032
「……このままだと、やばいな」
戦場から少し離れた場所で、シンは呟く。
その視線の先では、アリスの指示に従って三人、四人、五人といった風に山賊たいが纏まって一人の騎士に対抗するといった光景が広がっていた。
本来なら、騎士団は一塊になって戦場を横断する予定だったのだろうが、シンが使ったバジリスクの能力にって反乱軍の兵士たちが石像と化したために、それは出来なくなっている。
騎士が個別に行動するようになったので、山賊たちも何とか対応出来ているのだが……それも、今だからこその話だ。
このまま長引けば、やがて戦いは山賊たちの戦力が減っていき、戦いの天秤は騎士団に傾いていくというのがシンの予想だった。
つまり、それまでにどうにかする必要があるということだ。
(どうする? ……いや、どうするのかは、もう決まっている。このまま戦いになればこっちがいずれ負ける。そうなると、その前に何とかする必要がある。それは……反乱軍を率いている貴族を討ち取るなり、捕らえるなりする必要がある。そうなると……)
現在の状況で動ける戦力というのは、決して多くはない
そうなると、出来るだけ素早くこの戦いを終わらせるために取るべき方法は……
「精鋭で直接向こうの本陣に乗り込んで、敵の大将を討つ、か」
他にも何か手段はあるかもしれなかったが、残念ながらシンにとって今すぐに思いつくのはそれくらいしかない。
日本にいるときは色々な習い事をしていたが、その習い事に軍略といったものがあるはずもなかった。
(そうなると、俺と一緒に敵に突っ込むのは……)
そう考えつつ、シンは周囲を見回す。
そんな中で真っ先に目についたのは、他の山賊たちは三人から五人で騎士に対抗している中、馬に乗った騎士とたった一人で戦い……それどころか、圧倒している男。
(精鋭ってなら、マルクスは外せないだろうな。他にも弓を使うって意味でジャルンカと……他には……ヘルマンがいれば連れて行ったんだけどな。いや、いない奴のことを考えてもしょうがない)
表向きはシンに従っていたが、その内心では心から従っている訳ではないというのは、それこそシンにも理解出来た。
そうである以上、いずれ何らかの行動を起こすというのは分かっていた。分かっていたのだが……肝心なときにその戦力を使えないというのは、この場合痛かった。
そんな風に考えていると、やがてジャルンカがシンの側までやってくる。
「シンのお頭、どうするっすか? このままだと……」
「分かっている。このまま時間が経てばこっちが不利になる。今は数の差でどうにか有利だが、そうならないように、今やるべきは……反乱軍を率いている貴族を倒すのが最善だろうな。ジャルンカ、アリス、マルクス、サンディ、それと現在戦っている山賊の中で腕の立つ奴を戦場が崩壊しない程度集めてくれ。ああ。もちろんお前もだ」
そんなシンの言葉は、ジャルンカにとっても予想外だったのだろう。
一瞬驚きの視線をシンに向け……だが、数秒で我に返ると、すぐに頷いてその場から走り去る。
ジャルンカの後ろ姿を見送ると、次にシンは少し離れた場所で様子を見ていたアリスに向かって手招きし、呼び寄せた。
「どうしましたの?」
「これから、敵の本陣に向かって少数精鋭で突撃する。狙いは反乱軍を率いているだろう貴族の首だ。アリスにも、一緒に来て貰う、いいな?」
その言葉に、アリスは一瞬嬉しそうな表情を浮かべ……だが、次の瞬間には本当にいいの? といった視線を、向ける。
アリスにとって、反乱軍を率いている貴族というのは自分の家族の仇に等しい。
そうである以上、その貴族を倒す……もしくは自分で倒すのではなくシンが倒すのかもしれないが、その死を間近で見ることが出来るというのは、抗いがたい誘惑だった。
だが……今のアリスは、封印具によって魔法の力を大きく封じられている。
並外れた魔法の才能があるアリスだからこそ、封印具を使われていても、多少なりとも水魔法を使うことが出来ているのだが、それでも魔法を使うのに水を必要とするし、使える魔法もそこまで高度なものではない。
「私も行っていいの?」
「当然だろ。俺たちの中で、貴族たちの知識を一番持っているのはアリスだ。反乱軍との戦闘経験が多いのもそうだし、この部隊を率いている貴族が誰なのかを素早く見極める必要もある」
それらの理由を並べると、ようやくアリスは納得した様子を見せた。
もっとも、シンがアリスを今回の奇襲に連れて行くつもりになったのは、アリスの中にある反乱軍に対する憎悪を多少なりとも晴らさせてやりたいという思いがあったのも間違いない。
そんなシンの言葉を本格的に理解しているのかどうかは分からないが、アリスは真剣な表情で頷きを返す。
「分かったわ。なら、行きましょう」
そうアリスが言うのと同時に、ジャルンカがマルクスやサンディ、それと山賊の中でも腕の立つ者を数人連れてやってくる。
「シンのお頭、お待たせしたっす! 全員、ちゃんと連れてきたっすよ!」
「ああ、よくやった。……さて、話は聞いてるか?」
そう尋ねるシンに、全員が頷く。
ただし、頷いた者の中でサンディのみは戦いに対する恐怖から身体が震えていた。
元々サンディは、身の軽さや隠密行動は得意としていたが、戦闘となると身体が縮こまってろくに戦うことは出来なかった。
……だからこそ、ヘルマンが頭をしていたときの山賊団では、役立たずと判断されて雑用をさせられていたのだ。
そのように戦闘が苦手なサンディだったが、それでも今回に限っては偵察要員として絶対に必要だった。
戦場の中を、可能な限り敵に見つからないようにして敵の本陣に向かうというような、無理、無茶、無謀な真似をする以上、何かあった時にすぐに情報を集めることが出来るというのは必須だったからだ。
そして、シンから見てサンディ以上にその手の行動に向いている者はいない。
いや、山賊の中には、もしかしたらサンディよりも偵察要員として優れている者がいるのかもしれないが、シンが一番信頼出来る偵察要員となれば、やはりサンディなのだ。
「サンディ、落ち着け。お前は基本的に戦わなくてもいい。お前がやるのは、俺が必要だと思った時に指示を出すから、その指示に従って周辺をい偵察するだけだ。いいな?」
シンの言葉で、サンディの怯えも多少なりとも消える。
それでも完全に消えることがないのは……やはり、現在の状況を考えると敵の本陣に突入するという行為が怖いからだろう。
「なぁ、シン。お前さんのあの石化の能力で敵の本陣を纏めて石化させるといったことは出来ないのか? 戦場になっている場所では敵味方が混在してるから使えないのは分かるが、敵の本陣ともなれば、味方はいないだろう? なら、儂らも本陣に突入などという真似をしなくてすむと思うんだが」
「無理だな。山賊山脈の戦いでもそうだっただろ? 俺の能力は見えた場所に発動する。それは逆に言えば、見えない場所では発動しないということだ」
周囲にいる他の者たちには聞こえないように、小声で呟く。
ジャルンカやサンディ、アリスといった者たちには聞かれても問題はないが、それ以外に連れてこられた山賊たちはシンもあまり知らない相手だ。
それだけに、自分の能力のついての詳細を教えようという気にはならない。
……ヘルマンの一件があっただけに、よけいにそう思うのだろう。
石化の魔眼は使えないと告げシンは敵本陣への突撃についての説明を続けるのだった。




