029
交渉の兵士が来た、二日後の昼。シンの姿は山賊山脈の麓にあった。
当然ながら、シン一人できたのではなく、そう離れていない場所にはシンの傘下の山賊たち……つまり、山賊山脈の大部分の山賊たちが、それぞれに散らばっている。
この警戒は当然のことだった。
反乱軍にとっては、アリスを匿っているシンという人物は邪魔な存在だ。
ましてや、ヘルマンが情報を提供している以上、シンの持つバジリスクの能力は向こうに知られている可能性が高く、それを承知の上で今日のような交渉を場を持つと言ってきたのであれば、当然のように何らかの対策をしてきたと思うのは当然だったからだ。
……シンも、まさかヘルマンがより多くの報酬を得るためにシンの情報を出さないまま、用済みとして殺されているとは思いもしなかったのだろう。
ともあれ、シンはジャルンカとマルクスの二人を従え、交渉の場に向かう。
なお、本来ならシンにとって諜報面で頼りになるサンディは、連れてきていない。
偵察も担っているサンディは、当然ながら人にその姿を知られていない方が有利だからだ。
「だ、大丈夫っすかね? もしこれで、俺っちたちを捕らえようと待ち構えてたら……」
その光景を思い浮かべたのか、ジャルンカは怯えを隠せないようにして、視線の先にある……これから交渉を行う予定の天幕に視線を向ける。
天幕には、当然のことだが騎士や兵士が護衛として守っていた。
そんな騎士や兵士たちがシンに向ける視線は、当然のように敵意や軽蔑といった負の感情に満ちており、三人の中で一番気弱なジャルンカを怯えさせた。
しかし次の瞬間、ジャルンカの背中がパァンッ、と高い音を立てる。
「痛っ!?」
「落ち着け、儂らは山賊山脈の代表としてここにいる。そうである以上、侮られるような真似をするな」
「……取りあえず、生きて帰るのはそう難しくないだろうから、安心しろ。……なぁ?」
「じゃー?」
二人の会話を聞いていたシンは、右肩にいるハクに向かって声をかける。
生まれた時に比べれば大分大きなったハクだが……それでも、全長二十センチあるかどうかといったくらいの大きさでしかなく、客観的に見ればまだ小さい。
そんなハクの様子を見てジャルンカも多少なりとも落ち着いたのか、微かにではあるが笑みを浮かべる。
やがて、シンたちは山賊山脈の麓に用意された天幕に到着するが……シンの目の前には、それ以上は進ませないといった様子で数人の騎士が立ち塞がる。
「何のつもりだ? お前達が交渉したいと言ったから、わざわざ来てやったんだがな」
「は? 何を言ってるんだ? たかが山賊風情が俺たちと対等のつもりか? はっ、随分と俺たちも侮られたものだな」
あからさまに、見下す視線と口調。
騎士の態度の全てが、シンたちを本来なら自分たちの前に立つことが出来ない身分だと示している。
そんな騎士を見て、シンは踵を返す。
「帰るぞ、ジャルンカ、マルクス。どうやら反乱軍の連中は、自分で交渉したいといって呼び寄せた相手に大してまともに対応も出来ないような屑の集まりらしい。この程度の連中と交渉をしても、全く意味はない」
「な!?」
シンの口から出たのは、あからさまな挑発だ。
騎士の男は、自分が挑発することには慣れていても、挑発されるということには慣れていないのか、怒りで顔を真っ赤にし……だが、本当にシンがここから立ち去ろう歩き出すと、すぐにその顔は赤から青に変わる。
当然だろう。この騎士が山賊に対して思っていることは、他の騎士や兵士たちも思っていることに違いはない。
だが、それを直接言葉に出し、その結果としてシンは自分たちに交渉する価値なしと判断して立ち去ろうとしているのだ。
そのような勝手な真似をしたのが上に知られれば、当然のようにこの騎士の立場は不味くなる。
「シンのお頭、本当に戻るんすか?」
「ああ。反乱軍の程度を見ることが出来たからな。それで十分だ」
そう言い、去ろうとしたシンだったが……
「待て」
そんな声が不意に周囲に響く。
聞こえてきた声を無視しても良かったのだが、それでも振り向いたのは……声を発したのが先程の騎士ではなく、別の人物だったからだろう。
不承不承といった様子で振り向いたシンが見たのは、天幕からやって来た一人の貴族らしい男の姿。
壁の類がない天幕だからこそ、先程の騎士とシンのやり取りが聞こえていたのだろう。
この状況で声をかけられたのだから、シンはもしかしてあの貴族が騎士の態度について謝るのではないかと、そう思っていたのだが……
「山賊如きが貴族に大して不敬であろう。貴様らのような低俗な輩に同情して交渉の場を持ってやったのだ。少しは感謝くらいしたらどうだ?」
そんな貴族の言葉に、周囲の騎士や兵士達は強力な味方を得たと、歓声を上げる。
反乱軍に所属しているだけあって、強い選民意識を持っているのだろう。
もちろん、反乱軍全員がそのような者ではないのかもしれないが、少なくとも今この場にいる者にかんしては全員がそのような者たちだった。
そのような貴族の姿を見て、シンは向こうが最初からこの交渉を成功させるといったことがないつもりだったのを理解する。
そうなると、当然のように何故このような場を設けたのかといったことが気になるが……それでも、普通に考えればやはり山賊団を纏めている自分を捕らえるか何かするためなのだろうと判断した。
「……」
シンはジャルンカとマルクスの二人にその場にいるように合図をし、貴族に向かって歩き出す。
そのような合図をしておかなければ、年下とはいえシンの強さに憧れを抱いているジャルンカや、シンの友人、同盟者という認識を持っているマルクスは、今にも騎士たちに攻撃をしそうになっていたというのも大きい。
だが、それ以上に……ここまで侮られ、コケにされ、見下され……そのような状況で、シンが相手をそのままにしておくという選択肢は存在しなかった。
「おや、何だね? 自分の非礼を詫びるつもりでもなったのかね? だが、まぁ……山賊としては……うん?」
そこまで言った貴族は、自分に近づいてくるシンを見てふと違和感を抱く。
だが、周囲には大勢の兵士や騎士たちがいるような状況で、この山賊も妙な真似をしないだろうと判断し……次の瞬間、貴族の目に映ったのは、無言で拳を振り上げているシンの姿。
「ぎゅぺおっ!」
貴族も、戦場に出てくる以上は当然のようにある程度の戦闘訓練は受けている。
だが、それでもまさかこの状況で自分を殴ってくるとは思っていなかったのか、貴族は回避や防ぐことすらも出来ずに、思い切り殴られた。
それも、一発だけではない。殴って吹き飛ばされた貴族に馬乗りになると、そのまま連続して拳を振るい続ける。
「ぎゃっ、ぎょっ、ぎゃ……にゃ、にゃめ……ちょめろぉっ!」
「ヒャッハー! 誰に喧嘩を売ったのか、存分に思い知らせてやる!」
殴られ、悲鳴を上げ続ける貴族だったが、殴られ続けながらも助けを求める声に、騎士や兵士たちは我に返り、武器を手にシンに殺到しようとし……次の瞬間、バジリスクの能力を使ったシンにより石化させられるのだった。




