表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/80

038

 シンとアリスの覚悟が決まった頃、その戦場から少し離れた場所では、マルクスとブラスの戦いが続いていた。

 斧と大剣が空中でぶつかり合い……大剣が相手の身体を斬り裂き、その刀身に血を付着させる。

 マルクスは、シンが率いる山賊の中でも個人の武勇という点では並ぶ者がいないだろう実力を持つ。

 それこそ、バジリスクの能力や土の魔法といった能力を使わずに戦うのであれば、シンもマルクスに勝つことは出来ない。……少なくとも、今は。

 だが、山賊山脈最強の山賊と言ってもいいマルクスは、現在身体中に傷を受け、血を流していた。

 マルクスにとって幸いだったのは、その傷が比較的浅いもんだったということだろう。

 皮膚を裂き、肉を斬り……だが、骨までには達していないといった傷。

 それでも、身体中に何十ヶ所も傷を付けられれば、その消耗は激しい。

 ましてや……ブラスの振るう大剣の一撃を防御に徹することで、ようやくこの程度のダメージに耐えているのだ。

 下手に一撃を受け損なうようなことがあれば、軽傷どころか腕の一本や二本は飛ばされてもおかしくはない。


「はぁ、はぁ、はぁ!」


 息を荒らげながら、それでもマルクスは何とかブラスの大剣を弾く。


「全く、よくもこれだけ持ち堪えるものだ。……そろそろ、諦めてもいいと思うのだがな」


 そう告げながら、ブラスは大剣を手元に戻す。

 身体中傷だらけのマルクスとは違い、ブラスの顔や身体には一切の傷がない。

 それが、お互いの戦闘力の差を如実に表していた。


「そう言われてもな。儂もお主を任された身だ。そうである以上、そう簡単に向こうに行かせるわけにはいかんよ。シンから頼まれたのだからな」

「……分からんな。あのような若造に、何をそんなに期待する? それほど期待出来るような者だとは思わんがな。あの石化能力は驚いたが」


 ブラスの言葉に、マルクスは額から流れてくる血を拭いながら口を開く。


「お主には分からんよ。だが……それを説明する気は、ない!」


 鋭く叫び、マルクスは斧を素早く振るう。

 そうしながらも、マルクスは心の中で祈るように呟く。


(シン、出来るだけ早くしてくれ。こちらは……いつまで持たん。そう遠くないうちに、儂は戦闘不能になるはずだ。だから、早く……頼む!)


 口では全く問題のないという様子を見せつつも、マルクスは現在の自分がそう長く戦えないだろうというのは、理解していた。






 ブラスとマルクスが激しく戦っているとき、シンやアリス、フレデリクといった面々の戦いは、最後の一幕を開けようとしていた。


「奴の動きを止めろ! そうすれば、俺が仕留めてみせる! ジャルンカ、アリスは俺に協力するから援護はお前一人になるが、任せたぞ!」

『ヒャッハー!』

「分かったっす!」


 シンの言葉に、ジャルンカが叫ぶ。

 ジャルンカだけが名指しだったのは、やはり弓を武器としていて、その技量も高かったからだろう。

 山賊たちがシンの口癖が移ったかのように叫びながら、フレデリクに襲いかかる。

 先程までの戦いでは、それこそ四人がかりで……それにプラスし、遠距離からの援護があってもろくなダメージを与えることが出来ずに苦戦していた。

 にもかかわらず、今こうして士気が高く戦意に溢れているのは、一つにはサンドラを捕らえたというのもあるだろう。

 向こうは強いが、決して自分たちでは勝てない訳ではないというのが、目に見えた形で示されたのだ。

 また、サンドラを捕らえたおかげで、そちらの戦力がフレデリクとの戦いに投入することが可能になったというのも大きい。

 そして何より……シンの放つ毒のブレスが命中すれば、フレデリクも倒せるだろうという希望があったし、今はそれにアリスが協力してより強力な一撃を放てるという計算もある。

 ……もっとも、アリスとの合体技が命中するかどうかというのは、非常に難しいとこなのだが。

 だからこそ、やる気に満ちてフレデリクと戦っている山賊たちを見ながらも、シンは決して楽観的な気分にはなれない。

 どうにかして、相手の動きを止める方法を……と、そう考えていたシンだったが、ちょうどそのタイミングでバジリスクの能力が急速にこの戦場に近づいてきている存在を感じ取る。

 気配の類を感じるような真似は、シンには出来ない。出来ないが……今、この場に近づいてきている存在に関しては、話が別だ。

 蛇の王たるバジリスクの力を覚醒させたシンだからこそ、感じることが出来る存在。

 それは、この無謀な突撃を行う前に呼び寄せていた蛇が大量にこの場に集まってきているという感覚。


(よし、これでいける!)


