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002


「ヒャッハー! 行け、あのゴブリンの群れを蹴散らせ、野郎共!」

『ヒャッハー!』


 シンの命令に従い、部下の山賊たち……否、傭兵団蛇王に所属する傭兵たちは、ゴブリンの群れに向かって突っ込んでいった。

 それぞれがしっかりとした武器を持ち、山賊山脈で山賊として戦ってきた者たちだ。

 ゴブリンのような、モンスターの中でも雑魚と呼ぶに等しいモンスターを相手に、負けるはずがない。

 実際に、ヒャッハーと叫びながらゴブリンに攻撃をした傭兵たちは、瞬く間にゴブリンを殲滅することに成功する。

 そしてゴブリンが全滅すれば、残っているのは本来ゴブリンに襲われていた者たちだけ。

 そう、別にシンたちがゴブリンに襲われて、それに反撃するためにこうして戦ったのではなく、傭兵団として旅をしている途中でゴブリンに襲われていた馬車を発見してそれを助けたのだ。

 正直なところ言わせてもらえば、山賊山脈に住んでいたシンにとって、護衛をつけずに馬車で移動をするというのは理解不能だ。

 いや、馬車の中にいる者が腕利きで、自分で馬車を守れるのならそれもありなのだろうが、シンが見つけたところでは馬車はゴブリンに追われて逃げるといったことはしていたが、反撃の類はしていなかった。

 それを考えれば、あの馬車に戦闘力のある者は乗っていないか……もしくは、乗っていてもゴブリンの群れを相手に勝てないくらいの強さしかない相手だろう。

 馬車の近くには、アリスとサンドラ、マルクスの姿があった。

 本来ならこの三人をゴブリンとの戦闘に参加させれば、戦いはすぐにでも終わっただろう。

 だが、たとえ相手がゴブリンであっても、今は山賊ではなく傭兵団としての戦い方を部下たちに慣れさせる必要がある。

 ……実際には、傭兵としての戦い方云々ではなく、それこそ勢い任せで勝ってしまったが。

 ともあれ、そんな訳でアリスたち三人は馬車の側で待機していたのだ。

 本来なら馬車の側で待機しているのはマルクスだけでよかったのだが、マルクスは山賊山脈の中でも屈指の実力を持つ者として、相当の迫力がある。

 それこそ、下手に馬車の側でマルクスだけを待機させておけば、馬車に乗っていた者たちがゴブリンの群れではなくマルクスを怖がって逃げ出してもおかしくはないほどに。

 だからこそ、マルクスの側にはこの国の王女として育ったアリスと、貴族として育ったサンドラという二人を待機させておいたのだ。

 馬車に乗っている者が、そんな二人の顔を知っているかどうかは分からない。

 しかし、顔を知らなくても二人の育ちがマルクスと違うというのは、すぐに分かるはずだ。

 そんな安心をさせながら、シンは馬車に声をかける。


「悪いが、馬車から降りてきてくれないか? 話したいことがある」

「しゃー!」


 シンの肩の上で、ハクが小さく鳴く。

 以前までと比べると、かなり大きくなったハクだったが、それでもまだシンの肩に掴まっていられる程度の大きさだ。

 まだ一般的な蛇よりは小さいが。

 そんなハクを肩に掴まらせながら告げるシンに、馬車の中では小さなやり取りをしているのが聞こえてくる。


(無理もないか)


 馬車を見ながら、そんな風に思うシン。

 何しろ、シンやアリス、サンドラのような面々はともかく、それ以外の大多数は盗賊や山賊、海賊といった用に言われてもおかしくはない格好をしているのだ。

 そんな者たちを率いているシンに馬車の外に出て来いと言われても、素直にはいそうですか出て来るような者は、そう多くはない。

 もしかしたら、このまま自分の言葉を聞かなかったことにして逃げるかも?

