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003

 土の魔法。それを具体的にどう使えばいいのかと言われ、すぐにはいそうですかと出来るはずもない。

 間違いなく信也にはその才能はあったのだが、実際に土の魔法を使って見せろと言われて、すぐにはいそうですかと理解出来るほど、この世界において魔法というのは簡単なものではなかった。


「つまり、あのパソコンは俺に土の魔法の才能は与えたけど、その魔法を使えるようにしっかりと勉強しろと、そういうことなのか? ……勉強それ自体はそこまで嫌いじゃないからいいんだけど」


 元々小さい頃から複数の習い事をさせられていた信也だ。当然のようにその中には家庭教師の類もおり、学校の中では成績は常に首位だった。

 ……正確には、首位から陥落すると父親からの躾という名の暴力が待っていたので、その成績を維持する必要があったとのだが。

 信也にとっては非常に苦々しい思いだったが、小さい頃からの英才教育――もしくは詰め込み教育――により、勉強そのものは嫌いでも苦手でもなかった。

 もっとも、それはあくまでも普通の授業のことであり、この世界における魔法の勉強が出来るかどうかというのは、全く不明だったのだが。


「そうなると……え? あれ? これからどうすればいいんだ? 取りあえず今更……本当に今更だけど、このまま山にいる訳にもいかないしな」


 そう言いながら信也は空を見上げるが、太陽はまだ傾いておらず昼前後といったところだった。

 信也が日本で死んだのは、夜。

 そのまま妙な空間でパソコンを使って能力を覚醒させてこの世界にやって来たのだから、すでに眠くなっていてもおかしくはないはずだった。

 だが、今の信也は全く眠気を感じていない。

 それがバジリスクの能力のせいなのか、それとも単純にあの妙な空間にいた影響なのか……どちらなのかと数秒迷った信也だったが、次の瞬間には何となく後者だろうと判断する。

 何か証拠の類があった訳ではないが、それでも恐らくはそうだという不思議な確信が信也の中にはあった。


「それでもこのままってのはどうにもならないしな。このままだと山で夜を越すことになるし。……うん、取りあえずここにいるって選択肢はないな」


 山を降りることが出来なくても、最悪でも水の確保が重要というのは、田舎に住んでいて山の危険性を学校で聞いているだけによく分かった。

 ましてや、ここは異世界で魔法が存在する場所なのだから、場合によってはモンスターが出てくるという可能性もある。

 信也は、ここで能力の実験をしている場合ではないと山を下り始める。

 バジリスクの能力や地の魔法については覚醒したものの、決して信也の身体能力や五感が強化された訳ではない。

 耳を澄ませても、聞こえてくるのは水の音ではなく、風が木々の枝を揺らす音だったり、鳥の鳴き声だったり、動物の鳴き声だったりといったもので、水の流れる音は全く聞こえてこない。


「すぐに山を下りた方がいいな。ここにいても、食べ物も飲み物もないし」


 そんな風に思いながら、とにかく山を下りようとして歩き出し……それから十分もかからないうちに、信也は踏み固められた道を見つける。

 一瞬動物の通り道かと思ったのだが、明らかに人間のような二足歩行する生き物の足跡がある以上、その考えはすぐに却下された。

 土の上に残っているのは、間違いなく履き物の跡。

 つまり、何らかの文明を持っている者たちがこの世界にはおり、なおかつこの場を通ったということを意味している。

 おまけに、靴の跡を見る限りでは何日も前という訳ではなく、少し前といった感じだった。

 こうして靴の跡があるということは、人の住んでいる場所もあるということであり、信也としては山で野宿をする可能性が減ったことに安堵しながら、その足跡を追う。

 ……このとき、信也が別の選択をとっていれば、未来は違うものになっただろう。

 だが、信也は足跡を追うようにして、山道を進むという選択肢をし……


「あん? お前、一体誰だ? 何だってこんな場所にいる?」


 山道を歩き続け、数十分。

 洞窟を見つけ、その前に立っている男たちは、信也を警戒の視線で見る。……いや、この場合は睨むといった表現の方が正しいだろう。

 普段の生活が顔に出ているのか、見るからに粗暴そうな性格をしているのだろうというのは、その表情と言葉遣いだけで信也にも断言出来た。

 それでも……本当に不思議なことに、信也は目の前で斧を手にしている男たちを見ても、恐怖心といったものは一切覚えなかった。

 普通に考えれば、間違いなく命の危機であるというのに。


(これもあのパソコンのおかげか)


 好きに生きる。

 そう言うのは構わないが、信也の性格はともかく、平和な日本で生まれ育ってきたのは事実なのだ。

 そうである以上、好きに生きると言ってもその倫理観が生きる上で枷となる可能性は十分に高かった。

 だからこそ、パソコンに頼んでその辺りを調整して貰ったのだ。

 ……正直なところ、自分が自分ではなくなるということに対して嫌悪感の類を抱かなかったのは、信也本人にとってかなり予想外だった。

 だが、その倫理観は父親によって植え付けられたものだと考えれば、それを消すのに嫌悪感を覚えないのは当然だと思い直す。


(山賊……さて、どう接するか。友好的に接するってのは多分無理だろうけど……いっそここは逃げるか? いや、俺はこれから好きに生きると決めたんだ。なら、こんな場所で逃げるような真似なんか出来る訳がない)


 そう決意すると、信也は意図的に音を立て、一歩を……人のためではなく、自分のために自由に生きるための一歩を踏み出すのだった。

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