017
「き、貴様……一体、何のつもりだ!」
部屋の中に入ってきたシンに向かってそう言ったのは、エドワルド。
このガストロイの領主にして、暗殺対象だ。
他にもエドワルドとお近づきになりたい者が何人かいたが、その者たちはシンたち……正確には筋骨隆々と呼ぶに相応しいマルクスを見て、それ以上は動けなくなる。
護衛の一人でもいれば、もしかしたら何らかの対処が出来たかもしれない。
しかし、エドワルドの要望によって二階には護衛を連れてくることは出来なかった。
そもそも、この劇場で誰か他人に襲われるなどといったことは、全く予想していなかったのだ。
……なお、アリスを見ても驚いたように見えないのは、フードを被って顔を隠しているからだろう。
アリスはこの国で元王女というだけではなく、戦場に立つ凄腕の魔法使いとしても名前が知られている。
当然のようにその顔を知っている者も多く、だからこそ今は顔を隠しているのだ。
もしアリスが顔を露わにしていれば、この場にいる全員が……もしくは全員ではなくとも大多数がアリスの顔を見て驚愕の表情を浮かべただろう。
そしてエドワルドは、自分が反乱軍……貴族派の一員であると知っているだけに、今よりもよけいに騒いでいたはずだ。
……何故なら、アリスが自分の下にくるなどということが示す理由はたった一つなのだから。
このガストロイで生み出された多くの武器や防具は、反乱軍に大量に流されていたというのは、誰もが知ることなのだ。
それがアリスの現在の境遇に繋がっているということは、間違いのない事実だった。
「さて、まずは騒がないでいてくれて助かった。俺たちは色々と聞きたいことがあって、ここに来た」
正確には暗殺をするために来たのかだが、それを素直に言えばエドワルドが口を割らない可能性も高い。
だからこそ、もしこちらの聞きたいことを話せば命はとらないという態度を取る必要があった。
「な、何が聞きたい! 俺に何を喋らせたい!」
案の定、エドワルドはシンの言葉を聞き、反射的にそう告げる。
取りあえずこれで向こうは喋る気になったなと判断したシンは、アリスに視線を向けた。
その視線を受け、アリスは一歩前に出る。
そんなアリスに、エドワルドやそのエドワルドとお近づきになりたい者たちの視線が向けられていたのだが、本人はそのようなことは全く気にした様子もなく、口を開く。
「さて、色々と聞きたいことはあるんだけど、まず大前提となっている質問からするわね」
アリスの言葉遣いがいつもの……いわゆる、お嬢様っぽいものではないことにシンは気が付き、マルクスも少しだけ驚いて眉を動かして見せるが、特に何かを口にすることはない。
恐らく、アリスは自分の身の上を隠そうとして、そうしているのだと予想するのは難しくなかったためだ。
「大前提? 何だ? この劇場について知りたいのか?」
何故そのような結論になったのかは、アリスにも……いや、近くで様子を見ていたシンやマルクスにも分からなかったが、ともあれそんな質問にアリスは首を横に振る。
「違うわ。エドワルド・ガーデン。貴方現在この国で起こっている内乱において、反乱軍……貴族たちに武器を優先的に渡した。違うかしら?」
「このガストロイは鉱山や鉄鋼業、武器や防具の製造を行っている場所だ。より高値を支払う相手に商品を売るのは当然だろう!」
顎と頬の肉を揺らしながら、エドワルドは自信満々にそう告げる。
自分のやったことに何の問題もないと、そう思っているかのように。
……いや、商売人としては、それはそこまで間違っている訳ではない。
ただし、今回の一件において問題なのは、貴族たちが反乱を起こすと、知っていた上で売ったという一点。
「貴族たちが反乱を起こしたことについて、何か思うところはないのかしら?」
アリスのその言葉に、エドワルドは軽く眉を顰めたあとで口を開く。
「何か、だと? 世の中、力のある者は全てを決める。そういう意味で、ミストラ王国は実力が足りなかった。それだけだ」
そこまで告げたエドワルドは、ふと何かに気が付いたかのようにフードを被っているアリスに視線向け、口を開く。
「そのようなことを聞いてくるとなると、貴様は国王に忠誠を誓う者か? 馬鹿が。部下の反乱を未然に防ぐことが出来ず、反乱が起きてもそれを止めることが出来ない無能者よ」
「……そうね。それは否定しないわ」
エドワルドの言葉を否定せず、それどころか肯定すらしてみせたアリス。
その光景を見ていたシンは、そんなアリスの姿に驚くも……その声には怒りが滲んでいるのが分かれば、納得してしまう。
しかし、エドワルドはそんなアリスの様子に、自分の言葉で説得出来たとでも考えたのか、満足そうに笑みを浮かべつつ、言葉を続ける。
「分かればいい。どうだ? お前も無能な国王に忠誠を誓うような真似を……せ……ず……」
エドワルドの言葉が途中で途切れたのは、アリスがフードを脱いだから。
煌めく金髪と非常に整った顔立ちは、絶世の美女と呼ぶに相応しかった。
だが、エドワルドが言葉を止めたのは、それが理由ではない。
その顔に、見覚えがあったからだ。
「ば、馬鹿な……アリス王女……」
そう呟かれた声は、小さかったからだろう。
ここにいる他の者たち……エドワルドとお近づきになりたいと思う者たちの耳に届くようなことはなかった。
フードを抜いた顔も、エドワルドだけに見えるようにしていたことも影響しているのだろう。
「さて、私が誰なのか分かったところで、色々と聞かせて貰いますわ。……嫌とは言わせませんわよ?」
そう告げるアリスの視線は、非常に鋭い。
その視線に圧倒されつつ、エドワルドはアリスの質問に答えていく。
とはいえ、シンやマルクスに聞こえてくる質問は断片的だ。
ここにいる、エドワルドとお近づきになりたいと思う者に、その辺りの話を聞かせたくないのだろう。
……ただし、質問が進むにつれてエドワルドの表情は追い詰められたものになっていくのを思えば、どのような質問がされているのか予想するのは難しい話ではない。
「っと、動くな」
エドワルドの様子が気になったのだろう。この部屋に元からいた者の一人が椅子から立ち上がろうとしたところで、シンは警告の声を上げる。
だが、男にとって不幸だったのは、その声を発したのがシンだったことだろう。
これが、マルクスのように見ただけで圧倒的な迫力を持つ者であればまだしも、シンの場合はその外見は決して強そうには見えない。
とはいえ、それでも表だって堂々と逆らうような真似はしない。
生意気だからと何か口にした場合、それをマルクスが見ていればどうなるのか。それくらいは容易に想像出来るためだ。
今は、とにかくこの場をどうにか生き延びる必要があった。
それを理解しているがゆえに、アリスとエドワルドの会話に興味を示しつつも、この場にいる者たちは行動出来なかった。
そんな状況の中でも一階で行われている演劇は中止することもなく続いている。
……そもそも、現在ここでこのようなことが行われていると、全く誰も気が付いていないのだから、それも当然だろう。
二階にあるここは、一階の舞台を眺めることは出来るが、舞台から二階のこの席の様子を確認することは出来ないのだ。
そして、一体どれだけの時間が経過したのか……舞台の上で恋人と抱き合う主人公というクライマックスの中……
「ぐげっ!」
情報を全て聞き出したアリスが、エドワルドの息の根を止めたのだった。