 戦いの中で、蛇による奇襲がどれだけの効果を発揮するのか。それは、今まで幾度となく蛇を使って戦いに勝利をしてきたシンだからこそ、実感として理解していた。


「アリス、蛇が集まってきた。もう数分もすれば、蛇があの男の足を止めてくれるはずだ。それに合わせて毒のブレスを使うから、その準備を頼む」


 そんなシンの言葉に、一瞬何を言われたのかアリスには理解出来なかった。

 だが、すぐにその言葉の意味を飲み込んで頷きを返し、呪文の詠唱を始めた。


『私は水を使役する者、水と共にある者、水よ、水よ、水よ。私の意思に従い、大いなる母としての力をここに現せ。私の、我の、自分の意思に従い、その姿を現せ』


 アリスの呪文と共に、左手に持っていた水の入った容器を媒介として魔法発動体の指輪に魔力が流れ、周囲に水球が三つ生み出される。

 水球を作るだけであれば、今のアリスであっても何とか出来るのだが……今回は、山賊と一緒に暮らしていたときに水を生み出すために使っていた簡単な魔法ではなく、シンの放つ毒のブレスと組み合わせ、その威力と速度を増すという真似をする必要がある。


「くっ!」


 封印具を使われる前であれば、それこそ容易く出来ただろう魔法の制御。

 だが、今のアリスでは力を振り絞り、文字通りの意味で全身全霊の力を使ってようやく制御出来るかどうかといったところだ。……いや、封印具を使われている状態でそれを制御しているという時点で異常なのだが。

 それでも、アリスは家族の仇を討つために、そして自分の今いる居場所を奪わせないためにと力を振り絞り、魔法を制御する。


「何っ!?」


 目の前の光景に驚いたのは、フレデリクだろう。

 現在のアリスが、封印具で魔法のほぼ全てを封じられているというのを知っているからこその驚愕。

 それを見て、もしかして、万が一にもということを考える。

 先程見た毒のブレスであれば、回避するだけの余裕は十分にあった。

 だが、そこに水の魔法が加わればどうなるのか……本当に今度も回避出来るのか、それが分からない。

 ちぃっ! という舌打ちをしながら、フレデリクはサンドラの方に視線を向けるが、そこにいるのは山賊に押さえつけられて身動き出来ないサンドラの姿だ。


(無能が!)


 そう思いつつ、口に出すのも惜しいと考え……残るもう一人の名前を叫ぶ。


「ブラス!」


 離れた場所でマルクスと戦っていたブラスは、その声を耳にして、もう少し時間があればマルクスを倒せるだろう状況であったにもかかわらず、即座にフレデリクの方に向かう。

 ブラスが受けた仕事は、あくまでもフレデリクの護衛であって、山賊を倒すことではないのだから。

 自分の声にブラスが動いたのを見て、これで何とか……そう思いつつ、その場から少しでも離れようとし……ふと、足が重いことに気が付く。

 本来であれば、何が起きたのかを確認しているような暇はなかったのだろうが、それでも反射的に下を見て、息を呑む。

 何故なら、そこでは片足につき十匹以上の蛇が巻き付いていたのだから。

 それに気が付かなかったのは、戦いの中で緊張していたというのもあるが、鎧の足甲で蛇の感触に気が付かなかったというのが大きい。

 そして、フレデリクの動きが鈍った瞬間……


「アリス!」


 シンが鋭く叫び、毒のブレスを放つ。

 同時にアリスも魔法を発動させ、その二つは組み合わさり、融合し……超高圧の毒のウォーターカッターと化し、フレデリクの胸元をあっさりと貫き……その程度は一切勢いが衰えず、フレデリクを助けようとしたブラスの頭部をも貫き、あらぬ方向に飛んでいくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