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「ヒャッハー! シンのお頭の言う通りになったぜ! おら、敵が混乱している今のうちに、一気に攻撃を仕掛けるぞ!」
そう叫びつつ、山賊山脈から山賊たちが飛び出てくる。
その数は、山賊としては多いが、軍事勢力として見た場合は明らかに少なく、フレデリク率いる反乱軍であれば容易に……とは言わずとも、対応出来るはずだった。
しかし、それはあくまでも本来ならばの話だ。
兵士の多くがいきなり全身、もしくは身体の一部が石化してそこから次第に石化の範囲が広まっていったり……そのようなことになっている状況で、平常通りに戦えという方が無理だった。
結果として、多くの兵士が本来なら自分たちよりも弱い山賊たちに一方的に殲滅させられていってしまう。
そんな光景を、アリスは山の中から唖然とした表情で見ていた。
王女として反乱軍と戦ってきただけに、当然反乱軍の兵士がどれだけの強さかは知っている。
少なくとも、山賊と戦えば本来なら一方的に蹂躙されるのは山賊たちの方だった。
だが……現在目の前に広がっている光景は、そんなアリスの予想とは全くの逆。
兵士たちこそが、山賊たちに一方的に蹂躙されていた。
「シンの力……これほどとは……」
封印具を使われる前の自分も、一人で戦局に影響を与えるだけの力を持っていた。
だからこそ、シンの馬鹿げた能力に驚きはしつつも、まだこの程度ですんでいるのは。
(下手に魔法についての知識がある人なら……恐らく、何がどうなっているのか、分からないでしょうね)
眼前の一方的な戦いを見ながら、アリスはしみじみとそのように思うのだった。
アリスが山の中で戦いを……山賊が一方的に兵士たちを蹂躙する光景を見ていた頃、当然ながらその光景は反乱軍の方からでも把握されていた。
最初は何故兵士たちが動揺しているのか分からなかったのだが、前線からの報告が来れば、いやでもそれを理解しなければならない。
「おのれ、交渉団を全員石化させるという大規模な魔法を使ってまだ数日だというのに、兵士の大半を石化させるだと!? 一体、どれだけの魔法使いが王女にはついたというのだ!」
フレデリクは苛立ちと共に吐き捨てる。
実際、この展開はかなり予想外であり、まさか自分の率いる兵士たちがこうも一方的にやられるとは思っていなかった。
「フレデリク殿、兵士達はすでに完全に混乱しているので、戦力としては使えません。騎士団を投入した方がよいかと」
サンドラの言葉に、フレデリクは一瞬鋭い視線を向ける。
本来なら、この戦いは騎士団を投入せず、兵士たちだけで山賊たちを一方的に蹂躙出来ると考えていたのだ。
だが、現在フレデリクの視線の先で行われているのは、当初の予想とはまるで違う光景。
そのことに苛立ちを覚えるフレデリクだったが、それでもここで喚き散らすような真似をしないのは、そのようなことをすれば危険だと理解しているからだろう。
やがて、現実を突きつけてくるサンドラを睨み付けたあと、苦々しげな口調で命じる。
「分かった。騎士団を投入しろ。ただし……」
「はい、山賊と兵士が戦っている場所に向けて騎士を突入させます」
それは、兵士たちをより混乱させる行動なのは間違いない。
だが、そうしなければ……山賊たちとの混戦に持ち込まなければ、兵士たちと同じように騎士団が纏めて石化されてしまうという可能性が高かった。
いくら相手が凄腕の魔法使いであっても、まさか味方ごと石化するような真似はしないだろうというのが、サンドラの予想だった。
(もっとも、その予想も向こうが山賊を捨て駒として見ていた場合は、役に立たないのですが……この戦力の投入の仕方を見ていれば、恐らくは大丈夫でしょうけど)
そのように思っているサンドラの視線の先で、伝令の兵士が騎士団に向かって走る。
