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004

 山賊は、自分たちの方に近づいてくる相手に、どう対処すればいいのか一瞬迷う。

 もしこれが、鎧を着ていたり、武器を持っていたりすれば、騎士や兵士、もしくは冒険者といった者たちが討伐に来たのだと判断してもおかしくはなかっただろう。

 だが、山賊の目の前にいるのは、奇妙な服を……それこそこの辺りでは全く見たことがないような服を着てはいるものの、武器や防具の類を一切装備していない男だった。

 この土地はいくつもの山が連なっており、隣国と繋がる道でありながら山賊が大量に拠点を持っていることから、山賊山脈と言われているのだ。

 また、この山賊山脈にいるのは自分たちのような山賊だけではなく、獰猛な野生動物やモンスターも多数棲息している。

 そのような場所に来るのに、一切武器を持たない……などということがありえるのか。

 それが分からないからこそ、アジトの見張りをしている男のうちの片方は、信也に不気味なものを感じていた。

 しかし……信也に対してそこまで怪しいものを感じたのは、あくまでも片方の山賊だけで、もう片方の山賊は違う。

 目の前にいるのは、特に美形という訳でもないが、若く健康的な男だ。

 女よりは安くなるだろうが、それでも労働力として売るには若くて健康な男というのは十分な高値がつく。

 そして特に何か武器を持ってるようにも思えない。

 ……普通に考えれば、それを理解した時点で違和感を抱いてもおかしくはなかった。

 自分たち以外にも大勢の山賊やモンスターが存在するこの山の中で、武器も何も持たない……それどころか、見たこともない服装で目の前にいるのだから。

 だが、信也を自分たちの獲物としか見ていない山賊は、手に持っている斧を大きく振り上げ、脅すように叫ぶ。


「おらぁっ! 何しにこんな場所まで一人で来たのかは分からねえが、大人しくしろや!」


 あからさまな脅し。

 荒事に慣れている山賊にとっては、そのような言動も当たり前だった。

 実際、今まで何人もの命を斧で奪ってきているだけに、もし信也が普通の人間であれば、間違いなく怯えていただろう。

 しかし……山賊にとって不幸なことに、現在目の前にいるのは普通の一般人ではなく……自由に、誰にも縛られずに生きていくことを望んでこの世界にやって来た信也だった。


「大人しくしろって……もしかして、俺を捕まえる気か?」

「ああ? 当然だろ! お前は若い男だし、良い労働力として奴隷商人に売っぱらってやるよ! 痛い目に遭いたくないだろ? なら、大人しく……」

「お、おい!」


 こっちに来い。

 信也を侮っていた山賊がそう言い切るよりも前に、もう一人の山賊が慌てたように叫ぶ。

 何故急にそんな風に叫ばれたのか分からず、山賊は横を振り向こうとし……


「え?」


 ふと、自分の身体が自由に動かなくなっていることに気がつく。

 慌てて自由に動かない身体の左半身に視線を向けると、それ以上何も口に出来なくなる。

 当然だろう。誰が、自分の左半身が石化しているということを予想出来るだろうか。

 それどころか、左半身の石化した場所は、次第にその範囲が広がり続けていた。

 自分の目にした光景が信じられず、山賊は何かを言おうとし……次の瞬間、石化の進行速度が爆発的に広がり、山賊の男は石像へと姿が変わっていた。


「な……」


 もう片方の、最初から信也を警戒していた山賊は、そんな異常な光景を見て言葉を発することが出来ない。

 何が起きたのか、全く理解出来ていなかったのだ。

 これが、呪文を唱えでもしていれば、魔法を使ったのだとも思えるだろう。

 だが、信也にそのような様子は一切なく……それどころか、何らかのマジックアイテムを使った様子も見えなかった。

 もし山賊がもっと冷静であれば、属性魔法と言われている一般的に広まっている魔法以外の魔法を使ったという可能性も考えつくことが出来ただろう。

 もっとも、山賊の見張りをやっているような男だ。

 属性魔法以外の魔法だと言われても、それが具体的にどのような魔法のか……例えば、召喚魔法、札術、精霊魔法、宝石魔法といったような魔法を思いつくことが出来なかっただろうが。