 そう思ったシンだったが、それならそれでいいと思う。

 別にどうしても馬車の中にいる者たちから事情を聞きたい訳ではなく、少し情報を集めるついでに何か面白い話でも聞けないかと、そのような思いがあっての行動だったからだ。

 だからこそ、不意に馬車の扉が開いたのを見ると、表情には出さないが少しだけ驚く。

 そして馬車から出て来た相手を見ると、そちらでも少しだけ驚く。

 何故なら、出て来た相手は背がシンの腹くらいまでいしかなく、その割にははち切れんばかりの筋肉を持ち、胸元を越える長さまでの髭を持っていたからだ。

 それがどのような種族なのかは、シンも知っている。

 正確にはシンの率いる傭兵団蛇王にもドワーフは何人かいた。

 シンが商隊を襲ったときに護衛としてついていたドワーフを捕らえて仲間にしたり、シンが吸収した山賊に所属していたり。

 だからこそ目の前に突然ドワーフが現れても驚きを表情に出すことはなかったが、それでも驚いたのは事実だ。

 シンが知っている限り……そして目の前のドワーフを見ても分かるように、ドワーフというのは鍛冶師であると同時に、強力な戦士でもある。

 それこそたった今殲滅したゴブリン程度なら、撃退するのは難しくないと思えるほどに。


「すまぬ、助かった」


 ドワーフが最初に感謝の言葉を口にしたことで、シンは多少なりとも好感を抱く。


「いや、こっちも少し戦う必要があったからな」

「……戦う必要が?」


 ドワーフの口から出たそんな言葉に、シンは頷きを返す。


「そうだ。俺たちは傭兵団として結成してまだ短い。その辺りの連携を高めるためにも、戦いを経験する必要があった」


 シンの口から出たのは、半ば真実ではあったが、半ば嘘でもあった。

 戦いの経験という意味では、それこそ山賊として働いていたのだから相応に豊富だ。

 特につい最近は、アリスを求めて攻めて来た貴族率いる兵士や騎士といった面々を倒してすらいた。

 そういう点で考えた場合、戦いの経験は十分にある。

 だが……平地での戦いという点ではそこまで戦いの経験は多くはないし、食料や生活物資その他諸々を運んでいる戦闘員ではない者たちを守りながらの戦いという点では、初めてに近い。

 ……もっとも、実際にはほぼ全ての者たちがゴブリンに攻撃をしにいったので、非戦闘員を守っている者の数はかなり少なかったのだが。

 その辺りはどうにかする必要があるだろうな、というのがシンの正直な考えだった。

 ともあれ、実戦訓練というのが馬車を襲うゴブリンを攻撃した一番の理由だ。

 全てを馬鹿正直に言う必要もないので、シンは取りあえず目の前のドワーフに誤魔化すように告げる。


「ほう。実戦訓練をな」


 ドワーフの方も、何かを誤魔化されているというのは分かってたのだろうが、自分は助けて貰った身である以上、それに不満を言えるはずもなく、取りあえずそう納得しておく。


「それで、助けて貰った報酬については……悪いが、あまり支払う余裕はない。いや、支払いたくても支払えないというのが正しいがな」


 自分で言っていてみっともないというのは分かっているのだろう。

 ドワーフの口には、悔しげな色が浮かぶ。


「そうでしょうね」


 サンドラがドワーフの言葉に納得したように頷く。

 何か知ってるのか? といった視線を向けるシンに、サンドラは馬車を指さす。


「あの馬車は、とある場所でしか作られていない、普通よりも高性能な馬車です。その場所は鉱山が多く、ドワーフも多く暮らしていると聞きますが……現在は反乱軍の中でもかなり欲深い貴族が領主となっています」


 元反乱軍のサンドラだからこそ、その内情についてもある程度は理解しているのだろう。

 そんなサンドラの言葉に、ドワーフは若干驚いた様子を見せつつも、やがて頷いて口を開く。


「鉱山都市ガストロイ。儂はそこからやってきた者だ」


 悔しさと誇り高さが混ざったような、複雑な表情でそう告げるのだった。

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