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034

 真っ先に天幕の中に入ったのは、シン……ではなく、マルクス。

 だが、マルクスは天幕の中に入った瞬間に半ば反射的に斧を振るう。

 それは、敵を倒すための一撃という訳ではなく、自分に襲ってきた一撃を防ぐための反射的な行動。

 しかし……その一撃を受けたマルクスは、自分が受け止めた一撃の重さに驚愕する。

 マルクスの腕力は非常に強く。それこそヘルマンを相手にしても勝つだけのものがある。

 そんな腕力を持つマルクスだったが、受け止めたその一撃は、両手で斧を持っても何とか防ぎ……少しでも気を抜けば後ろに吹き飛ばされかねないだけの威力を持っていた。


「ぐっ、ぬ……!」

 

 だが、マルクスがその一撃を受け止めたおかげで、あとに続く者たちはその強力な一撃を受けずにすんだ。

 ……もしシンが真っ先に天幕の中に入っていれば、流星錘という武器しか持たないシンがその一撃を受けていたのだ。


「ちぃっ、さすが本陣っ!」


 叫びつつ、それでもシンは自分たちの勝利を確信していた。

 こうして、自分が天幕の中に入ってしまえば、それこそバジリスクの能力を使ってそれで勝利出来ると。そう、思っていたからだ。

 本来ならアリスに家族の仇を討たせるといった真似をさせたかったし、その前に捕らえた貴族から色々と情報を引き出しもしたかった。

 しかし、マルクスと互角に戦える……いや、むしろ防御に専念することでようやくマルクスが戦えているような相手がいるとなれば、話は別だ。

 石化の魔眼で一気に敵を倒そうとし……


「え?」


 シンの口から出たのは、間の抜けた声。

 当然だろう。天幕の中にいる者――当然味方を除いてだが――を石化させようとしたのだが、その効果がなかったのだから。

 それこそ、今まで石化の魔眼を使ったときとは全く違う光景に、理解が出来なかった。

 いや、正確には全く効果がなかった訳ではない。

 天幕の中にいた者たちの表面を石化はさせたのだ。

 だが、それはあくまでも表面だけで、軽く力を入れれば石化したと思われる場所は地面に落ちて散らばる。

 当然の話だが、石化した場所が地面に落ちたといっても、それは皮膚が石と化して地面に落ちたといった訳でなく、本当に石だけが地面に落ちたのだ。

 それでも間の抜けた声を出したシンが即座に攻撃されなかったのは、石化の魔眼を使われた方も一瞬自分が石になりかけたということを完全には理解出来なかったからだろう。

 そんな中、最初に我に返ったのはサンドラだった。

 腰の鞘からレイピアを引き抜き、叫ぶ。


「フレデリク殿、あの男です! あの男が交渉団や兵士たちを石化させた相手だと思われます!」

「っ!? 貴様ぁっ! 山賊風情が私を石にして殺そうとしたのか! 身のほどを弁えろ!」


 サンドラの声で我に返ったフレデリクが、山賊風情に殺されそうになったと知り、怒りで顔を真っ赤に染める。

 その声に込められている怒りは、フレデリクをよく知らない者にとっても極めて強い怒りであるというのを理解出来た。


「くそっ!」


 だからだろう。シンは半ば反射的にフレデリクに向かって流星錘を投擲した。

 本来なら頭上で回転させるような真似をして十分に威力を上げてから流星錘を使うのが最善なのだが、今のシンにとってはそれが最大限の行動だった。

 ……シンの持つ最大の能力たる石化の魔眼の効果がないというのは、シンにとって完全に予想外の結果だったと言ってもいいだろう。

 具体的に何がどうなってそのようなことにならなかったのかは、シンにも分からない。

 まさか、フレデリクが石化対策のマジックアイテム、それもその辺にある者ではく、非常に高い効果を持つ希少なマジックアイテムを用意していたとは、シンにも思わなかったのだろう。

