006
山賊を降伏させた信也だったが、さてこれからどうするのかと迷う。
今の自分は何の後ろ盾もなく、それどころか覚醒させたバジリスクの能力を完全に把握し、使いこなしているとは言いがたい。
土の魔法にいたっては、才能を貰ったのはいいものの、どうやって使うのかすら分からないのだ。
ともあれ、この世界の情報を集めるため……ということで、信也は降伏させた山賊たちを適当にすごさせておき、その中でも幹部と思われる者たちから話を聞く。
「つまり、現在この国は内乱中なのか?」
「へい。そのおかげで、山賊山脈と言われているここにも、以前より山賊がかなり増えている有様っす」
信也のその言葉に、山賊の幹部……難しいことを考えられないお頭ではなく、ある程度ものを考えられる山賊が説明する。
いかにも下っ端的な語尾だったが、信也はそのことに特に気にした様子もなく話を聞く。
とはいえ、ここにいるのはあくまでも山賊だ。
この国の状況はともかく、周辺諸国の状況や、この世界が何と呼ばれているのかといったような、信也が欲しい情報はそこまで多く持っていない。
それでも、この世界に来たばかりの信也にとっては、情報というのはどのようなものであっても重要だった。
「内乱か。それは俺にとって良いのか悪いのか。正直なところ、微妙だな」
「俺っちたちにとっては、悪くないと思うっすよ」
「あー……お前、名前はなんて言ったっけ?」
「俺っすか? ジャルンカっす。よろしくお願いします、お頭」
「……そのお頭ってのは、止めないか?」
この山賊団を乗っ取ったのはいいものの、微妙にお頭と呼ばれることには違和感がある。
だが、信也のその言葉にジャルンカは戸惑ったように口を開く。
「でも、お頭はお頭っすよね?」
「まだちょっとその呼び名には慣れてないだ。信也……」
そこまで口にして、信也は自分の名前が憎んでもあまりある父親が付けた名前だったことを思い出す。
すでに信也という名前がどのような意味を込めて付けられたのかというのは覚えていないが、それでも父親が得意げに言っていたのだけは覚えている。
(そうだよな。せっかくあんな父親の存在しない、異世界なんて場所に来たんだ。わざわざあの父親が付けた名前を使い続ける必要はない、か)
そこまではあっさりと……それこそ信也自身ですら不思議に思うほどに決められたのだが、かといって自分は何と名乗ればいいのかとなると、迷う。
元々ネーミングセンスに自信がないというのもあるし、何よりここで下手に凝った名前を付ければ、もし呼びかけられても、自分のことだとは思わずに無視してしまう可能性が高かった。
そうである以上、名前を変えるにしても今の信也という名前とは似て非なる名前にするのが最善であり……
「そうだな。俺のことはシンと呼んでくれ」
結局信也は也の部分を取り、信と……いや、シンと名乗ることにする。
シンと信也では大して変わらないような気がしないでもなかったが、本人の気分的にはその一文字が違うだけで大きく気分が変わっていた。
「はぁ、分かりやしたお頭」
「だから、シンだって」
「え? あ、はい。シンのお頭」
「……もういい」
結局どうしようとお頭という言葉が抜けないのは、シンにも理解出来た。
取りあえず、一緒に活動していればジャルンカもいずれ普通に呼べるようになるだろうと判断する。
「それで、大体この辺の事情は分かった。ただ……ここが山賊山脈なんて呼ばれてるんなら、それこそ通る人がいないんじゃないか?」
「一応、隣の国に行くにはここを通らなくても行けるらしいんですが、そうなる日数的にかなり余分にかかるらしいんすよ。それこそ、以前聞いた話によると、最低でも五倍……もしくはそれ以上に金がかかるとか」
「五倍、か。……しかも最低でも。それを考えれば、ここを通った方が安上がりなのは間違いないが……それでも、かなりの賭けになるんじゃないか?」
「そうっすね。ただ、この山脈の中でも、山賊を護衛に雇えば無事に通り抜けられるっす。……もっとも、山賊の中にはそんな山賊を襲う奴もいるし、それどころか護衛している奴を逆に襲うって奴もいるっすけど。中には冒険者を護衛に雇ってるので、それを断って戦いに……ってこともあるっすけど」
「あー……なるほど。そういう感じなのか。そうなると、山賊同士でも結構仲が悪かったりするのか?」
「そうなるっす。うちは……友好的な相手は少ないんすけど。前の頭がそういうのに興味がなかったんで」
そう言われたシンは、自分が会った山賊の頭を思い出す。
もっとも、今はシンが頭なのだが。
ともあれ、シンが見たところではとてもではないが他人と友好的にやれるような性格には思えなかった。
そもそもの話、山賊である以上はあのような性格の者が多いのではないか、という思いもあったが。
「あの男……えっと、名前はなんだっけ?」
「ヘルマンっすね」
「その、ヘルマンは俺に降伏してこの山賊団を俺に乗っ取られた訳だけど……正直なところ、どう思う? 大人しく俺に従うと思うか?」
ジャルンカは、つい先程まではそのヘルマンに従っていた身だ。
そんな状況でそのようなことを聞いても、素直に答えるかどうかは分からなかったが、シンは恐らく答えるだろうという予想があった。
それは何の根拠もない訳ではなく、ジャルンカの視線の中に、自分に対する憧憬のようなものがあったからだ。
この手の視線は、日本にいたときにシンも何度か向けられたことがある。
シンとしては認めたくなかったが、父親からの教育で何事もそつなくこなしてしまうシンに対してそういう視線を向ける者もいたのだ。
……もちろん、男女で視線の意味は大きく違ったが。
「うーん、ヘルマンは力だけで俺たちを支配してたっすから。力で負けた……とは思えない以上、素直に従うとは思えないっすね」
ジャルンカはあっさりとそう告げる。
仮にも自分たちを率いてきた相手に対して、全く忠誠心といったものを抱いていないらしい。
(これが、ヘルマンだからなのか。それとも……俺も迂闊に信じるのは危険か?)
シンの目から見て、ジャルンカは情報に詳しいし、相手がどのような情報を知りたいのか察してくれる。それでいながら、自分のように怪しい者の素性を探るようなこともしない。
普通に考えれば、魔法でも何でもなくバジリスクの能力――ジャルンカはそうだとは知らないが――を使って任意の相手を石化させるような能力を持ち、それでいながら常識――例えばこの国の情勢とか――と呼ぶべきものを知らないシンは、怪しいことこの上ないはずだった。
とはいえ、そんなジャルンカの態度はシンにとっても都合が良いので、藪を突いて蛇を出すような真似はしない。
ジャルンカが何故か自分に憧れのような感情を持っているのであれば、自分を裏切るような真似をしないだろうと納得する。
(本来なら、二十代半ばくらいの年齢の奴が年下の俺に憧れの感情を持つなんてのは……少し、不思議ではあるんだけどな)
そんな風に思いつつ、シンはこの世界の常識を色々と学ぶのだった。