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018

「ひっ、ひいいいいいっ!」


 アリスがエドワルドを殺したのを見た者の何人かが、悲鳴を上げる。

 この世界において、人の命というのは決して高価なものではない。

 いや、安いとすら言ってもいいだろう。

 だが、それはあくまでも普通の者にしてみればの話であって、エドワルドとお近づきになりたいと思うような……言わば、上流階級の人間にしてみれば、人の死というのは見ることは多くはない。

 もちろん、その辺りには個人差があるのだが、幸いなことに……もしくは不幸なことに、この場にいる者は全員が人の死というのを間近で見たことがないような者の集まりだった。


「静まりなさい。……安心してもいいわ。貴方たちを殺すようなことはしないから」


 そう言い、アリスはエドワルドの前で被ったフードを再び脱ぐ、

 露わになる美貌。

 だが、それを見た者たちは、アリスの美貌を見て驚くのではなく、アリスの姿そのものを見て驚きを見せる。

 何故なら、アリスの顔というのはそれほどまでに有名だったのだから。

 王女だというのに、前線で戦う強力な魔法使い。

 実際にその魔法の腕によって、多くの敵を葬ってきた。鮮血の王女。

 そのような有名人だけに、アリスの顔を知っている者も多かった。


「ア、アリス……王女……」


 そう呟いたのは、一人の男。

 商人として、ガストロイで製造された武器や防具を買い付けるために、エドワルドと接触していた男だ。

 武器や防具を商品としているだけに、戦場については詳しい。

 鮮血の王女として名高いアリスのことも、当然のように知っていた。

 他の商人や貴族といった者たちは、名前を呼ばれたアリスが笑みを浮かべたのを見て、目の前にいる人物が正真正銘の本物であることを悟る。

 何故ここに。そう思ったが、エドワルドを殺したことを考えれば、その理由は考えるまでもなく明らかだった。


「アリス王女! 私はアリス王女が貴族軍……いえ、反乱軍と戦う際に武器や資金を提供する用意があります!」


 混乱から立ち直って真っ先にそう口にしたのは、最初にアリスの名前を口にした男だった。

 他の者たちも、現在自分たちがどのような状況にあるのかを理解すると、それぞれに自分も武器や防具、食料、資金、場合によっては兵力までも提供すると口にする。

 それが本当なのかどうかは分からない。

 だが、エドワルドというガストロイの領主を殺した現場に居合わせた以上、ここで下手な行動を起こせば自分の死に繋がるというのは、十分に理解出来た。

 だからこそ、こうやって自分は役に立つと主張して何とかこの場から生きて帰ろうとしているのだろう。

 だが、そんな者たちに対してアリスは黄金の髪を掻き上げながら口を開く。


「心配しなくても、貴方たちを無事に帰しますわ。今回の一件を大々的に知らしめてもらう必要がありますもの。……ただ、そのあとでも、私に協力をするというのであれば歓迎しますけどね」

『……』


 アリスのその言葉に、話を聞いていた皆が沈黙する。

 当然だろう。ここで無事に帰して貰えると理解した以上、わざわざ不利な方に協力する必要はないと考えたのだ。

 ……そんな中で、真っ先に協力すると言った男……二十代後半から三十代前半といった様子の男だけが、再び口を開く。


「では、今日にでもそちらに伺いたいと思いますが、構いませんか?」

「……本気ですの?」


 その言葉には、アリスも普通に驚く。

 自分に協力するというのは、完全にこの場から何とか無事に帰るだけの方便だと思っていたのだ。

 それが、本当の意味で協力をすると言われれば、アリスは驚く。

 シンやマルクスもその男の言葉には驚いたが、山賊山脈で山賊を相手に商売をする商人がいるということを考えれば、不思議と納得出来た。

 とはいえ、その男の言葉が決して普通ではないというのは、それこそこの場にいた他の者たちの……特に同じ商人の視線が信じられないといった色を浮かべていたのを見れば、明らかだ。

 だが、そんな視線を向けられていると知りつつも、協力すると口にした男は笑みを浮かべたままで――シンの目からは若干強がっているように思えたが――口を開く。


「貴族たちによってミストラ王国が差配されるようになりましたが、その結果として様々な問題が起きています」

「聞いているわ」


 いくつかの村や街を占領下においているので、アリスもその言葉の意味は分かった。

 国王やその家族を倒すこと成功した貴族たちは、端的に言って調子に乗ったのだ。

 国王を倒すことが出来た全能感に酔い、その勢いのままで自分の領土を……もしくは国王に協力していた者たちから奪った領土を治めることにした。

 その結果、全能感に酔ったことが影響し、様々な問題を起こした。

 突然税金の額が上がったりするくらいは当然で、場合によっては初夜権などというものを行使する者すら出て来たのだ。

 初夜権というのは、結婚したばかりの妻を領主が抱く権利と言ってもいい。

 当然そのような権利を実行されれば、その領土で反発も大きくなる。

 だが、自分たちなら問題ないと判断し、それを強行した……といった者もいる。

 他にも様々な問題が起きていた。

 商人としてはそんな貴族と商売などしたくはないが、それでも自分の商会の者たちを食べさせていく必要がある。

 出来れば他の相手と取引をしたいが、現在は貴族たちによってこの国は占領されてしまっていた。

 反抗勢力もいないことはないのだが、そのような勢力は小さく、商売として成り立たせるのは難しい。

 だからこそ、こうして王女のアリスが……それも実際に幾度となく戦場で戦ってきた人物がこうして貴族を倒そうとしているのを見た瞬間、賭けてもいいのではと、そう思ったのだ。

 そう説明した商人の言葉に、アリスは納得したように頷く。


「分かりましたわ。では、貴方には蛇王の補給を担当して貰います」

「……蛇王?」


 アリスの口から出た言葉に、男は首を傾げる。

 この反応は分かりきっていたので、アリスは特に不愉快に思う様子も見せず、口を開く。


「私が雇っている傭兵団ですわ。フレデリク・エリアション率いる反乱軍も倒した実力の持ち主ですわね」

「……それは……」


 男も、フレデリク・エリアションという名前は知っている。

 貴族以外は人間にあらずといった偏見の持ち主だったが、その実力は間違いなく一流。

 そのような相手に勝ったというのであれば、実力は信頼出来る。

 とはいえ、男の目から見てマルクスはともかく、シンの方はとてもではないがそのような実力の持ち主には思えなかった。

 細身で、白蛇を連れているのが珍しいが、実力があるようには思えない。

 だというのに、一緒にいるマルクスも……そして、アリスまでもが、シンを尊重しているように思えた。

 だが、この期に及んで……エドワルドを殺すといったような真似をしてまで、シンの実力を虚偽とするとは、思えなかった。

 実際にバジリスクの能力を使わないシンの実力は、流星錘と土系統の魔法という、一種の初見殺しに特化していると言ってもいい。

 そういう意味では、男の目は決して間違っている訳ではなかった。

 この期に及んで、シンの実力を信用出来ないと言うことも出来ず……男は、シンに向かって一礼し、口を開く。


「私はガエタン・ダステと言います。これからアリス王女に……そしてシンさんの率いるという蛇王に協力しますので、よろしくお願いします」


 そう告げるのだった。 

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