005
でかいな。
それが、山賊たちに親分と呼ばれた男を見た信也が感じた素直な感想だった。
身長二メートルをゆうに超えているその男は、他の山賊たちと同じく斧を武器として持っているが、その身長からか持っている斧が小さく見える。
ただ身長が高いだけであれば、そこまでの圧迫感を与えるようなことはなかっただろう。
だが、その男は見るからに屈強な身体つきをしており、それもあって余計に周囲にいる他の山賊たちよりも迫力が上だった。
「お前がこの騒ぎを起こしたのか? ったく、こちとら美味い酒を飲んで、これから女を抱こうと思ってたのによ。おら、とっとと降伏しろ。そうすれば殺さないでいてやるよ」
そう信也に告げる男の口調には、強い自信がある。
自分であれば、間違いなく信也に勝てるという。
事実、巨漢の男の様子を見れば、戦いでそう簡単に負けることがないというのは、信也にも理解出来た。
……理解出来たからといって、それで信也が退くという選択肢はなかったのだが。
いや、むしろこのような男を前にしたことで、信也はこの山賊団を奪うという選択肢が頭の中に浮かんでいた。
もしこの山賊団が、それこそ有象無象といった程度の能力しか持たないのであれば、乗っ取っても自分に面倒だけがあるだろう。
だが、目の前にいる男は間違いなく強力な戦士と言ってもいい存在で、そのような人物を戦力として有しているのであれば、この山賊団はかなりの力を持つと予想したためだ。そして何より……
(何者にも縛られず自由に生きると決めたんだから、そういう意味では山賊というのは俺に似合ってるかもしれないな)
そう、思ったためだ。
自由に生きるのに、何故山賊? と自分で自分の考えに若干の疑問を抱かない訳でもなかった。
しかし……自分の中ではそれが素晴らしい考えであると、何故か普通に納得してしまったのだ。
(俺の中に、山賊になりたいって願望でもあったのか? 自由に生きるってのを考えると、そんな結論になってもおかしくはないけど。もしかして、これがヒャッハー願望って奴なのか?)
ふと、学校でクラスメイトが話していた内容を思い出しながら、そんな風に思う。
そのときはヒャッハー願望というのが、具体的にどのようなものなのかが分からなかったが、そのときに少しずつ聞いた内容が事実であれば、恐らく自分の今の状況がそのような状況なのだろうと。
不思議なほどに、すとん、と。ヒャッハー願望というのが信也の中にしっかりと納得出来た。
だが、信也が自分の状態を確認していると、山賊の頭と呼ばれた男……ヘルマンは苛立ちを露わに叫ぶ。
「俺様を無視してるんじゃねえっ! 何だ、怖いのか?」
「ああ、悪い。別に怖がっている訳でも、無視している訳でもないんだ。ただ、ちょっと自分の状況について考えていただけで」
叫んだヘルマンは、信也から返ってきたそんな言葉に苛立ち……持っていた斧を、振り回す。
当然部下のいない場所を選んでそのような真似をしたのだが、逆に言えばそれ以外を考慮するようなことはなく……斧を振り回した先にあった石像が破壊される。
「ああっ!」
思わずといった様子で叫んだのは、誰だったのか。
仮にも自分の仲間が殺されてしまったのを思えば、それは当然の悲鳴だったのかもしれないが。
ともあれ、そんな声は苛立っているヘルマンの耳にも届き、その上で何故こんな場所に何かがある? という一瞬の冷静さをヘルマンは取り戻す。
そうして改めて周囲を見てみれば、何故かそこには自分が破壊した石像の他にも、何体も石像がある。
「おい、この石像は何だ? 誰がこんな場所まで持ってきた?」
石像になりかけていた山賊でもいれば、こんな台詞は出なかったのだろう。
だが、信也の持つバジリスクの能力を使われた者は、いつの間にか完全に石像と化していた。
「お頭、そいつです。そいつがどんな手段かは分からないですが、あいつらを石像にしたんです!」
「何だと?」
最初から信也を危険視していた、見張りの山賊の言葉に、ヘルマンは訝しげな視線を信也に向ける。
見たところ、何か武器を持っているようには見えない。
身体つきも決して頑強という訳ではなく、いいところ中肉中背といったところだ。
……実際には、日本の感覚ではそれなりに鍛えられている身体をしている信也だったが、服を着ている今の状況でそれを分かれという方が無理だ。
ましてや、生活の質そのものが日本と違うこの世界では、基本的に筋肉の量は日本人よりも多い。
もっとも、それは山賊をしているからこそ、という点も強いのかもしれないが。
疑問と警戒の視線で自分を見てくるヘルマンを見て、信也は少しだけ考える。
(この山賊団を乗っ取るにしても、こういう見るからに強い奴はいた方がいい。だとすれば、こいつを石化させないで仲間に引き入れることが出来れば最善なんだが)
バジリスクの能力で相手を石化させるというのは、文句なく強力な能力なのは間違いない。
呪文の詠唱とか前準備の動作といったことも必要なく、その能力を発動させようと思えば、その時点で発動するのだから。
ただし、難点もある。
石化した相手をどうするのか、ということだ。
少なくとも、信也は自分が覚醒したバジリスクの能力で、その石化を解除出来るという確信はない。
試してみてもいいのかもしれないが、自分の前にいるヘルマンは間違いなく強者だ。
バジリスクと土の魔法の才能を覚醒させた信也だったが、正面から戦って勝てるとは思えない。
そもそも、現在の信也は武器の類すら何も持っていないのだから。
だからこそ……信也は、自分の持つ力を最大限に利用し、ヘルマンを殺すことなく、降伏させるという選択をする。
「見ろ」
警戒の視線を向けてくるヘルマンと、その背後に控えている山賊たちに向け、信也が告げる。
その言葉は、ヘルマンを含めて他の面々の意識を自分に向けさせるには十分な迫力を持っていた。
ヘルマンも、信也が何らかの手段で相手を石化させるといった能力を持っているのは分かっているので、隙があれば一気に手に持っている斧を叩き付けようと考えてはいた。
だが……それでも信也の行動を黙って見てしまったのは、それだけ信也の行動が人の興味を惹くようなものだったからだろう。
これもまた、日本にいたときに習ったものの一つではあったが、今の信也はそれを使うことを厭うようなことはなかった。
ちょっとした仕草で相手の注意を惹く。やってみればそこまで難しいことではないが、それは同時にある程度その辺りの技術を知っている者にとっては役に立たないということでもある。
しかし、幸いにも山賊にその手の技術を持っている者はおらず……いっそ見事なまでに信也は山賊たちの注意を惹くことに成功した。
そうして、山賊たちの注意を向けられた状態で、少し離れた場所に生えている一本の木……そこそこの大きさを持つ、その木に視線を向け、バジリスクの能力を使用する。
パキパキという奇妙な音を立てながら、石化していく木。
普通であれば、どう考えてもありえない現象ではあったが、それでも目の前で広がっている光景を見てしまえば、それも否定出来ない。
「な……」
仲間が石化され、その石像を壊しても特に驚いたりしなかったヘルマンだったが、目の前でいきなりこのように石化の能力を見せられれば、それに恐怖を感じざるを得ない。
本当に、何の前兆もなく石化したその様子は、難しいことをあまり考えられない、生粋の脳筋と呼ぶに相応しいヘルマンをして動けなくなってしまう。
そんなヘルマンに、信也は告げる。
「降伏してくれると、こちらとしても嬉しいんだけど?」
その一言に、ヘルマンは大人しく武器を下ろし、降伏するのだった。