008
「武器や防具の類も限界に近い……か」
小さな領地を持つ貴族の領土を密かに攻撃しては支配するといった真似をしていたのだが、当然ながら武器や防具というのは、戦えば消耗する。
一応簡単な手入れが出来る者はいるのだが、人数的にそう多くはないし、戦いの中で欠けてしまった武器の類は修理するような真似は出来ない。
それでも、倒した敵から奪ったりといった真似はしていたのだが、蛇王の人数が人数である以上、いつまでもそのような真似は出来ないのは当然だった。
また、兵士が使っている武器というのは、短剣や長剣、槍といったものが大半だ。
それは騎士も変わらないし、領地そのものが小さい場所である以上、武器の品質も決していい訳ではない。
馬の類も増えたが、飼料も決して豊富ではない。
「やはり、どこかに拠点が必要ですわね」
シンの言葉に、アリスがそう告げる。
シンとアリスの側には、他にもサンドラ、マルクス、ジャルンカ、サンディの姿もあった。
マルクスは蛇王の中でも最強に近い実力を持つし、ジャルンカも弓兵を率いている。
だが、サンディのみはまだその小ささから、幹部という訳ではない。
もっとも、シンにしてみれば戦闘は出来なくても偵察という一点においては非常に高い実力を持っているサンディの存在は重宝している。
サンディの性格が内気というか大人しいので、あとで自分が事情を説明するよりは、ここで一緒に説明しておいた方がいいだろうと思ってこの場に呼んだのだ。
「そうだな。儂の斧も簡単な手入れはしてるが、出来れば本格的に手入れをしたい」
マルクスの使っている斧も、戦闘を繰り返している影響で斬れ味が鈍ってきている。
マルクスの斧は他の斧を武器としている者たちとは違って明らかに巨大と言ってもいい。
だが、その能力も状態が万全ではないと最大限に発揮出来ないのは当然だった。
アリスに雇われた傭兵団として、これからも反乱軍と戦い続ける以上、武器はなるべく最善の状態にしておきたいというのが、マルクスの正直なところだろう。
「そうっすね。弓兵の方も弓は問題ないっすが……矢が少し心許なくなってきてるっす。一応戦った相手から奪った矢があるので、そこまで深刻って訳じゃないんすけどね。出来れば定期的に安定して矢が欲しいっす」
「弓兵は矢を大量に使うからな。その援護がなくなるのは、前衛を担う者としては面白くない」
ジャルンカの、矢を安定して欲しいという言葉にはマルクスが即座に賛成する。
本人が真っ先に敵に突っ込んでいく役割を担っている以上、後方からの弓による援護というのは、それだけ重要なのだろう。
「そうなると、やはりどこかに本格的な拠点となる場所が必要か」
シンの言葉に、皆が頷く。
サンディですらシンの言葉に頷いているのだから、それがどれだけ重要な事態なのかが分かりやすい。
今はいまだ何とでもなる。
だが、この先も反乱軍と戦い続けているとなると、絶対に本格的な拠点は必要となるのだ。
「それに、アリス様がまだ生きていて反乱軍と戦っていると知れば、国内にいる者でそれに応じる者も少なくないかと。アリス様は国民に慕われていましたし」
本人に高い魔法の才能があるとはいえ、姫という立場にある者が戦場に出るということは、普通ない。
これが王子や国王であれば、まだ納得する者も多いだろう。
だが、姫がそのような真似をするということは……有り得ないのだ。
しかし、アリスはその有り得ないことをやった。
それも一度や二度ではなく、何度となく戦場に出て、その実力を発揮してきた。
それこそ、鮮血の王女という異名で呼ばれるくらいには。
誰が聞いても、鮮血の王女という異名は悪意しかない。
実際にアリスと敵対した者……山賊や盗賊、隣国から侵略してきた兵士、反乱を起こした貴族……といった者たちからつけられた異名なのだが、アリス本人はそれを気にしない。
