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027

 シンの率いる山賊団は、戦闘の準備を急速に進めていた。

 兵士や騎士といった存在は、山の中での戦いは決して得意な訳ではない。

 そうである以上、罠を仕掛けるといった真似をするのは、当然だった。

 もちろん、罠に引っかかったからといって、貴族率いる兵士たちがそう簡単に引き返すといったことをするとは思えない。

 だが、それでも……兵士の数を減らし、厭戦気分を高めるという意味では罠というのは有効な攻撃方法だった。

 何より、罠に引っかかった者を治療するためには人の手が必要となり、それだけ人数が減るのは間違いない。


「それで、貴族軍……」

「反乱軍ですわ」


 シンの言葉に被せるように、アリスがそう告げる。

 現在のアリスの立場は、シンの所有物といったものだ。

 実際には水の魔法を使って生活に貢献しているので、山賊たちからの人当たりもよく……シンの所有物ではなく、頼りになる姐御といった風に扱いをされているのだが。

 ともあれ、貴族が率いる軍について一番詳しいのはアリスである以上、今はシンの副官、もしくはアドバイザーといった役割をこなしていた。


「反乱軍か。その反乱軍ってのは、具体的にどのくらい強いんだ?」

「そうですわね。……シンの部下の山賊なら、兵士と互角に戦えるくらい、かしら」

「……それは、正面から戦うのはちょっと厳しいな」


 シンがヘルマンから山賊団を乗っ取って、ある程度の時間が経つ。

 その間、シンは山賊たちに戦闘訓練をさせていた。

 他の多くの山賊団では、山賊たちに戦闘訓練をさせたりはしない。

 だからこそ、シンたちの山賊団はかなりの強さを持ち……山賊山脈にいる山賊団のほぼ全てを傘下に入れることに成功したのは、その辺りも大きな理由なのだろう。

 そのようなシンの部下の山賊たちと、兵士一人が互角。

 そう考えれば、傘下に入った山賊団の山賊たちが兵士と正面から戦った場合にどうなるのかは、考えるまでもない。

 他の山賊団の中には腕利きの者が多いが……それはあくまでも、ほんの少数だ。

 少数の者以外は、兵士とはまともに一対一で正面から戦っても勝つのは難しい。

 もっとも、シンもそれは理解しているので、正面から戦わなくてもいいように山の中……特に貴族軍が侵入してくるだろう可能性の高い場所に、罠を仕掛けるように指示したのだが。

 とはいえ、問題なのはどこから貴族軍が入ってくるのか分からないことだろう。

 山賊山脈とはいえ、その入り口は一つしかある訳ではない。

 それでもある程度は範囲を絞り込めたのは、軍勢と呼べるだけの者たちが入ってこられるような場所は限られているからだ。……そのような状況であっても、一つだけではなくいくつか候補があるのがシンの悩みの種だった。

 ともあれ、シンはアリスから必要な情報を聞き出すことに専念する。






「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 山道の中を、一人の男が走る。

 巨大な斧を持つその男の名前は、ヘルマン。

 息を切らせてはいるが、その表情に浮かんでいるのは笑みのみだ。

 貴族が率いる軍勢がやって来ているというのは、本来であれば忌むべきことでしかない。

 だが、今回に限っては……シンという目の上のたんこぶを取り除き、再び自分があの山賊団を率いる地位を取り戻すためには、むしろ渡りに船と言ってもいい。

 自分ではシンに勝てないが、貴族の率いる軍勢であれば勝てるはず。

 そして、貴族に情報を売れば、自分に待っているのは好待遇のはず。……いや、それだけの情報を持っていくのだから、騎士に取り立てられるくらいは当然だ。


(騎士になれば、それこそ山賊をやるより、楽に儲けることが出来るかもな。ははっ、俺様の未来は明るいじゃねえか!)


 数秒前まではシンを排除して自分が山賊のお頭として復活することを考えていたヘルマンだったが、走っているうちに気分が高揚してきたのか、今その頭にあるのは、自分が騎士として……そしてやがては貴族として成り上がるという将来の夢だった。

 もしそれを他の者が知れば、それは夢ではなく妄想だと断言しただろう。

 だが、ヘルマンの中では、それはすでに決定事項となっていた。

 こうして走っていて、自分をこのような目に遭わせた最大の原因たるシンに報復が出来るということで、気分が高ぶっているからというのもあるのだろう。

 薔薇色の未来を思い浮かべながら走っていると、不意に視線の先に何人もの兵士の姿を発見する。

 そんなヘルマンに一泊遅れ、兵士の方もヘルマンの姿を確認した。


「止まれ!」


 兵士は槍の穂先を、自分たちに向かって走ってくるヘルマンに向ける。

 兵士たちにしてみば、巨大な斧を持って自分たちに向かって突っ込んでくるような相手なのだから、それこそ自分たちを襲いにきた山賊であると、そう考えてもおかしくはなく、これが当然の反応だった。


「お前たちは、貴族が率いてきたって兵士の偵察か何かだろ! 俺様を……俺様を、お前たちを率いてる貴族の下に連れていけ! そうすれば、お前たちが知りたがっている情報を教えてやる!」


 そう叫びつつ……結局武器を振り下ろすことがないヘルマンに、兵士たちは顔を見合わせるのだった。






「ほう……貴様が、私の知りたい情報を持っていると?」


 ヘルマンは、目の前の男の言葉に苛立つが、今は自分の未来のためにと、珍しく我慢する。

 もっとも、あからさまに自分を見下す視線を向けている男の側には、ヘルマンと同じくらい……いや、それよりも身体の大きな男がいた。

 もしここでヘルマンが何か怪しい動きをすれば、その男が手に持つ大剣が容赦なく振るわれるだろう。

 そのことを不満に思いながら、ヘルマンは口を開く。


「そうだ。あんた達はアリスとかいう王女を探してるんだろ? 俺様は、その女がいる場所を知っている。その情報を売りてえ。報酬は、俺様を貴族にするだけでいい」

「……分かった、検討しよう。それで? お前が持っている情報とはのようなものだ?」


 その問いに、ヘルマンは自分がかつてアジトとしていた……そして、今はシンに乗っ取られている場所について説明していく。

 その際、シンの持つバジリスクの能力――ヘルマンはそれがバジリスクの能力だとは知らないが――を教えなかったのは、それを教えずに勿体ぶって、報酬をより多くしようとしていたからだ。

 何よりも、自分に対してあからさまに蔑みん視線を向けてくるフレデリクが気に入らないというのも大きい。

 力だけでここまでやってきたために、ヘルマンは自分が見下されることには慣れていない。

 その意趣返しという意味もあったのだろうが……


「分かった。よく知らせてくれたな。お前の持ってきた情報は私がきちんと使わせて貰おう」


 その言葉に、ヘルマンはなら自分は貴族になれるんだな、そしてシンに復讐出来るんだなという期待を込めてフレデリクに視線を向け……その視界に映ったのは、いつの間にか抜かれたのか、自分に向かって振り下ろされる長剣の刃だった


「ぎゃ……」


 鋭く振るわれた一閃は、呆気なくヘルマンの首を切断し、切断面からは激しく血が吹き出す。


「ふんっ、下賤の者は血の臭いまで下賤だな」

「フレデリク様、別に殺さなくても良かったのでは? 戦力として使ってもよかったと思いますけど」


 サンドラの言葉に、フレデリクは嫌悪感も露わに口を開く。


「このような下賤の者と一緒に戦えと? そのような真似をすれば、嫌悪感でまともに戦うことも出来なくなるよ」


 本気の表情で、そう告げるのだった。

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