001
雲一つない空を見上げながら、シンはしみじみと現在の自分の状況を鑑みる。
日本にいたときに父親に恨みを持った相手に殴られ、気が付けばどこともしれぬ空間におり、そこで自分の能力を覚醒したかと思えばこの世界にいた。
科学が発達した地球とは違う、剣と魔法の世界。いわゆる、ファンタジーの世界に。
シンにとって運が悪かったのは、街中や村の側といったような場所ではなく、山の中に転移していたことだろう。
それも、ただの山ではなくこの国……ミストラ王国から隣国に行くためには絶対に通らなければならない山の中に。
金や商品を持った商人たちが通る場所、それもいくつもの山々が連なった場所。
当然のように、そのような美味しい場所を山賊が見逃すはずもなく……大小様々な山賊が無数に蠢くこの山脈は、山賊山脈と呼ばれて周辺の村や街からは恐れられていた。
隣国と商売をする商人にしても、本来ならそのような危険な場所は通りたくはないのだろうが、山賊山脈を避けて隣国に行くとなると、コストや日数が桁外れに高くなる。
そのため、護衛の冒険者を雇ったり、もしくは山賊に話を通して護衛をしてもらったりといったようにして、山賊山脈を通るのが一般的だった。
そんな場所に転移してきたシンは、しかし自分の覚醒した能力を使って最初に接触した山賊団を乗っ取ることに成功する。
乗っ取った山賊団を率いたシンは、他の山賊団との戦いに勝ち続けて勢力を拡大していく。
その途中で白蛇のモンスターのハクを見つけたり、山賊山脈の中でも精強な山賊団として名前が知られていたマルクスを仲間にしたりとしながら、最終的に山賊山脈を一つに纏めることに成功する。
だが……山賊山脈を一つに纏めたのも束の間、今度はミストラ王国の王女が内乱が起きたことにより、山賊山脈まで逃げてくる。
本来なら卓越した水魔法の使い手で、鮮血の王女という異名で呼ばれるほどの強さを持っていた王女……アリスだったが、内乱で城を落とされたときにマジックアイテムを使われて魔法を封印されており、本来なら使える強大な魔法は見る影もなくなっていた。
それでもアリスの魔力が莫大なためか、魔法を封じられた状態であっても触媒となる水があればいくらかの魔法を使うことは出来た。
そんな状況で追っ手と戦いながら逃げてきたアリスが山賊山脈の麓まで来たとき、ちょうどそこには部下を率いて見回りを行っていたシンがおり、追っ手からアリスを助けることになる。
それが原因で、シンは内乱を起こした貴族たちを相手に戦うことになり、アリスを確保するために派遣されてきた軍隊を相手に、何とか勝つことに成功した。
とはいえ、このような状況になった以上は山に立て籠もっているという訳にもいかず、有志の者たちを率いて傭兵団としてアリスと共に反乱を起こした貴族たちと戦うことになり……
「思えば遠くに来たものだって台詞は、こういうときに言うんだろうな」
青空を見ながら、今までのことを考えていたシンは、小さく呟く。
「何がかしら?」
シンの言葉にそう尋ねてきたのは、アリス。
背中まで伸びている、豪奢な金髪を掻き上げるようにして尋ねる。
一応はシンが率いる傭兵団の雇用主ということになっている人物だ。
……もっとも、亡国の王女たるアリスだけに資金の類もほぼ持っていない以上、支払うべき金はほぼないのだが。
「いや、まさか山賊の俺が傭兵をやることになるとは思わなかったから」
「あら、傭兵が仕事がないときは山賊……いえ、盗賊になるのは、そこまで珍しくはないらしいですよ」
アリスの横に立っていた、青い髪を背中までストレートに伸ばしている女のサンドラが、シンにそう言ってくる。
本来はアリスを捕らえるために山賊山脈までやってきた貴族軍に所属していた女だったが、シンに興味を持ったのか、今ではシンの仲間となっている。