それこそ、『鮮血の王女と呼ばれるその鮮血は、私の敵、ミストラ王国の敵の血、国民の敵となる者の血ですわ』と言って、むしろ鮮血の王女といった異名を喜んで受け入れたのだ。
「で、問題の拠点だが……この国にあまり詳しくない俺が言うのもなんだけど、個人的にはこの前会ったドワーフが言ってた、ガストロイがいいと思うんだけど、どうだ?」
鉱山都市で武器や防具を作る為の鉱石は豊富に採掘出来、それ以外にも高い技術を持ったドワーフが数多く住んでいる。
ただし、問題なのは食料だろう。
鉱山都市というだけあって、ガストロイは鉱山や武器の製造といった方面に特化していた。
一応都市の外側に畑の類も存在するのだが、とてもではないがガストロイにいる住人全員を食べさせることは出来ず、基本食料は他の都市、街、村といった場所からの購入に頼っている。
ガストロイを拠点にする際の問題についてアリスやサンドラから説明されたシンは、少し悩む。
「もし俺たちがガストロイを占領したとなると、食料とかはどうなる?」
「正直なところ、分からないとしか言いようがありませんわね。食料供給が途絶える可能性もあるし、変わらない可能性もあると思いますわ」
「蛇王をアリス様が率いていると知れば、恐らくは食糧供給は増えると思いますけどね」
シンとアリスの会話にサンドラはそう言って割り込み……他の者たちの視線が集まる。
その視線に答えるように、サンドラは口を開く。
「アリス様の人気は、それだけ絶大なものあるということですよ。もっとも、そうなるとアリス様がガストロイにいるのを反乱軍が知って、討伐隊を送ってくるのでいいことばかりではないですけど」
これまで戦ってきた相手の中でも、アリスの姿を見て葛藤している者もいたし、可能な限り早く殺してしまいたいと思っている者もいた。
以前に偶然にもアリスと戦場を共にしたことがある者の中には、それこそ持っていた武器を手放して自分から降伏するといった者もいた。
その辺りが、アリスがどれだけの人気者なのかというのを、示している。
「つまり、アリスの人気が高いから周辺にある村や街、都市から食料の供給は止まらないと?」
「ええ。……もっとも、そうなったらそうなったで、問題もあるんですけど」
「ガストロイを攻撃するよりも前に、食糧を供給している場所を攻撃するんですわね?」
アリスの言葉に、サンドラは頷く。
ガストロイは鉱山都市ということもあって、多くの者が住んでいる。
それだけに一日に消費する食料も多いのだから、食料の供給元をどうにかしてしまえば、正面から戦わなくても自然と瓦解するのは確実だ。
アリスや蛇王、それに多数のドワーフと正面から戦うよりも、絶対的に危険度は少なくなる。
反乱軍の中にもその程度を思いつく者は多数いる以上、当然そのような戦いを挑んでくるだろう。
それを考えれば、ガストロイに行くのは無策に思えた。
「じゃあ、どうするんだ? 別の……それこそもっと畑とかが多い場所に行くのか? そうなると、そもそも今回の第一目標たる武器の修復や安定供給ができなくあるぞ? 儂としては、武器の整備が出来る人材や施設は必須だと思うが」
マルクスの言葉に、サンドラは頷く。
今回の主目的は、あくまでも武器の類の継続的な入手や、修理が出来る場所の確保だ。
だからこそ、ガストロイを占拠するという方法を口にしたのだから、そのような場所を確保出来ないのでは、意味がない。
だが、サンドラはそんなマルクスに……そして他の面々にも、笑みを浮かべて口を開く。
「安心して下さい。ガストロイより前……それこそ、周辺に幾つかある農業を活発な村や街を纏めて確保して守るという方法があります。地形的な問題で、都市は無理ですけどね」
自信満々に、そう告げるのだった。




