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015



『何故貴方は私のこの想いを理解してくれないの? 共にすごした、あの熱い夜のことは一体遊びだったとでも?』

『違う。俺は間違いなくお前を愛している。だが……それでも、どうしようもないこともあるんだ!』


 舞台の上で二人の役者が演劇を行っている。

 この劇場の仕掛けなのか、それとも劇団が持ってきたマジックアイテムか何かなのかは分からなかったが、舞台の上にいる役者の声はシンたちがいる場所……席の中でも最後尾に近い場所までも、しっかりと聞こえてきた。

 とはいえ、内容はありふれた恋愛物であり、恋愛小説や恋愛映画といったものには日本にいた頃から興味を持っていなかったシンにとっては、退屈な代物だった。

 もっとも、シンが日本にいたときは習い事がスケジュールに詰め込まれており、映画や小説を楽しむような時間はほとんどなかったが。


「これ、面白いか? 儂の出番まで、寝ててもいいよな?」


 シンの隣で演劇を見ていたマルクスが、その体躯に見合わぬ小声で呟く。

 シンとしては、正直なところその言葉に頷いてもよかった。

 劇の途中で抜け出ることが出来るように、席の中でも最後尾に座ったのだ。

 いびきや寝言の類がないのなら、時間までは寝ててもいいのではないかと、本気で思う。

 もう少ししたら暗殺をするのに、普通に寝ることが出来る神経はマルクスらしいと言える。

 だが、シンはそんなマルクスの言葉に首を横に振る。


「止めておけ。ここで寝たりしたら、実際に動くときに身体が鈍くなる。……マルクスの場合はそれでも問題ないかもしれないが、今回の一件はこれからの俺たちにかかわる重要な一件だ。それを思えば、最善の状況で動いた方がいい」


 シンの口から出た言葉に、マルクスは納得したような、していないような、そんな表情を浮かべる。

 そこまで万全を期す必要があるのか? というのが、マルクスの正直な気持ちだった。

 シンもそれは分かっている。

 実際に階段を守っている護衛はそれなりに腕利きではあるが、決して倒せない相手ではない。

 ……それこそ、シンが正面からバジリスクの能力を使わずに戦っても、苦戦はするだろうが勝てる程度の強さといったところか。

 マルクスが正面から戦えば、それこそ秒殺とまではいかないが、それでも楽に勝てる相手なのは間違いない。

 実際に護衛をその目で見て、そう確信しているからこそ、マルクスはそこまで乗り気ではないだろう。

 とはいえ、マルクスはそこまで戦闘を好む訳ではない。

 楽に倒せるのなら、それならそれで問題はないと、そう思いもする。


「分かったよ。……で、いつくらいに行動に出るんだ? いつまでもあんなのを見せられるのは、耐えられないぞ」


 シンの言葉で取りあえず寝るのは止めたマルクスだったが、ならばいつ暗殺に出るのかと、そう尋ねる。

 実際、演劇が始まってからすでに三十分ほどが経っており、それを考えればそろそろ行動に出ても問題はなかった。


「どうする、アリス?」

「……出来れば、もう少し見たかったのですが、仕方ないですわね」


 恋愛を手段とした演劇に興味のないシンとマルクスだったが、アリスは王女という育ちからか深い教養もあり、この演劇についても興味深く見ていたのか、少しだけ残念そうに告げる。

 実際、このガストロイをアリスが治めるようになれば、今までのように役者たちにとってこれ以上ないほどの場所ではなくなる。

 役者たちに支払われていた金額や、役者たちを歓迎するために頻繁に行われるパーティ、場合によっては劇団に寄付される演劇で使われる道具等々の全てはガストロイの住人から搾り取った税金が使われていた。

 アリスがガストロイを支配するのは、蛇王の武器や防具の手入れのためや、ここを拠点として使うという点も大きい以上、当然のようにガストロイの住人に不満を抱かれる訳にはいかない。

 そのため、この暗殺が成功すれば――当然アリスは成功させるつもりだが――劇団に支払われる金額は今までよりも間違いなく低くなる。

 そして、この劇場に劇団を招待するという行為そのものも少なくなるだろう。

 また、アリスも今回の暗殺が成功すれば忙しくなり、とてもではないがこうしてゆっくりと演劇を見るような暇はなくなる。

 だからこそ、出来れば今のうちに演劇をしっかりと見ておきたかった。

 王女として育ってきたアリスの目から見て、この演劇は決して悪くはない。

 シナリオが少々陳腐だったが、役者の演技はその陳腐さをも活かしていた。

 とはいえ、演劇に集中していて暗殺そのものが出来ませんでした……などということになれば、洒落にならない。

 シンとマルクスの要望に応え、渋々……本当に渋々ではあったが、演劇の鑑賞を途中で中断する。

 このようなときのために一番後ろの席を選んだので、周囲に気取られることなくホールを出ることが出来た。

 もっとも、客の多くは舞台で行われている演劇に集中していたので、恐らく最後尾の席でなくても見つかるようなことはなかっただろうが。

 そうして、こっそりとホールを抜け出すと、三人はそれぞれ顔を見合わせてから階段に……エドワルドのいる特別な席に向かう。

 劇場に入るということで、護衛役を演じていたマルクスも武器は持っていない。

 だが、マルクスの膂力を考えれば素手でも人の一人や二人殺すのはそう難しい話ではないのでその辺の問題は全くなかった。

 アリスは魔法発動体の指輪を持っており、魔法を封じられた状況でもその莫大な魔力と高い魔法の才能から、簡単な魔法を使うことが出来る。

 シンもまた、主力武器として遣っているのは流星錘で、その流星錘は元々隠し武器、いわゆる暗器の類であるために、隠すのは難しくはない。

 何よりも、シンの持つ最大の武器は目に見ることは出来ないバジリスクの能力だった。

 ……土の魔法も多少は使えるが、それはバジリスクの能力に比べれば大したことはない。

 そんな三人向かった階段には、当然のように護衛の姿があった。

 いや、劇場を見て回ったときよりも護衛の数は増している。

 それは、特別な席にいるのがエドワルドだけではなく、そのエドワルドが招待した特別な面々や、エドワルドとお近づきになりたい者がいたからだろう。

 そのような人物は当然のように金に余裕があり、何よりエドワルドと一緒に演劇を見るという行為をしなければいけない以上、一般席にいる訳にはいかなかった。

 当然のように、エドワルドとお近づきになりたい者は、相応の権力や金を持っている者であり、護衛の類が必要となる。

 少しでもガストロイの情報に詳しい者であれば、エドワルドがガストロイの住人にどのように思われているのかというのは、当然のように知っているので余計に護衛は必要となる。


「どうしますの?」


 階段を守っている護衛の数が十人を超えるのを見て、通路の曲がり角でアリスが尋ねる。

 シンたちの実力であれば全員を倒すのは難しくはないが、かといって普通に戦った場合は間違いなく階段の向こうにいる者たちが騒ぎに気付く。

 そうなると面倒なことになり、最悪の場合はエドワルドが逃げ出すといった可能性もある。

 それを避けるためには、護衛たちに騒がれる前に倒す必要があった。

 アリスの魔法が封じられていなければ、それも可能だろう。

 もしくはマルクスが本来の自分の武器を持っていた場合も、可能かもしれない。

 だが……今の状況でそれが出来るのは、やはりバジリスクの能力を持つシンしかいなかった。


「任せろ」

 

 アリスの言葉にそう告げ、その言葉に反応して懐から出て来たハクをアリスに渡すと、邪眼を使って一瞬で護衛の全員を石像に変えるのだった。

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