちを連れて来たのだから、当然のようにアリスと山賊たちに繋がりがあってもおかしくはない。
また情報に聡い者は、山賊山脈の麓で行われた反乱軍と山賊たちの戦いについて当然のように知っている。
それでも……だがそれでも、アリスが王女という立場である以上、まさか山賊たちと一緒に生活をしていたというのは、完全に予想外だった。
それだけ、王女と山賊という言葉は結びつかないのだ。
実際には山賊山脈を纏め上げたシンの戦利品という扱いだったと聞けば、有力者たちは一体どう思うのか。
アリスはそんなことを考えたが、今はそんな悪戯をしているときではないと判断し、口を開く。
「とにかく、遠くないうちに反乱軍が攻めてくる以上、蛇王の力は必須ですわ。特にシンの力は、個人を相手にするよりも多数の敵を相手にするのに向いています」
蛇の王たるバジリスクの能力を持つシンだけに、様々な攻撃手段を持っている。
そんな中で、やはり一番強力なのは石化の魔眼だろう。
シンが一瞥しただけで、相手は石化してしまうのだから、その威力は凶悪の一言につきる。
それを言っていいのかどうか少しだけ迷ったアリスだったが、そもそもシンが自分の能力を全く隠す気もなく、今まで何度も大っぴらに石化の魔眼を使っていた。
……もっとも石化の魔眼を使われた者はその効果範囲内にいた全てが石化させられたのだが。
偶然石化の魔眼効果範囲外にいた者は石化せずにすんだが、それでもシンという人物に感じた恐怖は、その者たちの心にトラウマを刻み込むには十分だった。
「そうね。皆を安心させるためには、言っておいた方がいいですわね。蛇王を率いるシンは、強力な……それこそ、視界に入った者全てを石化させる魔眼を持っていますわ」
ざわり、と。
アリスの言葉を聞いた者の全員が、信じられないといた様子を見せる。
当然だろう。アリスが口にしたのは、それだけ信じられない言葉だったのだから。
「魔眼……ですか? しかし、それだけ強力な魔眼となれば、当然のように魔力の消耗も激しくなるのでは?」
魔法について詳しい者の一人がアリスに尋ねるが、アリスは首を傾げる。
「そうですわね。ですけど、シンの場合は魔眼を使っている上で魔力を消耗している様子はありませんわ。……そういう点でも、例外なのでしょうね。ちなみシンに魔法を教えたのは私なので分かりますけど、シンの魔力そのものはそこまで多くはありませんわね」
「では、どうやって魔眼を使っているのですか?」
「詳しい事情は分かりませんが、そういう魔眼だからとしか言えませんわね」
正確にはもっと色々と事情を知っているアリスだったが、それをここで口にする必要は感じられなかった。
……実際、現在ここに集まっている有力者の中にも、敵と繋がっている者がいるという確率はゼロではないのだから。
とはいえ、アリスが見た限りではそのような者はいないように思えた。
自分を騙している者がいなければ、の話だが。
そして王女として育ってきたアリスを騙せるような者がいるとは、到底思えなかった。
「ともあれ、事情は分かりましたわね。シンがいる限り、よほどのことがなければこちらが勝てるでしょうし……もしよほどの何かがあったとしても、こちらで対処するだけですわ」
そういい、アリスは自身に満ちた笑みを有力者たちに向け……それを見た有力者たちは、アリスの持つ迫力に自然と頷くのだった。




