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 貴族の率いる軍勢の数は、純粋に戦力になる者だけで三百を超えていた。

 補給の者たちも合わせれば、その総数は五百にもなるだろう。

 ミストラ王国は小国という訳でないが、それでも大国と呼べるほどではない。

 そのような国で五百人もの軍勢を揃えるというのは、相応に大事であると言ってもいい。

 ……もちろん、貴族たちが力を合わせれば千単位の兵士を集めることも可能だろう。

 だが、今回出撃してきた貴族は、その功績を独り占め……とまではいかなくても、自分とその親しい者数人で分かち合おうとしており、結果として五百人の軍勢となっていた。

 もっとも、この軍勢が追っている王女が逃げ込んだのは山賊山脈だ。

 多数の山賊がいるということで悪名高い山賊山脈ではあったが、結局のところは山賊であって、鍛えられた兵士や……ましてや騎士、魔法使いといった者たちに敵うはずもない。


「全く、この私がわざわざ山賊などという下賤の者がいる場所にやって来なければならないとはな。これだから低脳な者は困る」


 移動する軍勢の中心に存在する馬車の中で呟いたのは、この軍勢を率いる人物……フレデリク・エリアション。

 エリアション伯爵家という、ミストラ王国の中でも相応の影響力を持っている貴族の嫡男だ。

 家の影響力もそうだが、本人の軍事的な才能が高いことでも有名で、反乱を起こした貴族軍を鎮圧するために王国軍から派遣されてきた将軍の一人を一騎打ちで倒したこともある。

 とはいえ、本人の才能と性格は比例しないのか、貴族以外は人間とすら思っていないことでも有名だった。

 それでいながら、貴族よりも上位の存在たる王家に対して反乱に参加……それも積極的に参加しているのだが。


「君たちもそう思わぬか?」


 フレデリクの視線が向けられたのは、自分と同じ馬車に乗っている二人だ。

 片方はフレデリクよりも立派な体格をしており、見るからに腕が立つといった騎士の男。

 いざというときのためにフレデリクの護衛として貴族軍から派遣されてきた、腕利きの男だ。

 寡黙な性格をしており、基本的に余計なことを口にするようなことはしないが、それでもしっかりと仕事をするという情報をフレデリクは得ている。

 もう一人は、女。

 それもこのような馬車にいるとは思えないくらいの美貌を持つ女で、その身体も見る者の目を惹き付けるだけの魅力的な曲線を描いている。

 女としては比較的長身で、それに見合うかのように豊かな双丘を持ち……それこそ、戦場で戦うには不向きではないかとフレデリクには思えるのだが、実際にその戦闘を見た者であれば、二度とそのようことを口には出来ないだろう。

 戦場でレイピアという使いにくい武器を使いつつも、その青く長い髪を翻しながら戦う姿は、サンドラ・アーシェンというこの女が外見だけの存在ではないことを意味している。

 もっとも、実家のアーシェン侯爵家で当主をしている父親に疎ましがられており、半ば追放するような形で今回の作戦に参加させられることになったのだが。


「山賊山脈は、山賊たちにとって有利な場所。そうである以上、侮るのは止めた方がいいかと。思わぬところで足をすくわれかねませんし」


 サンドラの口から出たその言葉に、フレデリクは不愉快そうに眉を顰める。

 フレデリクにとって、貴族以外の存在はまともな人間とは認識されない。

 普通の平民ですらそのような扱いなのだから、山賊ともなれば人間ではなく有害な生き物といった認識の方が強い。

 それこそ、モンスターの方が全く違う姿をしているだけ愛着も抱けるというものだ。

 そのような有害な存在に、足下をすくわれると言われてフレデリクがそれを許容出来るはずもない。


「サンドラ・アーシェン。君は山賊ごとき低脳を過大評価しているのではないかな?」


 サンドラに告げるフレデリクの言葉には、明らかに棘があった。

 それも鋭く、刺した相手を容赦なく傷つけるほどに、鋭い棘が。

 だが、サンドラはそんなフレデリクの、半ば挑発的と言ってもいいような言葉に向けられても、何も感じた様子はなく、それこそ表情一つ変えずに口を開く。


「そうでしょうか? 軍隊というのは、基本的に平地での戦いを念頭にして訓練しているはずです。もちろん、山の中での戦いの訓練を全くしていない訳ではないのでしょうが……山賊に地の利があるのは間違いないかと」

「……ほう。では、サンドラは私の率いてきた兵士たちが、山賊ごときに負けるとでも?」

「相手を侮っては、そのような結果もあるかと」


 フレデリクの厳しい……それこそ、睨み付けるといった視線を前にしても、サンドラはあっさりとそう告げる。

 それが気にくわなかったのか、フレデリクは小さく舌打ちを一つしてから、この馬車に乗っているもう一人に視線を向け、尋ねる。


「ブラス。君はどう思う? 私や君が山賊のような下賤の者に負けると思うか?」

「私は負けるつもりはありません。ただし、私の仕事の最優先はフレデリク様の護衛にあります。もっとも、私たちの本来の目的は山賊の討伐ではなく、山賊山脈に逃げ込んだアリス王女の確保ですが」


 ブラス・リファールは、そう告げて黙り込む。

 本来はブラスはフレデリクの直接の部下という訳ではない。

 ブラスの立場は、あくまでもフレデリクの父親……エリアション伯爵家の現当主が、戦地に送る息子を守るために派遣した部下だ。

 だからこそ、ブラスはフレデリクの部下という立場でありながら、独自の裁量で動くことが許されている。

 だが、そんなブラスの言葉はフレデリクにとってあまり面白くなかったのだろう。小さく鼻を鳴らす。

 ブラスに、自分たちの目的はあくまでもアリスの確保だと言われたフレデリクだったが、それでも今は山賊山脈にいる山賊を根絶やしにするつもりだった。

 フレデリクにしてみれば、自分たち貴族が実質的に支配したミストラ王国に山賊のような者がいるというのは、到底我慢出来ることではなかった。

 言うなれば、自分の庭に害獣が棲み着いているかのような、そんな感覚。

 それだけに、ブラスの言葉を聞き流しながら、自らの中で山賊の駆除を決める。


(この様子では、どうやら山賊山脈での戦いは本格的なものになりそうですね。もっとも、私のやるべき仕事は多くないでしょうけど)


 フレデリクの様子を見ながら、サンドラは青く艶やかな髪をそっと撫でる。

 自分がここにいるのは、父親に嫌われてのことであるというのは承知していた。

 だが、山賊の危険を口にしたサンドラではあったが、実際にはそこまで心配をしてはいない。

 ブラスが口にしたように、今回の最大の目的はあくまでもアリスの確保だ。

 ……正直なところ、それもまたサンドラのやる気を削いでいる原因ではあった。

 サンドラはアーシェン侯爵家令嬢という立場から、アリスと何度か顔を合わせ、話したこともある。

 もちろん、親友だなどというつもりはないし、友達という立場でもなく、良くて顔見知りの知人といったところだろう。

 だが、その程度の関係であっても、アリスの聡明さを理解しているサンドラとしては、そのアリスを捕らえる仕事にやる気を見いだせというのは無理な話だった。


(アリス王女……無事に山賊山脈を抜けて、この国を脱出してればいいんだけど)


 まさか、アリスが山賊の所有物という扱いになっているとも知らず、サンドラはそう心の中で呟くのだった。


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