伝令だけに、馬を使ったその移動速度は素早く……やがて、命令が届いた騎士団もすぐに動き出す。
騎士団も、自軍の兵士が次々に山賊たちにやられてるのを見て、不満を抱いていたのだろう。
山賊如きに、ここまで一方的にしてやられるとは、と。
だが、一瞬にして兵士の多くが石化された状況を見れば、自分たちの判断だけで勝手に戦闘に参加する訳にもいかず、こうして命令が来たのを幸いと混戦の中に突っ込んでいった。
騎士の全員が騎兵であり、その突撃の勢いは脅威以外のなにものでもない。
シンであれば、歩兵によって混戦している場所に、戦車や装甲車が突っ込んできた……と、そう表現するだろう。
実際、馬に乗った騎士というのは、それだけの迫力を持っていた。
山賊たちの中で、最初に突っ込んでくる騎士団に気が付いた男が叫ぶ。
「退け、退くんだ! 騎士団が出てきやがった! 連中、仲間諸共に俺たを殺すつもりだ! 山の中に退けぇっ!」
叫ぶ山賊だったが、シンに従っていても山賊というのは結局のところ自分勝手な者たちが多く、規律などというものは……全くないとは言わないが、兵士たちに比べれば恐ろしく緩い。
だからこそ、現在戦っている多くの山賊たちが戦いの興奮に酔い、血の臭いに酔い、いつもであれば自分たちを殺す側である兵士を殺す快楽に酔う。
多くの山賊がそれらに酔っている状況の中で、一人や二人の山賊が叫んでも、その声に耳を傾ける者がそういるはずがない。
あるいは、これで叫んだのがシンであれば、もしかしたらその命令を聞いた者もいたのかもしれないが。
結果として、山賊たちは突撃してくる騎士たちに多くの被害を受けることになる。
不幸中の幸いだったのは、やはり山賊たちと一緒に反乱軍の兵士たちがいたことだろう。
山賊たちも被害を受けたが、兵士たちもそれ以上に被害を受け……騎士の中には、兵士や山賊たちの陰になった石像にぶつかり、落馬した者もいいる。
だが、相対的に見れば騎士団は一方的に山賊たちを駆逐していく。
このままでは、負ける。
山賊たちの中にそんな空気が流れ、中にはすでに逃げ出そうとしている者もいる。
シンの傘下に入ったとはいえ、山賊は山賊だ。
勝っているときは強いが、ピンチになればすぐに逃げ出す者が出てきてもおかしくはない。
しかし……次の瞬間、戦場の中を飛んできた一本の矢が、騎士団の中でも戦闘に立っていた騎士の兜に突き刺さる。
正確には、視界を確保するための隙間を射貫いたという方が正しい。
馬に乗っていた騎士が頭部を貫かれ、落馬して地面に落ちる。
即死だったためだろう。地面に落ちてから、動き出す様子はない。
「逃げるじゃないっすよ! 兵士たちのほとんどがもう戦力にならない以上、数ではもうこっちが勝ってるっす!」
射られた矢が騎士の兜の隙間から刺さったのは、半ば偶然だった。
それでも、一瞬だけ周辺が静かになったのを見逃さず、ジャルンカが叫ぶ。
そして、ジャルンカの側にいたアリスは、それに続くようにして叫んだ。
「騎士は強いけれど、絶対に勝てない相手ではありませんわ! 三人から四人が一組にあって騎士に当たれば、決して一方的に負けることはありません!」
普通であれば、そんな言葉を聞いても山賊は素直に従うといったことはなかっただろう。
だが、騎士団によって一方的に蹂躙されており、何とか生き延びる方法はないかと思われていた中での言葉だ。
何よりも、アリスはその魔法の力を持って常に戦場に立ち、反乱軍を含めて敵対する相手からは鮮血の王女とまで呼ばれたほどだ。
そのアリスの言葉には力があり……山賊たちは自分たちのピンチと合わさり、アリスの言葉にすがるようにして、三人、四人、場合によっては五人一組で騎士に立ち向かう。
兵士のほとんどが戦力として使えないからこその、運に恵まれた状況だからこそ出来たことだったが、それでも何とか騎士団の一方的な蹂躙は止めることが出来たのだった。