とはいえ、それはアリスに対する忠義……という訳ではなく、シンのこと興味深い相手として認識し、もっと近くで見てみたいと思ったらというのが大きい。
元々サンドラは、アーシェン侯爵家の令嬢という立場だった。
だが、その有能さが疎まれ、半ば追放のような形で山賊山脈に出陣した貴族軍の一員となったのだが、今ではシンたちの仲間となっている。
「それはあまり面白くないな。傭兵と盗賊、山賊を一緒にするというのは面白くない。そういう傭兵団を見つけたら、積極的に倒していくとしよう。上手くいけば降伏させて、こっちの戦力になるかもしれないし」
「……あまり面白くありませんわね」
シンの言葉に、若干嫌そうな様子でアリスが呟く。
アリスにしてみれば、シンが率いている山賊たちは相応に礼儀を弁えている。
実際にはアリスはシンの所有物という認識が広がっているので、アリスに迂闊なちょっかいを出す者がいないというだけなのだが。
やりすぎな相手は、シンの手によって処分された者も多かったが、それでも結局山賊は山賊だ。
多少の行儀良さは見せているが、実際にはアリスが嫌っているのと同じような性格の持ち主も少なくない。
とはいえ、アリスも山賊の一員としてそれなりに長い時間一緒に暮らしている関係から、そんなことは分かっている。
それでもシンの言葉に素直に納得出来ないのは、やはり生来の育ちからくるものなのだろう。
「その辺は、我慢してくれとしか言えないな。そもそも、反乱軍と戦うには戦力はいくらあってもいいだろ? 特に使い捨てに出来る駒というのは」
シンの口からでたのは、非道とも言える言葉。
だが、実際に使い捨てに出来る駒というのは、色々なところで便利に使うことが出来るのだ。
特にこれからシンたちが戦う相手というのは、間違いなく強い相手だ。
実際にミストラ王国の王都を落とすといった真似をした者たちが主力なのだから。
そのような反乱軍を相手にする場合、相手がどのような戦闘方法をするのか、弓を使う兵士の数は、魔法を使う兵士の数は、そして実際の実力は。
それらを確認するのに、使い捨ての駒はこれ以上ないほどに便利な存在だった。
「……そうですわね」
アリスも、不承不承ながらシンの言葉に頷く。
これからの戦いは甘いことを言っていられるようなものでないというのは、それこそアリスが一番よく知っていた。
「シンのお頭、準備の方は出来たっす! もう全員出発の用意は終わったっすよ!」
若干真面目な雰囲気を壊すように、洞窟の中から出て来た男……ジャルンカがシンに向かって叫ぶ。
二十代ほどで、シンよりも年上の男ではあったが、シンの強さに信服して年下のシンを兄貴分として慕っている人物だ。
山賊になる前は猟師をしていただけあり、その弓の腕は一流と言ってもいい。
少なくとも、山賊山脈にいる者の中では間違いなく上位に入る腕の持ち主なのは間違いなかった。
「儂の方も準備は終わったぞ! いつでも出発出来る! さて、一体どんな景色を見せてくれるのか、頼みにしておるぞ!」
ジャルンカを追うようにして姿を現したのは、三十代ほどの男……マルクス。
巨大な斧を自在に振り回すその腕力と戦闘力は、山賊山脈の中でもトップクラスといってもいいだろう。
そんな二人を追うようにして、十代前半の気弱そうな少女がシンのペット的存在のハクを連れて、姿を現す。
「シンのお頭、僕もその……本当に一緒に行ってもいいんですか?」
「しゃー!」
サンディという名前の気弱そうな少女の言葉に、白蛇のハクは小さく鳴く。
一緒にいってもいいと、そう告げるかのように。
「何だかんだと、主な面子は大体揃ってしまったな。……さて。じゃあ準備も出来たことだし、傭兵団蛇王、出撃するぞ」
そうシンが言い……後の世で知らぬ者はいないと言われる傭兵団蛇王は、誕生したのだった。