 ともあれ、山賊にとって信也は人よりもモンスターだと言われてもおかしくはない。そんな不気味な相手でしかなく……


「さて……」

「うわああああああああああああああああああああああああああっ!」


 だからこそ、信也の視線が石像と化した山賊の男から自分に向けられた瞬間、恐怖から叫ぶことしか出来なかった。

 そして、山賊のアジトたる洞窟の見張りをしている男にとって、その叫びは十分な仕事となる。

 今の悲鳴を明らかな異常事態と判断し、洞窟の中にいる山賊たちは慌ただしく戦闘の準備を整えていく。

 山賊山脈と言われている場所だけに、他の山賊が襲撃をしてきてもおかしくはないし、もしくはモンスターが……あるいは、討伐隊が送られてきた可能性もあるし、冒険者が討伐の依頼を受けてやって来た可能性もあった。

 そんな緊張と共に、山賊たちは次々に武器を手にして洞窟の外に出てくるが……そこにいるのが、見たこともない服を着ている男一人だけだと知ると、気を抜いた表情となる。


「おいおい、お前こんな奴を怖がったのかよ。それはいくらなんでも情けなさすぎやしないか?」


 山賊の一人が叫び声を上げた見張りの山賊をからかうように言うが、からかわれた方は、何も言葉に出来ず信也から目を離さない。

 それこそ、まるで信也から目を離せば自分までもが石像にされてしまいかねないと、そう思っているかのように。

 そうしながらも、石像になってしまった相棒を指さすことが出来たのは……山賊としてのプライドや矜持といったものからか。

 そんな様子を笑いながらも、山賊たちは何となく指さされた方を見て……下卑た笑いが止まる。

 そこにあったのは、明らかに見覚えのある石像だったためだ。

 それなりに長い付き合いの、自分たちの仲間。


「え?」


 一体誰の口からそのような間の抜けた声が出たのか、それは山賊たちにも分からない。

 そんな空気の中、山賊たちのやり取りをじっと見ていた信也は目の前に現れた山賊たちをどうするべきか迷っていた……訳ではなく、人を一人殺した――正確には石化させたのだが――にもかかわらず、全く動揺しない自分に驚いていた。

 分かってはいたが、それでもやはり実際にそれを経験するというのは違うのだ。

 幸いだったのは、そんな葛藤……いや、戸惑いを感じている信也の表情が、ほとんど動いていなかったことか。

 傍から見れば、信也はわざわざ山賊たちが戦闘準備を整えるのを待っていたようにしか思えなかった。

 そうした戸惑いから我に返った信也は、仲間の石像の姿に戸惑っている者たちを眺め……先手必勝、とばかりに再びバジリスクの能力を発動させる。

 瞬間、信也の視線の先にいた数人が、さらに戸惑ったような声を出す。

 自分に何が起きたのかは分からなかったが、それでも何かが起きたというのは、身体が自分の自由に動かせなくなったことで理解したのだろう。

 そんな光景に驚いたのは、信也のバジリスクの能力によって現在進行形で石化させられ続けている山賊たちではなく、むしろその周囲にいた者たちだろう。


「なぁっ!?」

「お、おい。一体どうなってるんだ!?」

「頭を、ヘルマンの頭を呼べ! こいつは危険だ!」


 仲間が目の前で石化するという光景に、自分たちだけでは手に負えないと判断した山賊たちが、親分を……この山賊団の中で最強の男を呼ぶように叫ぶ。


「んだぁ? 俺様を呼んだのか? って、まだ片付いてないのかよ」


 面倒臭そうに言いながら姿を現したのは……巨漢と呼ぶべき男だった。

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