016
バジリスクの持つ能力の一つ、石化の魔眼によって階段を守っていた護衛たちは石像と化した。
それを確認したシンたちは、素早く階段に向かう。
護衛たちが石像と化した以上、その護衛たちに騒がれるようなことはない。
だが、その石像を見た者が驚いて悲鳴を上げる可能性があった。
石像をどこかに運んでしまえばいいのかもしれないが、それよりも素早く暗殺をしてしまった方が手っ取り早い。
また、現在は演劇が行われており、劇場の中を歩いている者も決して多くはないというのも、シンたちに味方をしていた。
シン、アリス、マルクスの三人は、石像の間を縫うように移動して階段に到着すると、そのままの勢いで上っていく。
……それでいながら、足音がほとんどないのは、山賊の面目躍如といったところか。
もっともアリスは元王女で、シンは異世界から転移してきた存在で、唯一本職のマルクスも隠密行動よりは正面から戦うといった方が得意なのだが。
このような隠密行動が一番得意なのは、やはりサンディだろう。
戦闘は得意ではないので、その隠密行動が生きるのは情報収集や偵察のときだが。
音を立てないで進むことが出来るのは、階段に敷かれている絨毯が厚いからというのもある。
この辺りも、金に糸目を付けずに用意した、エドワルドらしいのだろう。
それが巡り巡って、自分を暗殺する相手が近づくことに全く気が付かない理由となってしまっていたのだが。
階段を上がったところでシンたちが出たのは、廊下。
廊下には三つの扉があり、それぞれが演劇を見るための特別な席となっている。
その三つの扉の前に護衛の姿はないのは、シンたちにとって幸運だった。
本来なら、それぞれの部屋の前に護衛がいてもおかしくはない。
それがいないのは、単純にエドワルドが扉の外とはいえ護衛がいては演劇に集中出来ないからという理由からだ。
このガストロイの領主たるエドワルドがそうしているのだから、そのエドワルドとお近づきになりたい者が、それに反対する訳ではない。
そのおかげで余計な死人や石像が生み出されてなかったのは、双方にとって幸運だったのだろうが。
「さて、問題なのはどの扉の先にエドワルドがいるかだな」
扉を見ながら、シンが呟く。
当然のように扉は閉まっており、三つの部屋のどこにエドワルドがいるのかというのは分からない。
サンディがいれば、前もってその辺の情報を入手出来ていたのかもしれないが……残念ながら、サンディはここにはいない。
そうである以上、シンたちが自分でどの部屋にエドワルドがいるのかというのを調べる必要があった。
普通ならエドワルドがいる部屋はお気に入りで気に入っていてもおかしくはないのだが、サンディが手に入れてきた情報によると、部屋によって役者の声の響き方や演出の見え方といったものが微妙に違うらしく、その劇によって座る席を変えるので、どこにいるのかは分からない。
つまりエドワルドを暗殺するためには、まずどこにいるのかを確認する必要があった。
「……この場合、俺が一番それ向きか?」
シンの言葉にマルクスは素直に頷くが、アリスは微妙な表情だ。
マルクスの場合は、その身体の大きさから自分が隠密行動に向いていないというのは理解している。
だが、アリスの場合は自分でもそれなりに動けるという思いがあるからこそ、シンの言葉に素直に頷くことは出来なかった。
とはいえ、誰かがやらなければならない以上、石化の魔眼を持つシンが咄嗟にすぐ反応出来るというのも、間違いのない事実だ。
最終的にはアリスもシンの言葉に頷く。
「それで、どうする? エドワルドを見つけたら、すぐに石化してもいいのか?」
「いえ、出来れば色々と情報を聞きたいところですわ。このガストロイの領主ですもの。間違いなく、何らかの情報を持っていますわ」
アリスの言葉に、シンは少し難しい表情を浮かべつつも頷く。
反乱軍を倒す必要がある以上、その情報というのは可能な限り知っておく必要がある。
だが、情報を聞き出そうとして生かしている間に騒がれるというのは、出来れば避けたかった。
その双方を考え、シンの表情は難しいものになったのだ。
「……分かった。ただし、エドワルドが騒いだり逃げ出すようなことがあった場合は、即座に殺す。それでも構わないな?」
「ええ、それは構いませんわ。情報は大事ですが、その情報を得ようとして逃がすなどといった真似は馬鹿馬鹿しいですもの。……もっとも、部屋の前にマルクスがいれば逃げられるとは思いませんけど」
それが事実なのは、間違いなかった。
扉の前にマルクスがいれば、扉の大半を塞いでしまう。
そのような状況で逃げられるかと言われれば、その答えは否だろう。
「心配なのは、逃げられないと思って一階に飛び降りないかということですわね」
特別な席は二階に存在している。
そこで演劇を見ているのだから、当然のように二階から一階に飛び降りるといったことも可能だ。
ただし、当然ながらそのような真似をした場合は、怪我をする可能性が高いだろうが。
「その場合は誰にも知られずに暗殺というのは無理になるだろうけど、その辺は確実に殺すよ。……さて、こうしていつまでも話している訳にはいかないから、早速行動に移るぞ。階段の所の石像がいつ見つかって騒ぎになるかも分からないしな」
「お願いしますわ」
「分かった。敵が多い場合は俺たちもすぐに出る」
アリスとマルクスがそれぞれに頷くと、それを見たシンはハクを右肩に乗せたまま行動に移る。
まずシンが最初に向かったのは、一番近くにある扉。
幸いにも、扉そのものは彫刻を施したりされていても、そこまで重厚なものではない。
ドアノブを軽く捻ねれば、容易に中を見ることが出来た。
少しだけ開いた扉の隙間から、そっと中を覗くシン。
だが、扉の中には誰もいない。
(誰もいない? あ、いや、まぁ……考えてみれば当然なのか?)
二階にある扉は三つ存在しているが、今日は別にエドワルドが大々的に皆を集めている訳ではない。
シンたちが容易に劇場に入ることが出来たように、あくまでも庶民的な――それでも相応の入場料はするが――催し物なのだ。
それを思えば、エドワルドとお近づきになりたい者が絶対に二階にある特等席にいるとは限らない。
そもそもの話、エドワルドとお近づきになりたいのなら、一緒の席で見るといったことをするだろう。
そう思いながら、扉を閉め……後ろにいる他の二人に向かって首を横に振る。
シンの様子に驚きながらも、すぐにそういうこともあるだろうと頷くアリス。
マルクスの方は、つまらなさそうにしていたが。
続いてもう一つの部屋を覗くが、そこにも誰の姿もない。
そうなると、残っているのは最後の一つ。
ここには確実にエドワルドがいるだろうということで、緊張しながら扉を開けるが……
(いた)
サンディや協力してくれる男たちから聞いたような人物が、部屋の中にはいた。
一言で言えば、着飾った豚か。
悪趣味な……悪い意味で貴族的な服を着た、太った三十代半ばほどの男。
席の位置や外見から考えて、その人物がエドワルドで間違いないと判断する。
他にもいくつか席はあり、そこにはエドワルドとお近づきになりたい者たちの姿がある。
シンにとって少し意外だったことだが、部屋の中には護衛の姿はない。
恐らくエドワルドが演劇の鑑賞をするのに邪魔だと、そう判断したからだろう。
これは暗殺を行うつもりのシンたちにとっては、幸運だと言ってもいい。
(行くぞ)
視線で後ろの二人に確認すると、すぐに頷きが返ってきて……シンたちは、一斉に部屋の中に飛び込むのだった。