 交渉団が石化させられたと聞いたフレデリクが、サンドラに強く勧められ、念のためにということで用意した代物だ。

 フレデリクは大規模魔法を使った者であれば魔力が回復していないから大丈夫だろうと主張したのだが、それでもサンドラは強く主張し、それが受け入れられた形だ。

 フレデリクにしてみれば、そのことも気に入らなかったのだろうが、サンドラの意見に従った結果、こうして助かったというのも気にくわない。

 その苛立ちを向けるのに、シンや山賊たちは最適の存在だった。


「この程度で私をどうにか出来ると思ったか!」


 自分に向かって飛んできた流星錘を、鞘から抜き放った長剣であっさりと弾く。

 シンにとって運が良かったのは、フレデリクが弾いたのが流星錘の先端の部分であったことだろう。

 紐の部分を切断されていれば、流星錘の先端部分はどこかに飛んでいき、この戦闘中は流星錘は使い物にならなくなっていただろう。

 一応反対側にも重りはあるのだが、片方の先端が切断されてしまえば、どうしても使い勝手が違ってしまう。


「くっ!」

「退いて!」


 苦し紛れに放った流星錘の先端を切断されたシンの後ろから、強引にアリスが姿を現す。


「なっ!?」


 そんなアリスの姿を見た瞬間、フレデリクは動きを止める。

 当然だろう。元々フレデリクが山賊山脈に攻め込んできたのは、アリスを捕らえる……それが無理なら命を奪うためだ。

 ヘルマンから聞き出した情報で、山賊山脈にいる山賊にアリスが匿われているというのは知っていたが、まさかこのような戦いの最前線に出てくるというのは、完全に予想外だった。

 そして、フレデリクの動きが止まった一瞬の隙を突き、アリスは水筒の中にある水を使って魔法を発動させる。

 それは、水の矢とでも呼ぶべき魔法。

 本来のアリスの力なら、それこそもっと上位の強力な魔法を使えただろう。

 だが、封印具によって魔法の力の大半を封じ込められている今は、その魔法で精一杯だった。

 とはいえ、その程度の魔法であっても人を殺すには十分な殺傷能力を持つ。

 ……そう。当たれば、の話だが。


「させるかっ!」


 その声と共に、マルクスと戦っていたブラスが大剣を大きく振るう。

 天幕の中で大剣を振るったのだから、当然周囲の布は裂け、布を支えている骨組みも切断されるが……そのような状況にあっても、ブラスの振るう大剣は一切の速度を落とすことがないままに、水の矢を弾く。

 当然の話だが、普通の武器で魔法を弾くといった真似は出来ない。

 それが出来るのは、ブラスの振るう大剣が普通の大剣ではない……いわゆる、魔剣であるということの証だった。


「よくやった! サンドラ、お前も戦いに参加しろ!」


 フレデリクの叫びに、サンドラも腰の鞘から己の武器たるレイピアを引き抜く。


「フレデリク殿、この天幕の中ではこちらが不利です。一旦、外に出ましょう。そうすれば、味方の援護も期待出来ます!」


 シンたちの隙を窺いつつ、サンドラが叫ぶ。

 ただし、マルクスとブラスという巨漢二人の戦い、それも巨大な斧と大剣を振り回している以上、天幕は既に半壊状態に近かったが。

 だからこそ、フレデリクもこのままここにいれば、天幕が崩壊してしまうと判断し、珍しくサンドラの言葉に素早く叫ぶ。


「分かった、では、外に出る。先に行け!」


 ここで、自分の安全のためにサンドラを先行させる辺りは、フレデリクの保身が働いたのだろう。

 当然サンドラもそれは理解していたが、今のこの状況でそのようなことを言い争っている場合ではない。

 入り口付近ではブラスが巨大な斧を持っている巨漢の山賊と戦っているし、そのすぐ近くには無詠唱で相手を石化させるような能力を持つ男や、魔法を封じられているとはいえアリスの姿がある。

 石化の能力を持つ人物には非常に興味深かったし、一見無謀とも思われる敵本陣の突入という行為を成功させたことにも興味を抱いたが……今は自分の好奇心よりも、ここを脱出する方が先だった。


「はぁっ!」


 布の破けた向こうに山賊がいるのを確認し、サンドラはレイピアで鋭く山賊を布越しに貫いてから、天幕を脱出するのだった。

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